第115話
「ヒトミと私がソウタの正妻だってことと事は大帝に認めさせてるわ。だから単に戦いに勝ったからってだけじゃなく、大帝の血族と結婚している私が治めてるから、カ・ナンは破格の条件で講和できたのよ」
皆は無言で頷く。
「でもそれは決して磐石じゃないの。状況次第で、私たちがソウタと別れさせられる可能性が無くなった訳じゃないもの」
「そいつは心配しすぎじゃないかい?大帝が認めたんなら、閣下が他の国の姫さん娶らされたぐらいで陛下や奥方が離縁させられる事はないだろ?」
メリーベルは疑問を口にした。確かに今後皇帝の甥であるソウタの“格”に合わせて、他の従属国の姫や重臣たちの娘を妻に娶る話が来る可能性は極めて高い。
だが、ゴ・ズマは一夫一婦制の国ではない。さらに大帝がエリとヒトミをソウタの妻としてだけでなく、エリを一国の君主として、ヒトミを一軍の将としても認めていたのを皆は見ていた。
大帝の意向が全てに優先するゴ・ズマで、それを覆す事は、大帝本人がよほど気まぐれを起こさない限り無いと見たのだ。
「でも大帝の愛娘がどう思うかは別よ……」
エリが最も危惧していたのは大帝の愛娘マイヤの事だった。先の交渉の最中からゴ・ズマ側ではソウタが適齢期を迎えているマイヤの伴侶になるのではないかと噂になっていたのだ。
「その娘がどんな性格なのかよく分からないのよ」
ソウタがゲンイチから聞いた限りでは、年齢はソウタの二つほど下で、都市一つほどもあろうかという広大な庭園を持つ離宮から、ほとんど出ずに育てられた箱入り娘である事ぐらいだった。
「小さい頃はよく親子で遊んでたそうだけど、ここ最近は遠征続きでたまにしか顔を合わさないから、思春期迎えてどうなったか父親の大帝もよくわからないそうよ……」
大帝の意向であれば結婚に及んで、折り合いが悪かったとしてもソウタは無事だろう。だが、折り合いの良し悪しに関わらず、彼女の意向次第でヒトミもエリも共に追われるかもしれないのだ。
「なるほどねぇ。そりゃあ確かに今のうちに子供作っといたほうがいいに決まってるねぇ」
ソウタの子供を授かってしまえばおいそれと離縁させられる事も無く、ひいてはカ・ナンも安泰になるという事なのだ。
「カ・ナンという国の為なら、一番理想なのは私が授かる事よ。授かってしまえば文句は言われないわ。だからそのためにも結婚してから頑張ってきたつもりだけど……、まだだもの……」
カ・ナン王国の後継者がタツノの血を引いていれば、それで将来は磐石になるのは疑いないし、場合によっては未来のゴ・ズマの継承者にもなり得るからだ。
「もっと猶予があるなら私とヒトミで体調見ながら頑張ればよかったんだけど、あと半年だったら悠長な事やってられないもの」
唇を強く噛み締めるエリの顔を見て、皆は各々複雑な表情を浮かべていた。エリは奥底でのたうつ悔しさを強引に押さえ込んでいたからだ。
「だから形振り構ってる場合じゃないの!私やヒトミ以外でいいから、とにかくこの中の誰かとの間にソウタの子供を設けておきたいのよ。たとえその子をゴ・ズマに差し出す事になってもカ・ナンの、少なくとも生みの親の不利益にはならないはずよ」
エリの顔は真剣そのもの。本心はともかく、言葉通り形振り構っていられないのだ。
「だから正妻以外のアタシたちにも、遊びとかじゃなく、真剣に子作りを手伝えって事かい?」
「私たちは前からソウタに遊びなんて許してなかったわ。とにかくこれからは貴方たちは正式にソウタの“側室”に入ったと思って頂戴。だから全員にこれまでの功績とは別に、相応の位階を授けるわ」
「!!」
特にファルルが驚き呆然としていた。位階が授けられた者には最低位であっても毎年当人が食べられるだけの年金が支給されるからだ。カ・ナンは小国故に該当者も少なければ個々人への支給額も微々たるものだが、使用人のファルルにとっては破格の出世である。
「期間は最低でもソウタが出国するまで。妊娠したら国を挙げて医療の面倒はみるし、無事に出産したら一生涯に延長するわ。もちろん生まれてきた子の性別は問わないから」
おおっ、と思わず声が出るメリーベル。
「各々の仕事も大事だけど、どれも取り返しが付くから。だから最優先はこっちよ」
目下差し迫った危機がなくなったので、公務に時間をかける余裕はある。それよりも半年でソウタがカ・ナンを去る前に子を残すことの方が優先するというのだ。
「ローテーション決めて確率を高めるのよ。今回集まってもらったのは、それを決めるためなの」
「あ、あの……」
ファルルが恐る恐る挙手した。ヒトミが発言を認める。
「わ、私たちは順番ですが、だ、旦那様のお身体は持つのでしょうか……?」
ファルルの心配にエリは笑顔を浮かべて答える。
「ソウタなら大丈夫よ。そっちの家で励んでいた様子、貴方はきちんと毎回見てたんでしょ?」
「は、はい!」
「みんな身を持ってわかってると思うけど、ソウタはよっぽど疲れてない限り、二人同時二巡しても余裕だったでしょ?だからきちんと燃料さえ補給してやれば毎日でも大丈夫よ」
全員無言で頷く。ソウタの精力は皆が身を以て承知していた事だった。
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