第123話

 翌日、昼前にソウタたちはカ・ナン川河口にあった貿易都市ガンプに到着した。


「お久しぶりですタツノ宰相閣下。いえ、親王殿下とお呼びすべきでしょうか?」


「元気そうで何よりだよビルス。あと俺はまだカ・ナンの宰相だよ」


 出迎えに来たのはクブルに逃れていたビルスだった。ビルスはゴ・ズマとの戦いが終わったと聞いてクブルから二週間前にカ・ナンに戻っていたのだ。


「ビルス殿、シーナちゃんは?」


「リンさま、シーナは道中の安全が確認できるまでバンドウ家の計らいでクブルに残しております。ですが本日、アンジュさま、ジュシンさまと共に戻る予定です」


 南方の沿岸部はまだゴ・ズマの撤退の最中であり、道中の危険が予想されたので愛娘のシーナやアンジュたちは情勢が落ち着くまでクブルにいたが、情勢の安定を確認したので、先週クブルを発ち、今日にはこのガンプに到着する予定である。


「復興は順調か……」


 見えてきた町並みを眺めてソウタは呟く。


 ガンプはソウタがこの世界に来た時は、ゴ・ズマによって破壊しつくされ廃墟となって放置されていた。ソウタが直接訪問した事はなかったが、避難民たちから話を聞き、斥候たちにカメラを託して惨状を撮影。その写真を流布する事で国内にゴ・ズマの脅威を知らしめ、引き締めに使っていたので、状況は知っていたのだ。


 だがゴ・ズマの二度目の侵攻の際、皮肉なことにカ・ナン攻略の為の補給拠点としてガンプの復興・整備が行われていた。そして戦後の協定で周辺の土地と共にカ・ナンに譲渡されていたのだ。


「北方のゴ・ズマの占領地への物流の確保と部隊の駐屯を認める代わりに、整備資金の半分はゴ・ズマが出資、か」


「全ては閣下のお陰です。国の存続はもちろん新たに下流域を領土に加え、世界帝国と同盟を結ばれたのですから」


 ゴ・ズマ側ではこれらの措置に不満も出ているようだったが、大帝直々の命であり、表立って反発は出ていなかった。


「各地の商人たちも順調にこの港に集っているようです。しかし……」


「セキトの商人は難民同然だからね」


「はい」


 リンも複雑な表情をしてしまう。


 セキトの町はゴ・ズマ西方方面軍の侵攻の際、最初から抵抗せずに明け渡したため無傷で陥落していた。だが戦局の推移でゴ・ズマが西進を取りやめ、カ・ナン川河口まで兵を引き上げていた際に、セキトの商売敵だった西隣の貿易都市とそれに同調した複数の国が一気に攻め込んだのだ。


 退路を突かれる事を恐れたゴ・ズマは、取って返して反撃して連合軍を蹴散らしたものの、セキトは主に連合軍の略奪と放火、ダメ押しに戦闘に巻き込まれて焼かれ、破壊し尽くされてしまったのだ。


「セキトを焼け出されてしまった者たちが復興の中心、か」


 旧ガンプの住民のほとんどは、先の侵攻で町ごと破壊された際に殺害されており、カ・ナンに難民となって逃げた一部の元住民以外はほとんど残っていない。


 彼らにはゴ・ズマが建設した住居を優先してあてがったが余るほど。カ・ナンからも呼び寄せたがそれでも数が足りず、カ・ナンだけでの復興は不可能だった。そこにセキトから逃れてきた人々を受け入れる事で、改めてガンプを港町として復興させる運びとなったのだ。


「三十万人近い軍の兵站を担うために、港や住居、店舗が再整備されていたのが、そのまま譲渡されましたから、かつてのガンプより町の規模は大きくなっております」


 港にはゴ・ズマの軍船が引き続き多数残っていた。侵攻軍はこの地域の完全制圧こそ頓挫したが、北方は順調に制圧しており、北方最大の都市を中心に大規模な軍を引き続き駐留させていた。そして機会あらば北方全域の制圧を未だ伺う情勢だった。


 そのためガンプの現在の主な取引先は、北方に駐留し続けるゴ・ズマになっているのだ。


「セキトの人たちには悪いけど、カ・ナンにとっては大帝さまさまか……」


 確かに家財を失った者は多いが、あれから一ヶ月。頭を切り替えてかつての敵を相手に商売をしているのを見て、人間のたくましさを痛感する。


「その代わり、カ・ナンは以西の各国からは恨まれてしまったようです」


「なんだよそれ……。贈答品はしっかり貰っておいてそれかよ!見返りに同盟どころか禄に救援も出さなかったのに一丁前に恨まれるのかよ」


 ソウタの口元が歪んでしまう。


「閣下が大帝の甥だという情報が伝わってからは、最初から仕組まれていたと見なす国も」


「俺たちが抵抗してなかったら、今頃クブルの先までゴ・ズマが全部席捲して、半端に逆らった国は皆殺しにされていたんだぞ、まったく!」


 思い切り足元の小石を蹴飛ばすソウタ。珍しく怒りを露にしたソウタに三人は驚く。


「閣下、他国の事より我が国の存続こそが第一です。そしてそれは見事に果たされたのです。これ以上無き成果ではありませんか!」


「左様です閣下。我が国は力を示してゴ・ズマに征服を断念させ、手を結ぶべき相手と認めさせたのです。もし以西の各国と同盟を結んでいたのであれば確かに裏切りの謗りも甘受せねばですが、クブル以外は見放していたのですから何を言わんや」


 リンもビルスもソウタを宥める。


「そしてそのクブルは事情を承知しております。おそらくアンジュさまたちが到着すれば、クブルの方針はハッキリする事でしょう」

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