第117話

 それからの一ヶ月、ソウタは昼夜を問わず激務が続いた。戦時体制の解除と復興事業が昼間の主な業務で、夜はおおよそ会議で決められたローテーションに沿っての活動を送る。


「ソウタ、宰相の仕事は無理しないでいいの!国作りよりこっちが優先なんだから!」


 エリの番の日はエリが直接ソウタの執務室に乗り込んで栄養ドリンクを飲ませると、強引に執務を中断させて、夜まで休ませる事さえあった。


「エリ、落ち着くんだ!そこまでしなくても」


「仕方ないでしょ!時間は限られてるのよ?!」


 時に喧嘩寸前になることも。居合わせた皆で宥めるが、エリの気が立っている場合が大半だった。


 そして夜。エリとの営みが終わると、必ずといっていいほどエリは感情を爆発させてソウタに泣き縋っていた。


「大丈夫だ。絶対に何とかなるって……」


 思うように子供ができない焦りと、ソウタと引き離されてしまう恐怖がエリを支配しているようだった。


 ソウタは優しくなだめて腕の中で眠らせる。


「仕方ないよソウタくん。どうしてもエリちゃんだけは絶対にソウタくんと引き離されちゃうから……」


 ヒトミと三人で共に過ごしたとき、ヒトミはエリの寝顔を見ながらそう漏らした。


「ああ、わかってるよ……」


 ヒトミはソウタに同行しても当面国防に支障は来たさない。リンは秘書なので同行するのは当然で、ファルルは身の回りの世話役でもある。メリーベルは道中の船を任せるのは他にいないし、アタラは身辺警護に必要である。


 だがエリだけはカ・ナンの元首として国を留守にするわけにはいかなかった。現状国内を代わりに任せられる人材は唯一ソウタだけであり、そのソウタが当分不在になるのだから留守になどできないのだ。


 だからエリは残された時間に、せめてソウタとの証が欲しいと必死になっていた。


 ソウタもエリが必死になっている理由が痛いほど分かるので、彼女の想いに何とか応えようとしていた。皆も主君であるエリが急に機会を頼んだ時は、快く譲っていた。


 ソウタが大勢の女を囲っていることはカ・ナン国内では誰も気にしていなかった。カ・ナンではここ数十年で猛威を振るった疫病の影響で人口が減少した結果、人口と一族を維持する為に夫婦五人まで許可されているなど、複数の相手を持つ事自体に抵抗は無かったからだ。


 むしろ結婚前は女中たちや出先の美女たちに手を出す事が一切無く、結婚後に関係を持った相手も国を切っての才女や一騎当千の女傑ばかりとあって、美貌だけでは相手を選ばない、むしろ才能をこそ愛する男だとさえ過剰に称えられていた。


 だが、周辺国はこの地域には王族といえど後宮を設けるのは一般的ではなかった事もあって、周辺国ではカ・ナンの風紀をソウタが乱していると言われるようになっていた。


「他国や他人から何言われようと知ったことじゃないわよ。私はこの国と、自分のために形振り構っていられないんだから……」


「そんなのは俺のせいにすればいいんだよ」


 ソウタが数多くの女性と関係を持つだけでなく、王宮でさえエリ以外と寝ているのは事実だったが、当然尾ひれがついた悪評として広まっていた。中にはエリが主催で毎晩大勢の男女が淫らに交わって宴を繰り広げているというものまで出ていた。


「俺に向かうのはいいけど、エリに向かわせる訳にはいかない……」


 ソウタはこの頃から悪評がエリに向かわないように、色を好むのは自分の方だと風評が立つように行動するようになっていた。


 具体的には余程の事がない限り王宮には出向かずに自分の屋敷で書類の決裁を行い、昼休みは二時間は外部と謝絶。エリとの夜伽はあえて女王を呼んだ上で自分の寝室で行うようになった。逆にメリーベルやアタラとは彼女たちの住まいに出向いて行い、休日は相手を馬車で屋敷に呼んで、車を並べて周囲に見せ付けていた。


「でも実際はこうだったって訳よね……」


 昼休み中に様子を見に来たエリが見たのはソファでリンの膝を枕に昼寝していたソウタの姿だった。


「へ、陛下!これはその……」


 慌てるリンに、ため息で返事するエリ。ようやく異変に気付いてソウタが目を覚ます。


「……。こうすりゃ俺に風評立つだろ」


 昼間は面会謝絶して寝室に篭る事で、昼間から情事に及んでいると思わせていたのだ。


「私としては尾ひれの先に骨も身も付けてて欲しかったんだけど……」


 実際にソウタが平日の昼間から情事に及ぶ事はほぼ無く、休み時間にリンの膝を枕に昼寝をするか、ファルルに軽く施術してもらうかのどちらかだった。


「……。夜まで待てないのか?」


 大きく溜息をつくエリ。


「まだ仕事残してるわ」


 流石に女王であるエリが、執務途中で情事に及ぶわけにはいかなかったのでそのまま退席する。


 こうしてソウタの目論見どおり、ソウタが並外れた好色という風評は各国にも波及し、才能に優れた相手を求め、登用するという事で、引き立ててもらおうと各国で不遇を囲っていた才女たちが押しかけるようにもなっていた。




 ソウタは与えられた日夜の務めをこなす日々を続けていた。


 だが、いくらソウタが若く、毎日のように栄養の補填を行っていても、日中の業務とうら若き乙女たちとの連夜の損耗のペースはそれを上回っていたのだ。


 そして……。

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