第79話

 カ・ナンがゴ・ズマの先鋒を完膚なきまでに撃退したとの報は、瞬く間に各地に広まった。


「やはりカ・ナンからの連絡は間違いなかったか」


「やはりトウザさまたちが負けるはずはありません。何せあれほど丹念に準備を整えてきたのですから!」


 アンジュは身の安全の確保の為に屋敷から外出する事はできなかったが、アンジュらが持ち込んだ無線機によって、即座にカ・ナンの戦況がもたらされていた。そしてその情報を基に取引を行い、短期間で莫大な利益を上げていた。


「この勝利も、バンドウ家からの資金援助あればこそです」


 ガネ商会のビルスはリオウとアンジュに頭を深々と下げた。ビルスと娘のシーナは、アンジュが脱出する前にソウタの命令でクブルに赴き、諜報と将来を見据えた金策などの活動を行っていたのだ。


「次は大帝が直々に赴くと言われていますが、我が国の防御は正しく鉄壁。易々とは破られますまい」


「そう願いたいものです……」


 リオウはカ・ナンの現在の軍装や防衛線の写真を見せられており、兵装の異質さと防衛線の強固さをしっかりと認識していた。

 そのため各国での風評と異なり、カ・ナンが善戦する事は確信していた。


 カ・ナン勝利の報が各地に伝わると、各国の動向が変化していった。荒らされる前に投降しようという穏便派が急速に力を失い、徹底抗戦すべしとの急進派が力を持ち出したのだ。


 それに呼応して、それまで順調だった他の二つの方面も急に激しい抵抗を受けるようになり、征服地も次々ゲリラによる襲撃が相次ぐようになっていった。


 そのため、クブルからは各国への武器食料の輸出が急増し、資金融資を求める使節も来訪する見込みという。


「クブルはあくまで商業にのみ専念し、ゴ・ズマが迫れば無血開城する予定です。その際には事前の協定通り、ガネ商会にはこちらで用意した船で脱出して頂き、万一我々にも火の粉が降りかかるようであれば、我々も船団を引き連れて脱出する所存ですが……」


「異存はありません。我々は女王陛下や宰相閣下たちを脱出させる事さえ叶えば良いのですから」


「安心されよ。タツノ宰相らの脱出は、私共にとっても違える事はできぬ約束」


 リオウにとってもカ・ナンの幹部たちの存在は大きかった。特にソウタは計り知れぬほど有益な知識を持ち、かつゲンブ大帝の甥でもある。

 そのため、もしカ・ナンが敗れ、彼らが脱出してきた場合、その身柄を確保する為の準備を密かに進めていたのだ。


(易々と彼らが敗れるとは思えんが、用意はしておかねばな)


 クブルには自衛の為の最低限の軍備しか備わっていないので、バンドウ家ではゴ・ズマに抵抗する事は不可能である。だが十数名程度の身柄を厳重な包囲下から脱出させて、迎え入れる事は可能だった。


 リオウはアンジュらには当然伏しているが、超人的な能力を持つという暗殺集団と契約しており、万一カ・ナンから脱出する際は彼らに道中の保護を依頼していた。特にソウタとエリとヒトミの三人は万難を廃して身柄を確保するよう念押ししていたのだ。

 

(大帝に彼らを害する意思がなければ高く売り渡せば良し。害するつもりなら、匿った罪を我らも問われよう。その際は共に逃れるまで……)


 リオウは大海を渡ったいくつかの諸島の開発にも出資しており、いざという際の亡命先を確保していた。


「今はただ、カ・ナンには上手くこの危機を乗り切って頂くのを願うばかりです……」


 リオウの言葉に偽りは一切無かった。万一の備えは使われぬ事に越した事はないからだ。





 各地でゲリラ戦に悩まされるようになっていたゴ・ズマの遠征軍。だが、大帝の本隊は圧倒的な大軍であり、手を出す勢力は目下のところ無かったため予定通りの進捗で進軍していた。


