第102話

 天幕の周囲の方々から火の手と怒声、そして悲鳴が上がっていた。


 闇夜を切り裂くように照らすサーチライトが崩壊しているゴ・ズマの惨状映し出す。川側は反乱軍との交戦で騒然としており、正面はカ・ナン本隊が整然と前進していた。そして本陣付近ではバイクを装備した部隊が小規模ながら、自陣を切り崩しているのが見える。


「あれほどの軍勢が、ここまでしてやられるとはなぁ……」


 ゲンイチはほとほと感心していた。自分の身が危機に晒されているとは全く感じずにいるのは豪胆さか現実感が無いのか。


「敵の砲撃を浴びて本部が壊滅したらしいぞ!」


「陛下はどうなった?!」


「すでに逃げたようだぞ!」


「いや、砲撃を浴びて亡くなったようだぞ!」


 混乱が続くゴ・ズマの兵たちの間に、瞬く間に流言飛語が飛び交い広がっていく。一部はカ・ナンの手によるが、殆どは方々で燃え盛る陣地を前に、自然発生的に発生したものだった。



「陛下!」


 続々と集まってきた重臣たちは、口々に大帝に退去するよう懇願してくる。本陣が置かれた丘の付近には攻撃はまだ届いていなかったが、この勢いではほどなく及ぶのは明白だった。


「万一があります!どうかここからお引きください!」


 だが、大帝は黙したまま腕組みしているばかり。


 そこにサーチライトの鮮烈な光が、本陣を、大帝の姿を捕らえた。大帝の居場所があからさまになり、沸き立つカ・ナンと反乱軍。


 だが。


《俺はここだぁ!逃げも隠れもせんぞぉ!!》


 強烈なサーチライトに照らし出された大帝は、高々と大帝の旗を掲げ、天に向かって猛獣のように吼える。


『あれは陛下だ!陛下はご健在だ!』


『陛下は我らを信じて踏みとどまっておられる!』


 歓声がうねりとなって方々に広がっていく。逃げていた者たちは足を止め、同士討ちしていた者たちは相手が味方である事に気付き、槍を向ける先を変える。


「まずいな!流れが変わった!」


 ドミナントは毒づく。そしてそれはカ・ナンで指揮を取っていた者たちの殆どがすぐに感じ取った変化だった。


『サーチライトを逸らしてください!逆効果です!』


 ヒトミの連絡を聞いて、すぐにサーチライトは大帝への照射を取りやめた。だが大帝の健在を知ったゴ・ズマの兵たちは落ち着きを取り戻していた。


「奴らめ!調子に乗りすぎたな!」


 ようやく動揺が収まった部隊は、炎に照らされながら装具と隊列を整えていく。


「まずは賊軍を討て!」


 幹部たちの号令が飛ぶ。


 月明かりをさえぎる雲も去ったことで状況も把握しやすくなったので、ゴ・ズマはまず反乱軍に反撃を開始した。


「賊軍は所詮烏合の衆よ!早々に蹴散らしてしまえ!」


 指揮が統一されていない上に勢いを失った多国籍部隊は徐々に押されはじめる。


「敵が統制を取り戻してきたか!」


 マガフは敏感に空気の変化を察知した。義勇兵たちは動きを止められ、そしてカ・ナンの本隊も進撃速度が低下していた。


「女王陛下!敵が崩れません!」


 本隊はすでに王都に配備されていた長距離砲の最大射程を越え、防衛線に配備されていた固定式長距離砲の最大射程ギリギリの場所に居た。


「敵の本陣に大砲が届く目的の地点まであと少しなのよ!何としても前進なさい!」


 エリは号令し、自身もメーナの制止を振り切って前に出る。その意気に押されて、本隊は前進を再開した。


「いいわね!ヒトミとソウタたちは敵の本陣に迫ってるのよ!見殺しにしたら私たちの負けなのよ!」


 強襲部隊が大帝の下に辿り着き、その身柄を確保せねば彼らだけでなくカ・ナンの命運も尽きてしまうのだ。その事はこの戦いに参加したほとんどの者が認識を共にしていた。


 エリの命令で、同士討ちを避ける為に沈黙していた防衛線の長距離砲が再び火を噴く。何とか敵陣に届いて敵を怯ませたが、そこが支援できる限界だった。


『ヒトミ!もうすぐ攻撃地点を確保できるわ!隙は作ってあげるから!進むか引くかは任せるわ!』


『ありがとうエリちゃん!でも無理しないで!』


『あなたたちだけに無理はさせないわ!』


 エリの言葉を受けて、ヒトミは決断を下した。


「ここまで来たら引き返せません!突入します!」


 少し小高い場所にある大帝の旗が、かがり火で照らされて肉眼でも確認できる。直線で500mを切っているだろうか。だがここから先の防御はさらに強固である。


「隙は作ってやるから行きな!」


 メリーベルの部下たちが手投げ弾より射程が遥かに長い、秘密兵器のロケット砲を発射した。防御陣に着弾し、柵ごと兵士たちが玩具のように宙に舞う。そこに狼たちが食い破るように突入していった。


 だが、敵の混乱は少なく、ほどなく体制を整え反撃してきた。突入した者たちは次々に矢を浴び、槍で滅多挿しにされて脱落していく。しかし、誰も振り返らない。ただただ前へ、あの旗へ向かって突き進んでいく。


『王国の荒廃、この一戦にあり!』


『各員一層奮励努力せよ!』


 カ・ナンの将兵たちから同時多発的に叱咤激励が飛ぶ。一気に崩壊していく多国籍部隊と異なり、カ・ナンの軍勢は本隊も義勇軍も強襲部隊も、より強固に着実に、ゴ・ズマに向かって押し進む。その様子をゴ・ズマの幹部たちも畏敬を持って見つめていた。


「女王陛下!射撃準備整いました!」


 ついに本隊は射撃地点を確保して砲撃準備を整えた。


「わかったわ!早く攻撃開始なさい!」


「誤射の危険がありますが!?」


「構わないわ!とにかく、敵の本陣目掛けて撃ちなさい!!」


 ここまで引いてきた野砲のうち、高性能野砲は四門。この砲の車輪はゴムタイヤで、簡易だが駐退機まで装備していた。前装式だが、この世界においては長射程であり、最も高精度な射撃が期待できる大砲に仕上がっていた。


「撃てぃ!」


 カ・ナンの命運を掛けた砲撃が開始された。大帝の本陣目掛けての砲撃は、突入しつつあるソウタとヒトミたちをも巻き込む危険があったが、エリたちは運を天に任せた。

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