大帝親征
第78話
カ・ナン川河口に存在していた貿易都市ガンプ。
かつてはカ・ナンからの木材などや東方からの貿易品の窓口として栄え、セキトと同等以上に発展していた。
しかし先のゴ・ズマの侵攻の際に街は完全に破壊され、住民も殺戮されるか散逸して居なくなり、先日まではただの廃墟と成り果てていた。
だがこの都市は現在、大勢の人々で溢れかえっていた。皮肉にも破壊したゴ・ズマの手によって、今回の本格侵攻の補給拠点として大規模な復興が、いや、むしろかつてをはるかに上回る規模で、港と市街地が整備されているのだ。
「急げ急げ!前進を滞らせる訳にはいかんのだぞ!」
湾岸は大規模に拡張されただけではなく、これまでの市街地は完全に破却され、碁盤の目のように合理的に整えられた区画の下、建物が続々と建設されていた。
さらに何十万人という遠征軍のための物資が、接岸した何十という船から、大勢の人夫達によって続々と陸揚げされている。さらに湾内には陸揚げを待つ船が大量に浮かんでいる光景は、正に壮観である。
そのガンプを一望できる小高い丘、かつてガンプの元首の屋敷は、先の侵攻の折に破壊し尽されていたが、こちらも急ピッチで真新しい宮殿を思わせる屋敷が建築されていた。
そう、大帝を宿泊させるために。
だがその大帝は現在、そのガンプの郊外に本陣を置いていた。そこには早馬によって各地の戦況が続々と伝えられている。
「南西方面軍、極めて順調!抵抗する国はありません」
「北方方面軍、諸国連合を撃破!進撃は予定通り!」
三つに分けた軍団のうち二つは順調に進撃していた。だが。
「ちゅ、中央方面軍……退却致しました!」
『な、なんだと!?』
幕僚たちに戦慄が走った。
「苦戦しているとは聞いていたが、撤退とは!ルゴムは何をやっている!」
「ルゴムさまは……討ち死になされました……」
「ルゴムが討ち取られただと?!」
ゴ・ズマの軍司令官は、誰もが大帝の旗揚げから程ない頃に旗下に加わって、幾多の戦場で戦い抜いてきた猛者ばかりであった。
その中でルゴムは功を焦りやすい、策に乗りやすい男と言われてはいたが、幾多の戦で活躍し、これまで致命的な大敗を喫したことは無かった。
「か、川をご覧下さい!」
幕僚たちが大天幕を出ると兵たちが川べりに集まって騒いでいるのが見えた。上流から兵たちの遺体が続々と流れて来たからだ。
「な、何という事だ……」
一人二人なら隠しようもあるだろう。だが、流れて来たのは百と言わない数だった。
「海まで流すな!直ちに回収せよ!」
すぐに兵たちが川に入り、流れてきた遺体を引き上げていく。だが、拾えども拾えども、遺体は続々と流れてきた。
そしてほどなく、中央方面軍が姿を見せた。
「これほどまでに打ちのめされたのか……」
だが武装していたのは極一部で、殆どの兵たちは傷を負い、得物も防具もなく身一つというその有様に、幕僚たちは言葉を失う。
「ルゴムさまのご遺体が到着致しました……」
ルゴムの遺体は、大木をくりぬいて作られた棺の中に、丁寧にマントに包まれて納められていた。
中央方面軍が自力で奪還したのではなく、カ・ナン軍から解放された捕虜たちに託されたのだという。
「ルゴムめ……。変わり果ておって……」
長年苦楽を共にして来た将の一人が、棺に納められていた首を抱えて涙を流していた。
切断されていた首は綺麗に洗われ化粧まで施されていたが、額には矢で射抜かれた穴が残っていた。
ほどなく、大帝や幕僚らの居並ぶ大天幕に、中央方面軍の幕僚で唯一生き延び、撤退の指揮を執った将が経緯を説明した。
「まず先鋒で送り込んだ地竜隊は、山脈を貫く大隧道を突破しようとした際に敵が流した瘴気にて全滅しました。その後態勢を立て直し二週間かけて大隧道の制圧に成功。敵首都前になだれ込むも、火薬兵器を主体にした敵の迎撃を受けて、我が軍は甚大な損害を受けました」
「さらに敵の逆襲にあって本陣が蹂躙され、ルゴムさま以下、中央方面軍の幕僚らの殆どが討ち死にし、中央方面軍は崩壊致しました」
「壊走した兵たちは大隧道で多数が圧死し、また川に逃れた者たちも次々と溺死や滝から落ちて転落死。捕虜にされた者たちは皆、身包みを剥がされ、追い返されました」
ゴ・ズマ建国以来初めてとなる一個軍団の完全敗北であった。
「小国の小娘どもが相手だからと油断しおって!」
重臣たちの間で死を惜しむ者、不覚を糾弾する者、様々に意見が割れていた。
「やりおるな」
口を開いたのは大帝だった。
「よし、次は俺が直々に出向こう」
『陛下?!』
大帝が自ら向かうと聞き、重臣たちの皆が驚き引き止めようとする。
「陛下が軽々しく、それも小国相手になさるのは動揺を招きます!どうかこの地に留まってお見守り下さい!」
だが大帝は聞く耳を持たない。
「ここまで打ち破られたのであれば、敗報はとても隠しきれん。尾ひれがついて全世界にたちまち轟くであろう。それをこのままにしておくわけにはいかん」
反論は出なかった。かくしてカ・ナンに対しては大帝自身の親征が決定された。
「敵のやり口の詳細をまとめて報告させよ!おいおい報告は目を通す。本隊はカ・ナンの攻略に向かう!」
重臣たちの反対を押し切って、ゲンブ大帝がついに動いたのだ。
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