第118話

「そろそろ起きて二人とも~。もう十時だよ~」


『ふぁ~い』


 ヒトミに呼ばれ、もそもそと布団から起き出すソウタとエリ。


 頭はボサボサに乱れ、どろりと溶けた飴玉のような目をした二人からは、とても一国の女王と宰相としての風格は感じられない。


「今朝はご飯とお味噌汁と目玉焼きだよ」


『ありがとう……』


 テーブルには焼きたてのベーコンと目玉焼きが。茶碗にご飯は炊飯器に、味噌汁は小鍋の中にあって、どれからも良い匂いがしている。


 ここは日本のソウタの家。季節は冬で窓の外の景色は茶色がかっているが、家の中は暖房が効いているので過剰な寒さは無い。


 二人で洗面所に向かい、本当に最低限の身だしなみだけ整えてから食卓に戻ってきた。


『いただきます』


「ああ……。美味しいな」


 ソウタが貝の味噌汁を飲みながらしみじみ呟く。


「本当……。贅沢よね……」


 エリも目玉焼きを食べながら心底同意していた。


「褒めてくれてありがとう!カ・ナンじゃどうしてもお料理できないから腕が落ちてないか不安だったけど……」


「上出来よ上出来!何処に出しても恥ずかしくない腕よ!保障するわ」


「だからここにいるんだろ……」


 三人で賑やかに笑い合う。落ち着くと三人で朝食とリビングの布団を片付け、代わりにコタツを出して三人で囲む。激動が続くカ・ナンから日本に戻った三人は、久しぶりに休日を過ごしていた。


「すまない。また寝せてくれ……」


 余程消耗していたのか、ソウタは朝食で補充した栄養を体に配分するべく、すぐに眠りに就いてしまった。


「……。ごめんねソウタ……。本当にごめんね……」


 エリは涙を浮かべてソウタの寝顔に頬を寄せる。


「エリちゃんもゆっくり休んで。そのためにお休み取ったんだから……」


 エリは頷き、ソウタの横に寄り添い、そのまま眠りに就く。ヒトミはそんな二人を優しく眺めていた。


 やがて時計が十二時の時報の鐘を鳴らす。コタツに入っていたソウタは起き出すと、昼食の支度を始めた。


「ソウタくん、無理しなくていいんだよ?」


 ヒトミが心配するがソウタは笑って余裕を見せる。


「このくらいなら大丈夫だよ。この間の旅行と違って純粋に休めてるから」


 この間の旅行とは、一週間前に行った戦功の見返りにヒトミだけでなくアタラとメリーベルを連れての二泊三日の慰安旅行の事だった。


 美酒美食に温泉だけでなく、メリーベルとアタラは各々一晩ソウタを思うまま好きにしたという話を聞いたエリは、思わず垂涎しそうになるほど二人を羨んでしまう。


「羨ましいわね……。私にもしてもらおうかしら……」


 だが帰宅したソウタは女傑二人を相手に消耗しきっていた。特に時期を迎えていたアタラの攻勢は凄まじく、ソウタのサポートに入ったヒトミもあえなく撃沈させられてしまい、文字通り朝まで絞られていたのだ。


 帰宅して数日ほど何もせずに休んでいればよかったのだろうが、ソウタは義務感に駆られてそれまで通りに務めを行っていた。


「ソウタくん?!」


「ソウタさま!?」


 二日後。ヒトミとリンとで朝を迎えたのだが、ソウタは疲労で起き上がることができなくなっていたのだ。


「エリちゃん、ソウタくんを休ませて!ソウタくんはこのままじゃ、また倒れて寝込んじゃうよ!」


「ウソ……」


 ヒトミの訴えを聞いて呆然としてしまうエリ。その様子を確認したヒトミはさらに続ける。


「エリちゃんも一緒に休もう!休んで冷静になって!」


「わ、私も……?」


 周囲を見たエリに、居合わせた幹部たち全員がヒトミの進言を支持した。


「僭越ながらエリ女王、ヒトミ将軍の言われる通りです。今はお二人ともお休みを取られたほうが良いとお見受けします」


 客分としてこれまで一切カ・ナンの運営について口を挟まなかったナタルまでがエリに休暇を取るよう助言すると、とうとうエリは人目憚らず泣き崩れてしまった。


「焦るのは仕方ないよ……。だからエリちゃんも休もう……」


 幹部たちも数日と言わず一ヶ月空けても問題ないと胸を張り、女王に休みを取るように促す。


 とうとう折れたエリは三人でソウタの自宅で休む事にした。


「リンさん、何かあったら知らせてください。もし三人そろって外出していても、連絡つくようにしておくから……」


 ヒトミは日本に渡れるリンに緊急時の連絡役を頼む。リンはゴ・ズマとの戦の最中にヒトミに代わって日本でのソウタのサポートも行っていたので、固定電話や携帯端末の最低限の使い方は習熟済みだった。


「お任せ下さい奥様。とにかく閣下と陛下とお三方で水入らずにお休み下さい……」


 こうして三人は日本に戻って休暇を取っていたのだ。

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