第114話

 遡る事、約二時間前。会議室ではヒトミとエリが主催する女だけの会議が開かれていた。


「あ、あの……奥様。ほ、本当に私も王宮に入ってよろしいのでしょうか……?」


 王宮に足を踏み入れたファルルは、緊張してヒトミに尋ねるが、ヒトミは当然だという顔のまま。


「当たり前だよルルちゃん。これはルルちゃんも参加しなきゃいけない会議なんだから」


 ヒトミはファルルの手を引いて奥に進む。衛兵や侍従たちの一礼に都度都度反応して頭を下げるファルルをほほえましく眺めるヒトミ。 


 ほどなく目的地の会議室に入る。中央に円卓が鎮座し、ほかの参加者は着席済み。皆は二人の到着を待っていたのだ。


(!!)


 居並ぶ面々を見て硬直してしまうファルル。席に居たのはメリーベル海兵団長、アタラ猟兵団長、リン宰相秘書官、そしてエリ女王だったからだ。特にファルルがエリと対面するのは初めての事だった。


「し、失礼いたしました!」


 緊張で顔を青ざめるファルルの背中をさすって隣の席に着かせるヒトミ。他の三人も笑顔でそれを見ていた。


「落ち着きなさいファルル。この席では表の肩書きは気にしなくていいのよ」


 そう言われても緊張が解けないファルル。


「へぇ、お前さんがあの閣下が自分から手篭めにしたっていうお手伝いかい?」


「い、いえ、あれは私の方からその……」


「なんだ、やっぱりそうかい!相変わらず閣下は見知った相手からの押しには弱いんだねぇ……」


 メリーベルはどことなく安堵したようだ。


「ルルちゃんはソウタくんが独身の時に一人でしてる時から、私やリンさんと寝た時も覗き見してたの。それでルルちゃんもソウタくんに抱かれたいって言ってたから、私が誘ったの」


 その発言にメリーベルとアタラは大笑いし、リンは覗かれていたと知って赤面した。


「ま、心配しないで気楽にしていいわ。この会議はね、そういう集まりなんだから」


 エリの言う通り、この会議の参加者は全員ソウタと体の関係を持っている女たちだった。


「皆さん集まっていただきありがとうございます。本当だったらアンジュさんにも参加して欲しいんですが、まだこっちに来れない情勢ですから、見えられたら改めて開催します」


 ヒトミが開始の挨拶を始める。続けてエリが開催の目的を告げた。


「ぶっちゃけるけど、ソウタの子供を今のうちに作るのよ。誰でもいいから」


 ファルルは驚くが、他に驚く様子の者はいなかった。むしろ今のうちにという言葉に反応していた。


「奥方、陛下。随分急がれているようだが?」


「そうだよ。もうこの国に手を出そうとする相手なんてどこにも無いんだよ?焦らなくてもいいんじゃないのかい?」


 アタラとメリーベルの問いにヒトミが答える。


「仕方ないんです。ソウタくん、あと半年しかカ・ナンに居られなくなってしまったんです……」


『半年?!』




 日中の事。エリを筆頭に幹部たちが揃って協定の内容を確認していた。


 協定で提示された条件は、ゴ・ズマにとってはあまりに譲歩した内容で、カ・ナンの期待さえ大きく上回っていたので文句の付けようが無かった。だが。


「休戦の条件として、大帝はソウタの身柄の引渡しを要求してきたの……。半年でカ・ナンを発って、必ず大帝の下に参上しろ、か……」


 エリが頭を抱えて呟く。


「大変な痛手ですね……」


 メーナが同意する。


「ですがタツノ宰相は、あの大帝の甥なのです。大帝にはまだ男子が生まれていない故に、確実な男子の後継候補として、タツノ宰相が必要なのでしょう」


 ナタルは大帝の要求について語った。ゲンブ大帝には娘が、ソウタにとっては従妹が一人いるだけで他に血縁者はいないので、男子に継承させるとなればソウタが継承者になるからだ。


 また、その従妹に釣り合う相手も早々いないであろうから、ソウタがその従妹の伴侶に選ばれる可能性も極めて高い。


 故にソウタが親王もしくは摂政としてゴ・ズマの政治を大きく動かす立場になるのは確実。展開次第では皇太子になって次代の皇帝にもなり得るのだ。


「タツノ宰相がゴ・ズマを統べて下さるようになれば、間違いなくこのカ・ナンは安泰ですな」


 マガフまで笑顔を浮かべていたが、当のソウタは浮かない顔だった。


「それはこのまま伯父貴に男が生まれなければだぞ。それは……」


 うんざりしたような顔で虚空を仰ぐソウタ。


「俺の国じゃあ昔、子供が生まれないから甥を養子にして後継者にしてたら、いきなり息子が生まれてしまったからって、いきなりそっちに継がせる事にしたんだけど……」


 胃の中のものを吐き出すように続けるソウタ。


「廃嫡されたその甥は自殺に追い込まれたんだ。そして一緒にその妻子まで皆殺しにされた事件が俺の国にはあるんだ……」


「それって豊臣秀吉の後継者の件よね?」


「ああそうだ」


 エリが指摘したように、ソウタの念頭にあったのは豊臣秀次の事例だった。


 戦国乱世に終止符を打ち天下人となった豊臣秀吉。だが彼は跡継ぎの男子が長年生まれず、止む無く甥の秀次を養子にして後継者に指名していた。


 だが、実子の秀頼が生まれたことで事態は一変。秀頼に継がせるには秀次が邪魔になったので、秀次は切腹に追い込まれた挙句、禍根を断つためと彼の血を引く子供や妻たちまで秀吉の命で皆殺しにされてしまったという故事が日本にはあるからだ。


「それにゴ・ズマに対して毒ガス撒いたり近代戦に持ち込んだりしたから、間違いなく俺たちは恨みを買ってるからな。とてもじゃないけど楽観できない……」


 ソウタたちは恨みを買っているはずなので、暗殺の危険もあるのだ。そもそもゴ・ズマ自体が征服を繰り広げて急激に膨張した帝国なのだから、皇族というだけでも危険である。


「だけど行かないわけにはいかない。そうしないとこの国を、皆を、お前を守れない……」


「バカよ……。本当にバカなんだから……」


 幹部たちの眼前でエリを強く抱き締めるソウタ。エリは思わず涙を零し、ソウタに縋りつく。周囲の者たちも思わず涙していた。


 ともあれ半年後にはソウタはカ・ナンを発たねばならなくなったのだ。

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