「陛下、報告書をとりまとめいたしました」


 道中、投降した者たちから聞き取りを行い、取りまとめられた報告書に目を通す大帝。


 ゲンイチはおおよそ予想していた事だが、報告書から読み取れた内容は、彼の予想、いや、“期待”を遥かに上回っていた。


「おお。あいつら鉄砲・大砲だけでなく毒ガスまで持ち出したのか!ここまでやるとは、本当にやりおるな!」


「陛下……」


「おい、テラ。あ奴ら、やりおるぞ」


 ゲンイチの傍にいた側近は、二十四人の勇士の一人だった。


「よもやあの小国がこれほど鋭い牙を持っていようとは……」


「テラよ、今一度この国を率いておる者たちの名を見てみよ」


「タツノ・ソウタ……。まさか陛下の血族?!女王はオオトリ、敵将はシシノ……よもや」


「今、この中で俺たちの冒険に加わっていたのはお前一人。だから教えておく、こやつは……」


「何と!金色の射手、タイガさまの息子とは!ならば陛下の甥ではありませんか!」


 エリとヒトミがもかつての仲間の娘たちと聞いて驚くテラ。


「実は先月偶然会ってな。夫婦揃って国を捨てて俺のところに来るよう言ったのだが、断られてしまってな。自分の女たちの国を見捨てるぐらいなら、たとえ俺が相手だろうと徹底抗戦すると言い切りおったわ!」


 二人で高らかに笑い合う。


「さすが金色の射手殿の息子、陛下の甥ですな!同じ境遇に置かれれば、陛下も同じ事をなさった事でしょう」


「まったくだ!ガハハハハ!」


「とはいえ、俺も今はこの帝国の主だ。甥子が居たからと、おいそれと折れるつもりはない」


「しかし陛下、今のところ陛下には男子がおりませぬ。継承は言わずもがな男子優先。であれば、ソウタ殿は極めて有力な後継候補になりますが……」


 彼の言う様に、ゲンイチは大勢の側室を抱えていたが、目下のところ愛娘が一人居るだけで、男子は生まれていなかったのだ。


「たしかにそうだ。しかもソウタは手腕を発揮して、現に我らの一軍を潰してしまったのだからな。実に有望だ」


「でしたら懐柔なされては?降伏すれば特例として領国を安堵すると言えば」


「この程度で特例は出せん」


 ゲンイチは顔色一つ変えていなかった。


「俺の目的は世界征服よ。そしてそれを成す為に、従うものは赦し、歯向かうものは絶やして来た。容易に曲げる事はできん」


「俺は道を貫く。そのためには立ちはだかるカ・ナンを完全に制圧し、甥と旧友の娘二人を捕らえる。そして他は見せしめに皆、絶やさねばならん。それを阻止したくば、俺を心変わりさせてみせよと、あの時言っておいたからな。変えるつもりはない」


 大帝の意思は固かった。


「友の子等を捕らえるおつもりがあると聞いて安心致しました」


 テラは大帝の血族を一人でも多く確保できると安堵していた。それに三人の親たちとは共に冒険し、恩義もあった。


「では、戦地に届きましたら、敵の将帥らは皆、生かして捕らえるよう布告しておきましょう」


「おう、任せる」


 一方のカ・ナンでは楽観に浸るどころか、大帝直々の本隊侵攻に備えて緊張が漲っていた。


「ザンパク砦から報告!敵軍を視認!!」


「数はどれぐらいですか?!」


「先鋒だけで、前回の数倍は確実!本隊を含めれば十数万にも達する見込みです!」


 大帝の本隊は前回のさらに倍以上の大軍であった。その報告を聞いたヒトミは即座に決断する。


「先日使った陣地は予定通り放棄します。用意が整った防衛線にて迎撃を行いますから、準備をお願いします!」


 陣地に展開されていた木製の柵などは全て撤去され、資材は後方に送られ、人員は全て本命の防衛線に配置転換された。



「なんて数なの……」


 四日後。エリは王都の展望台から双眼鏡で迫り来る敵の布陣を眺めていた。


 次から次に湧き出してくる敵兵。地面は見えず、ただ圧倒的な敵が埋め尽くしていく。


 そして巨大な天幕を中心にした陣地に、巨大で煌びやかな旗が掲げられているのが見えた。


「あれが大帝旗……」


「ゲンイチ伯父さん、本当に来たんだな」


「まずは勝利条件の一つを引っ張り出せた訳よね……」


 ゲンイチに自分たちの力を示し、認めさせる事がソウタたちの勝利条件だった。だが、そのために立ちはだかる壁はあまりに高く分厚い。


「ああ。あとは大帝が根を上げるまで戦うんだ」


 ソウタは小さく震えるエリの肩を抱いて、自分に言い聞かせるように呟いた。

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