第80話

『進めぃ!』


 翌日。布陣を終えたゴ・ズマの陣地から進撃の銅鑼が鋭く鳴り響き、前進が開始された。


 今回の先陣を切るのは、怪物でも、重装備の兵でもなく、白い一枚布を着て手に槍を持っただけの兵。彼らが横一列に並んで近づいてきた。


「こちらの様子見か?だがそれにしても、あまりに貧弱に見えるが……」


 双眼鏡で様子を伺うマガフの疑問。


 狙撃銃のスコープで兵たちを見たアタラが報告してきた。


「あの連中の顔に見覚えがある。連中はこの間、投降した指揮官たちに違いない!」


 ゴ・ズマ司令部は敗れ逃げ延びた兵は次も最前線に就く事を条件に許し、新たに装備を与えて再編成を行った。


 戦闘の渦中で捕縛されて追い返された兵たちは、武運こそ及ばなかったが敢闘したからと、一切の咎めはなく、数日間の休暇が与えられていた。


 連れ帰られるか送り返された指揮官たちの遺体は、死して勤めを果たしたからと、顕彰された上で全員手厚く葬むられた。


 だが、司令官の許可無く投降した百人長以上の指揮官は許されなかった。


 彼らは懲罰として、指揮官としての権限も名誉も装備も剥奪された。そして一本の槍と白い衣服のみの装備で、真っ先に敵陣に向かうよう命じられていたのだ。


 ゴ・ズマでは重大な失態を犯したした指揮官たちに対して、白布のみをまとって、敵に一切背を向けずに戦えば、その罪が低減されるようになっていた。


 無論、彼らに待っているのは死であるが、戦場で敵に背を向けずに死ぬことで、ようやく名誉を取り戻せるのだ。


「銃を使うな。矢で仕留めよ」


 薄く横に広がり自暴自棄に突撃してくる敵の元指揮官らに対し、長弓の矢が射掛けられる。


 ロングボウ隊は誰もが弓矢の名手であり、射た矢の大半は敵兵に命中。彼らはわずか三斉射で全員射殺された。


 そして彼らの遺体はすぐに回収され、後方に運ばれていく。彼らは衆目の下で、見事に務めを果たして見せたのだった。


「先の戦では怯えて務めを放棄した者たちだが、此度は敵に背を向けずに務めを果たした。よって罪は問わぬものとする!」


 ゴ・ズマの全軍から怒涛のような歓声が挙がった。


「さあ来るぞ!」


「みなさん、構えてください!」


 懲罰部隊の全滅から程なく、敵の大軍が続々と攻め寄せてきた。


『進め!進め!』


 続々と押し寄せるゴ・ズマの軍勢。それはまるで波が寄せるような光景だった。


「攻撃を開始して下さい!」


 ヒトミの号令と共に、カ・ナン軍の攻撃が開始された。それは先の戦いでカ・ナンの猛威を身を持って知った者たちでさえ、その時の比ではないと絶句するほど激烈なものだった。


『!!』


 防衛線から次々と落雷のような閃光と轟音が放たれ、湧き出てきた硝煙が雲のようになって防衛線が見えなくなる。


 同時に進撃を続けていた兵たちが、何が起こったかも理解できないまま、バタバタと崩れ落ちていく。


 前装式ライフル銃とミニエー弾の射程距離は長弓の三倍以上に達し、その威力は強固な鉄の鎧さえ、易々と貫通したのだ。

 さらに、支援の為に打ち込まれる大砲は榴散弾を発射。炸裂して飛び散る散弾の範囲内の兵士たちは、肉片になって大地に散布される。


 たちまち防衛線の前の空堀周辺は地獄絵図と化した。 


「怯むな!あんな攻撃は長続きせん!息切れしたところをねじ込むのだ!」


 だが、銃と大砲の射撃が止む事はなかった。ソウタがカ・ナンの宰相に就任して以来、営々と集積してきた弾薬は膨大だった。


「弾を惜しむな!とにかく撃ち続けろ!」


 硝煙の雲から水平に降り注ぐ鉛弾の雨は止むことなく、大勢の兵たちは空堀に届く前に屍に成り果てていた。


 ようやく空堀に届くと、今度はトーチカから鉄の玉が銃弾と同じ速度で、それも秒間十発近い勢いで浴びせられる。


「何だこれは?!」


 かろうじて空堀に辿り着いた者たちに、空気圧縮の魔法を使ってパチンコ用の鉄球を豪雨のように打ち出す機関銃が猛威を振るった。


 射程距離こそマスケット銃より多少長い程度だが、その威力は機関銃そのもの。空堀にようやく至った兵たちを、文字通りになぎ払ってしまった。


 それでも一番乗りを目指そうと、這いつくばって進む兵たちの姿もあった。だが、彼らの行く手を、有刺鉄線が阻む。


「て、鉄の茨か?!」


 服が引っかかって動きが止まったところに、弓兵たちの矢が浴びせられ、たちまち討ち取られてしまう。


「何だこれは……。本当にこれは戦なのか?!」


 数を頼んで一番乗りを目指した者たちは、手柄を立てるどころか、敵の姿も禄に見ないまま皆、屍に成り果てて大地を覆ってしまったのだ。


『攻勢中止!!』


 想像を絶する惨状を目にして、第一波攻撃は中止された。意気揚々と突撃した兵たちは大半が死傷し、その負傷もこれまで誰も見たことが無いほど酷い傷であった。


『第二波攻撃開始!!』


 第一波の全滅に等しい惨状にも関わらず、第二波攻撃が開始されたが、やはり屍を山と増やすだけの結果に終わった。


 日が傾く前に第三波攻撃が開始された。だが、それまでの損害の激しさに兵たちは尻込みしてしまう。


『臆するな!行けい!』


 命令に応えて勇敢に突撃した一団が、衆目を集める中であえなく散華したのを見ると、第三波攻撃は中途で打ち止めに。


 こうして、あまりに多大な犠牲と、全く衰えを見せない攻撃を前に、この日の攻撃は中止に追い込まれてしまった。


「陛下、あれほど火薬を用いた反撃が長続きするとは考えられません。敵の火薬が尽き果てるまで攻撃を続けましょう」


「……」


 こうして初日の大損害にも拘らず、波状攻撃はそれから一週間続けられた。


 だが、その度に不断に湧き出す硝煙の雲の中から、水平に放たれる鉛玉の豪雨が浴びせられ、兵たちは屍になって大地を覆うばかり。


「あれほど火薬を消費して、なお衰えぬというのか?」


 この一週間で、すでに数万の兵たちが命を落とし、負傷者はその何倍にも達していた。


 あまりの損害にゴ・ズマの司令部は、正面からの攻撃を中止する事を決定したのだった。

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