第110話

「閣下、それで状況はどうなんだい?」


 交渉開始から二日目の夜。自分の屋敷をゲンイチに提供したソウタは、この日は王宮の敷地内の来賓用の離れに泊まる事に。夕食と入浴を終えて向かうと先客が待っていた。


「閣下ぁ!それじゃあ今夜は楽しもうじゃないかい」


「ああ……」


 先客はウイスキーの瓶を片手にバスローブをあられもなく肌蹴させたメリーベルだった。


 実は昨日、エリがメリーベルとアタラに恩賞は何がよいかを尋ねたところ、二人ともソウタとの一夜を求めてきた。ヒトミも事前に承認していたので、この夜はメリーベルが権利を行使したのだ。


「どうしたんだい閣下?ま、その様子だとやっぱり難儀してるんだろうけど」


 バスローブ姿の二人はベッドの横に並んで座る。


「これでマシに交渉できてると思うときついよ……」


 ソウタは重たく腰掛け天井を仰いでいた。


 確かに交渉の席でゴ・ズマの使節団は、ソウタたちに直接恫喝するような言葉を使わなかった。主君を人質に取られ、かつ主君の甥が相手の代表になっているので当然といえば当然である。


 だが、彼らは言葉や態度こそ丁重だったが、安易に譲歩する事もなかった。身代金や軍の撤退どころか、逆に自らの国力を背景に全面降伏を迫ってきたのだ。


「とにかく負けて皆殺しは避けられたけど、このままじゃ禍根残してしまう……」


 交渉そのものには不慣れなソウタは、どうしても消耗してしまっていた。


「なぁに、向こうは数を頼みに大きく出てるんだろうけど、こっちだっていくらだって話を盛れるんだよ。ハッタリかまして強気一本で押し通せばどうにかなるに決まってるじゃないかい!」


 メリーベルは交渉事では常にその姿勢で渡り歩いて来たのだ。彼女の強気の笑顔にようやく元気が戻ってくる。


「ありがとう。そうだったよな……。こっちにはいくらでも材料はあるんだった」


 この二日はハッタリでなく実際になしえる事ばかりを前提に考えていたが、こちらには転移門から遥かに進んだ科学の成果を持ち込めるし、彼らにはその実態はわからないのだ。何より唯一理解できるであろう大帝はこちらの手の内である。


「それに鬱憤溜まったんなら、思い切りアタシにぶつけりゃいいんだよ!」


「わぷっ!」


 ソウタを抱き締めて、その顔を胸元に沈めるメリーベル。ソウタはそのアルコールと女の匂いが混じった生暖かい空気を吸い、その柔らかさに安堵していく。


「そういえばメリーベルの怪我は?」


「お陰さまで戦場じゃ無傷同然だったよ。ほら」


 メリーベルはバスローブを解いてその褐色の柔肌を触れさせる。確かに新しい傷は無いようだった。


 強襲部隊でも特に命を的に大暴れした海兵団の損害は大きなものだった。だが、頭目である彼女は、ソウタから与えられた防刃装備と持ち前の強運で今度も切り抜けたという。


「むしろアタシは戦の前に閣下に火傷させられた跡がうずいて仕方ないねぇ……」


 今度はソウタの右手を掴んで、その指先を自分の体の下腹部の内部に押し込んだ。メリーベルの軽い呻き声と共に、ソウタの指に確かに彼女の芯の熱が伝わる。


「熱いな……」


「これがアタシの命の熱さってヤツだよ。それじゃあ今夜は約束通り腰が抜けるまで抱いてもらうよ!」


「ああ、わかってる」


 ソウタはこの夜、日頃は豪胆な姐御肌の彼女が、伽の際には幼子のように涙もろい事を知った。そして腰が抜けてしまった彼女の気を果てさせて眠りについた。



 三日目。大帝は外に出ないでのんびりと日向ぼっこや、ソウタが持ち込んだ映画などの映像を楽しんで過ごしていた。


「面白いものは見れるし、飯は美味い。久しぶりの骨休めもいいものだな!」


 屋敷内から出る事は警備の都合で勘弁して欲しいと懇願されたので、三日に一度は外出させるのを条件に承諾していた。


「とはいえ、何もせんのはいかんな」


 昼下がりからはこれでもかと錘をセットしたバーベルを軽々と持ち上げてトレーニングを始める。一時間ほどかけて全身を動かすと、今度は櫂(かい)を持ってこさせて素振りを始める。風を切り裂く音と、その威容に、警護の兵たちは思わず見惚れ、拍手を送っていた。


