第81話
「数を頼んだ力押しでは崩せんか……」
無論、それで攻略を断念したわけではない。
「陛下、次は夜襲を仕掛けます」
「おう、任せる」
夜襲は、良く訓練され統率の取れた者たちでなければ実行ができない、かなり難易度が高い作戦である。
投入されたのは、薄っすらとした月明かりでも統率が取れた戦闘ができる選ばれた精兵たち。彼らは皆、夜に慣れた馬に乗って一気に接近し、防衛線を攻略せんと接近を図ったのだ。
だが、カ・ナン側はその動きを敏感に察知していた。
『こちら第三観測所。敵集団を確認』
『こちら第二観測所。こちらでも第三観測所方面に向かう敵集団を確認した』
カ・ナンの観測所にはそれぞれ暗視装置が設置されていて、見張りが交代しながら常に監視を行っていた。
『敵集団接近中!直ちに配置につけ!』
防衛線の休憩所で眠りについていた者たちは起され、銃を掴んですぐに持ち場に向かう。
彼らが持ち場につき、銃の射程に届いたと同時に、見張り台に設置されていたサーチライトが次々点灯。その明かりは夜襲部隊を、真夏の太陽の日差しよりも明るく照らし出した。
「しまった!」
彼らは空堀に届き、馬から下りたところだった。
『攻撃開始!!』
たちまち日中と変わらぬ勢いで銃弾の雨が彼らに降り注いだ。銃弾の中には曳光弾も混ぜられていて、射撃が夜襲部隊の周辺から集中して行われている様子が、ゴ・ズマ側にも鮮明に見えていた。
「お、おい!あれを見ろよ!」
作戦に参加していない一般の兵にも、夜襲が見破られている様子が明確に見て取れた。
『打ち方止め!』
攻撃時間は十分程度だったが、その短時間のうちに進むも引くもできない夜襲部隊は、人馬諸共に無残に散華していた。
「申し訳ありません……。敵にはフクロウにも勝る夜目を持った見張りが、大勢居るとしか思えません」
「……」
暗視装置の存在を知らないゴ・ズマであったが、以降は夜襲は困難と判断し、採用される事はなかった。
その次に用意されたのは、分厚い鋼鉄のエプロンを身に着けた巨人兵トロルと、人間を遥かに上回る俊敏さを持つゴブリンを調教した魔族兵たちが投入された。
トロルは少数で鈍重だが、矢はもちろん銃弾をも跳ね返す鋼鉄のエプロンを身にまとい前進してくる重戦車である。生半可な攻撃では足を止められないのは明白だった。
「狙撃隊、お願いします!」
ヒトミの命令と同時に、要所に配置されていた狙撃用の対物ライフルが火を噴く。彼らの狙いは、鋼鉄のエプロンでも、鉄兜でもなく、トロルのむき出しの顔面だ。
高精度なスコープで狙いを定め、その狙い通りに直進する大型ライフル銃。
鉄板をも撃ち抜く鉄芯入りの弾丸は、通常の矢や銃弾では生身の肌さえ容易に打ちぬけないトロルの肉体、その顔面を撃ち抜き、頭部を一撃でカボチャのように粉砕した。
頭部を粉砕されたトロルは、それでも前進していたが、被っていた鉄兜が地面に届くと同時に前のめりに崩れ落ちる。
カ・ナンの軍勢は大いに沸き立ち、ゴ・ズマの軍勢に落胆と恐怖の声が漏れる。
鈍重で従順なトロルたちは、仲間の死を気にしないのか気づかないのか、そのまま直進するが、次々と射殺されていく。
また、小柄で俊敏なゴブリンたちは有刺鉄線網をなんとか潜って近づくが、トロルが次々死んでいくのを目にして狼狽し、さらに雨あられと銃弾と矢の雨を浴びて次々と射殺され、ついに逃げ出してしまう。
かくして魔族兵による攻勢も失敗に終わった。
「次」
その次に採用されたのはカ・ナンに対抗して塹壕を掘る、それもジグザグに相手に向かって掘り進めて射撃を凌ぎながら接近を図る戦術だった。
「確かに塹壕を少しずつこちらに延ばせば、それだけ安全に接近する事ができるようになります。ですが……」
「あいよ!アタシたちの出番だね!」
夜を徹して行われる塹壕の掘削作業。
そこへメリーベルの海兵団が夜襲を仕掛けたのだ。
「そらよ!こいつを受け取りな!」
海兵団が投げ込んだのは、薬品の入った壷。塹壕で炸裂すると、中身が混ざって飛び散り、黄緑色のガスを発生させた。
「逃げろ!毒霧だ!」
空気より比重が重い塩素ガスは、地面より低い塹壕に滔々と流れ込み、作業員たちを身もだえさせ、命さえ奪っていく。
あまりに多数の犠牲者を出したため、とうとう塹壕の採掘作業も中止に追い込まれた。
「次」
そして切り札として持ち込まれたのは、“地上の雷”と名付けられた巨大大砲だった。
銃弾や矢が全く届かない有効射程ギリギリにてくみ上げられた巨大砲は三門。
防衛線と王都の城壁に向けられ、轟然と火を噴いた。
300kgにも及ぶ巨石の砲丸が宙を切る。
これまで幾多の城壁を粉砕してきた地上の雷の一撃がニライの城壁を直撃した。
だが、ローマンコンクリート製の分厚い城壁には、その一撃さえ多少の亀裂と凹みを受けたに留まる。
他の二門は各々機関銃が設置されたトーチカに向けられた。こちらも大砲での攻撃に備えて、厚さ1m以上のコンクリートで固められており、その砲撃を寄せ付けなかった。
装填から発射まで、一発ごとに一時間近い時間が費やされる地上の雷は、日が昇る間中続けられたが、めぼしい効果は無かった。
逆に砲撃の負荷に耐えられず、巨砲が発射後に破損し使い物にならなくなったり、果ては盛大に火柱を上げて自爆する砲もあった。
かくして巨砲による砲撃は、三日目にして全門が沈黙し、無残な失敗に終わった。
この結果に、カ・ナン側は大いに沸き立ち、ゴ・ズマ側は逆に落胆・消沈した。
「おのれ……やってくれおる!」
この結果に、一言漏らすと顔を太陽のように真っ赤にして肩を震わせる大帝の様子に、部下たちは低頭して震え上がっていた。
「陛下が、陛下が烈火のごとくお怒りだ!!」
だが、この時のゲンイチは怒りでなく、腹の底から込み上げて来る笑いを噛み殺すのに必死になっていたのだった。
(ソウタのやつめ、やりおる!ガハハハハハ)
ともあれ、ゴ・ズマの一ヶ月に及ぶ大規模な攻勢は停止され、長期戦に移った。そして以降の攻撃は散発的なものとなっていた。
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