第109話

「おはようございます閣下。そろそろご起床下さい」


「あ、ああ……。すまない」


 ソウタが二度寝から覚めたのは、リンが起こしに来てから。リンから着替えを渡され、身支度を終えてから朝食に向かう。朝食の場ではエリが待っていた。


「遅かったわねソウタ。ヒトミはもう出たわよ」


 エリもヒトミも朝の汗を流し終え、ヒトミは先に朝食を済ませて出仕したという。


「もしかして起こしに行ったリンとしてたの?」


 お茶碗程度の器に注がれた朝粥を小さなスプーンで食べるエリ。


「無茶苦茶言うなよ……。さっきまでダウンして寝てたんだよ」


 二日目の早朝に最初に目覚めたヒトミはソウタを起こして欲求のまま伽を行い、気付いて目覚めたエリもまたソウタを求めたため、朝から絞り切られてしまったソウタは、再度ダウンしてしまったのだ。


 エリと同じ朝粥をどんぶり一杯掻き込むソウタ。二杯目には蒸し戻した干し魚や貝柱を混ぜて掻き込む。


「食欲があって大いに結構よ」


 心から嬉しそうな笑顔でソウタの食事を眺めるエリ。


「ああ。エネルギーが足りないからな」


 昨日の対応で消耗した分が半端に回復したところで、朝から妻たち相手に二巡したので大いに失われてしまったエネルギーを体が欲していたのだ。


「ゴ・ズマの指揮官から正式な使節を送るって連絡が来たわ」


 戦いが終わったといっても現状はにらみ合いが続いているだけである。少なくとも大帝の身柄が戻らない事には、進むも引くもないのだ。


「とにかく、交渉だな……」


「そうよ。大帝の身柄はこっちにあるんだから、できるだけ有利に運ばないと」


 ほどなく、煌びやかな衣装に腰に剣を帯びた代表に率いられた十人ほどの一団が現れたと報告が入った。


「それじゃあソウタ、出迎えをお願い」


「わかった」


 こうして、ゴ・ズマとの本格的な交渉が開始された。


 交渉の場は事前に打合せを行っており、使節を王都には入れず、城壁の前に設置されていた防衛司令部の会議室で行われた。


「カ・ナン王国宰相、タツノ・ソウタです」


 明治時代の日本の大礼服を参考にして作成された服装のソウタが姿を見せると、ゴ・ズマの使節団全員が起立して見事な礼を捧げる。ソウタがゲンブ大帝の甥であることは、使節団の全員が承知していたからだ。


(俺が出てれば少しでも有利に事が運ぶだろうから……)


 同じ頃、会議場から少し離れた場所でカ・ナン軍が整列していた。


「みなさん!本当にお疲れ様でした!」


 ヒトミは整列した兵たちに労いの言葉をかける。兵たちはそれに歓声を以って応えた。


 本隊は比較的損害は少なかったが、三十人に一人は命を落とし、全体の六分の一は負傷して手当てを受けていた。


 損害が大きかったのは強襲部隊と義勇兵だった。


 強襲部隊のうち騎兵団は重装備だった事もあり損害は負傷ばかりで戦死者は五分の一ほど。馬の損失も三分の一が落命もしくは再起不能の怪我を負っていた。


 猟兵団は狼の三分の一が命を落とし、軽装だった猟兵は半数が重軽傷。そして海兵団は四分の一が戦死し、怪我の程度を問わずほぼ全員が負傷していた。


 理想と義憤に燃えた義勇兵団の損害は最も苛烈だった。彼らは勝利に大いに貢献してたが、その分損害も大きく、参加者の五分の二が戦死・行方不明に。残った者たちも大なり小なり負傷していた。


「ですがまだ終わったわけではありません!ゴ・ズマが完全に引くまで、引き続きいつでも戦えるように警戒を続けます!」


 ヒトミの激に、再び歓声で返事するカ・ナン軍。その勇ましい鬨の声は会議の席にも届いている。


 ヒトミたちは怪我した兵たちを病院に送り見舞いを行う。そして無事な者たちの装備を整えさせ、再度配置と訓練を再開。その姿を見せて会議の援護射撃を行う。


(私たちができることをやらなきゃ……)


 そして王都でもエリたちが動いていた。


「大帝の世話は引き続き最賓客として行って!そして使節団にもそれは同じよ!」


 使節団を王都にこそ入れるつもりは無かったが、宿泊と食事等はできるだけ贅沢に行うようエリは指示を出す。


「カ・ナンが豊かで、いつまでも戦える事を見せ付けるのよ!」


 交渉はゴ・ズマが強く出難いソウタが表に立ち、軍備は引き続き精強であることをヒトミが、高度な技術と物資も豊かであることをエリが誇示する。


 世界帝国を相手に小国が少しでも良い条件を引き出す為の戦いが、本格的に始まったのだ。

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