 運動を終えると風呂で汗を流して夕食に。ソウタの屋敷の料理人はソウタの好みの食事がそのままゲンイチの好みと合致していた事もあって、存分に腕を振るい褒められていた。


 食事を終えるとリビングでくつろぐ大帝。そこに来客が顔を見せた。


「お初にお目にかかります陛下」


 母屋に来たのはサナだった。色取り取りの煌びやかな衣装にギターを持って、お供に二人ほどより若い女性を引き連れている。


「ほう。この世界での芸者遊びというヤツか」


 サナに大帝の夜の相手を務めるように依頼したのはソウタだった。こうなる可能性を考慮して、戦の最中からゲンイチが日本に居た頃に気に入っていたという曲を聞かせて覚えさせていたのだ。


 大帝は美酒を片手に故郷の歌を聞き、その返礼にと上機嫌でゴ・ズマの歌を歌い聞かせる。サナたちの歌ばかりでなく、大帝の中々の美声に屋敷の者たちも聞きほれていた。


 二時間ほど興が進むと、大帝はサナを連れて寝室に入っていった。サナが出てきたのは夜が白んでからだった。



 一方でソウタたちの交渉は苦戦していた。ゴ・ズマはさらなる増援が来る事を誇示して、カ・ナンに屈服同然の休戦を提示したため紛糾。ソウタは思うように交渉が進められず苛立ち、消耗してしまう。


 大帝がサナと夜伽を行っていた頃、ソウタもまた王宮の別棟で夜伽を行っていた。


「落ち着いたかいアタラ……」


「か、閣下……。申し訳ない……」


 顔ばかりでなく手の指先から足元まで桃色に染めて恥らうアタラ。


 時期を迎えて発情していた彼女は、ソウタが入室するや、否や得物を狩るかのように襲撃すると、窒息させんばかりに口で口元を塞ぎ、衣服を脱がせてしまう。何とか宥めようとするソウタだったが彼女は止まらず、そのまま行為に。そして今しがたようやく落ち着いたところだった。


「今夜はずっと一緒だから……」


 大きく息をついて結合を解くソウタ。日頃の冷静さ、無邪気さから大きくかけ離れたアタラの痴態には驚きを隠せなかった。


「奥方や陛下には申し訳ないが、私も期間が限られている身だ。その上、戦明けで昂ぶっていて止められなかったのだ……」


 月の光に照らされ少々俯き、顔を朱色に火照らせるアタラにソウタは見惚れてしまう。


「……戦明けに日本で閣下から頂戴していたので、もう暴走しないと思っていたのだが、我ながら情けない……」


 その言葉に反応するソウタ。


「戦明けに日本でって、もしかして」


 記憶の糸を手繰るソウタ。昼寝から目覚めた時、股間が暴発していた事と、傍らにアタラが眠っていた事を思い出す。


「戦を生き延びた閣下の精、無防備に晒されていたので辛抱できなかったのだ……」


 涙ぐんで詫びるアタラを宥めて抱き寄せるソウタ。


「過ぎた事だし、悔やむ事でもないよ……」


 そしてやさしく唇を重ねる。アタラと関係を持つ事は以前から許可されているし、自制が利かなくなっているのを責める気はなかった。むしろ自分相手で理性飛んでしまった事の方が男としては嬉しくもあったぐらいだ。


「とにかくアタラのお陰で交渉で溜まってた鬱憤も随分晴れたよ」


「我が国に少しでも有利に話を進めるために、今の私ができる事は閣下の憂さ晴らしぐらいなのだから、存分にぶつけてくれ……」


「ありがとうアタラ……」


 再び体を重ねる二人。こうしてソウタは、日中はゴ・ズマの使節を相手に口での交渉を重ね、夜は自分の妻や愛人たちと体の交渉を重ねる日々を送った。

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