明かされた事実

第63話

 翌朝。ソウタとヒトミ、そしてエリは、ソウタの伯父のリュウジの会社の事務所に来ていた。


「おお、三人とも揃って」


 いつものようににこやかに笑顔を向けるリュウジに、三人とも険しい顔を崩さない。


「お久しぶりですおじさま」


「小学校以来か……。エリちゃんも随分綺麗になったね」


「ありがとうございます。今日は自分に架した禁を破って日本に戻ってきました」


 世辞に軽く礼を言った後、エリは厳しい声で語る。


「リュウジ伯父さん、これを」


 ソウタは鞄から、あるものを取り出して見せた。


「腕時計か……。ん、これは!?」


 やはりリュウジは、この時計に見覚えがあるようだ。


「これはゲンイチ伯父さんから預った時計です」


「ソウタ、兄貴に会ったのか!」


 さすがにリュウジも驚きを隠せなかった。だがその驚きは消息不明になっていた兄の生存がわかったというよりは、随分と便りをよこさなくなった身内が見つかった時の驚きのように思えた。


「ええ、ゲンイチ伯父さんはとても元気にしてました」


「で、兄貴は何をやっていたんだ?」


「はいおじさま。ゲンイチさんは異世界アージェデルで巨大帝国の皇帝に即位して、その世界を征服をするんだと、大軍を率いています」


 まともな者なら、一笑に付すような突拍子も無くインチキ臭い話である。だが。


「そうかそうか!ゲンイチ兄貴、本当にやりやがったのか!はははははは!」


 しばらく笑いが止まらないリュウジ。やはり彼は事情を知っているのだ。


「でも、エリちゃんと私の国、カ・ナンは滅ぼすって言われたんです!私たち三人は殺さないけど、他の人は皆殺しにするって言われたんです!」


「……。そうか」


「今までリュウジ伯父さんに隠してた事は謝ります。でも、教えてください!伯父さんたちやヒトミとエリの両親のことを!」


 三人が詰め寄ると、リュウジはイスから立ち、窓の外に目線を向けた。


「わかった。洗いざらいお前たちに説明しておこう。いいかな、“ティア”」


 伯父はここに姿が無い誰かに同意を求めている。すると虚空から声が聞こえてきた。


「そうね。この子たちに教えてあげてもいいでしょう」


 すると伯父の背中から薄い紫の光が上ったかと思うと、銀色の輝く髪をした女性が現れた。


「あ、あなたは?!」


「紹介するよ。時の魔法使いにして僕の伴侶のティア。ガナ・ム・ティアだ」


「タイガとカナエの息子、ユキヒロとミーナの娘、そしてユーゴとマナの娘。直接姿を見せるのは初めてね。私は今まで、ずっと貴方たちの事を観察し続けていたの」


 時の魔法使いティアは転移門を開く事ができる当世唯一の魔法使いであった。彼女は本来の肉体を異次元世界に置いて、リュウジの肉体に魂を宿らせていたというのだ。


「私の師はさらに時間さえ超えて、より巨大な門を繋ぐことができたけど、私の力量ではあの位の門を繋げるのが精々なの」


 今、カ・ナンと日本を繋ぐ転移門は、ティアの力で繋いでいるというのだ。


「じゃあ、貴方を通じてリュウジ伯父さんは全てを知っていたんですか?!」


「ああ。そういうことだ」


「私は観測するのが趣味なの。だけど最近はこちらの方が面白いから、こちらばかり見てるんだけどね」


 リュウジは事の始まりから語り出した。


「秘境探訪同好会。学生のころ、ゲンイチ兄貴が立ち上げたサークルさ。僕たち三人兄弟と、ヒトミちゃんのお父さんのユキヒロ、エリちゃんのお母さんのミユキ、そしてソウタのお母さんのカナエの六人がメンバーだった」


「メンバーで登山していたときに、雨宿りしようと偶然見つけた洞窟の中に転移門があってね、それで向こうに行ったんだ」


「あれは私が気まぐれに開いた転移門だったの。適合した反応を持った者があんなに固まっているのを見つけたから、試してみようと思って」


 こうしてティアの導くまま、彼ら秘境探訪同好会は異世界アージェデルに到着したのだった。


「話の腰を折ってすいません。ティアさん、貴方は他にも同じように転移門を開いた事はあるんですか?」


 ソウタの念頭にあったのは、アユムや、サナの親たちの事だった。


「私が意図して開いたのは、あの時ぐらいよ。自然発生的に開く事は極々稀にあるけど」


「わかりました」


「話を戻そう。僕たちが出たのは、カ・ナンのずっとずっと東、ナタイと呼ばれる地方だった。そこには恐竜みたいなドラゴンやら怪物たちがうじゃうじゃいてね、地元の国はそいつらに随分苦しめられていたんだ」


「だから秘境探訪同好会はノリと勢いで、国々を苦しめる化け物どもを討伐することにしたんだ。兄貴がそのままリーダーになって、地元だけじゃなくずっと西から武者修行に来ていた連中も加えて総勢二十四人でな」


 ソウタは似たような経緯で向こうに渡ってきた者たちが居た事を知っていた。そして多くの者たちが、異世界で活躍するどころか、生き延びるので精一杯だったり、それさえ叶わずあえなく命を落としてしまう事例の方が圧倒的だったことも知っていた。


「それで、どれだけ生き残ったんですか?」


「全員生還したさ。そして腕と科学知識と魔法を駆使して、見事に怪物たちを一掃したんだ」


「すごい……」


「当然、みんな英雄になって凱旋したんだが、ナタイの偉い連中からは煙たがられてな、とうとう追討されることになっちまったんだ」


「僕たちは決断を迫られた。日本に帰るか、このまま残るか。残るにしてもナタイか、遥か彼方に向かうのか」


「それでお前の両親になるタイガとカナエは日本に帰った。僕とユキヒロとミユキは、カ・ナンに行くことにした」


「そして兄貴と他の連中は、自分たちの国を作るんだと、そのまま残った」


「どうしてリュウジ伯父さんはカ・ナンに?」


「僕はアージェデルがどんな世界なのか、早く見たかったんだ。あとの二人はもうその時には相手が居たからね。ユキヒロはミーナが、ミユキはユーマが」


「知っての通りユーマはカ・ナン王家でありながら武者修行の旅に出て、ミーナはその御付だったんだ」


 一行は丸一年の旅路を経て、カ・ナンに到着したという。


「カ・ナンに着くと、盛り上がっていたから二人とも早々と結婚してしまった。そして僕は道中で出会った、いや、向こうから接触してきたティアと」


「白銀の錬金術師リュウには、私の伴侶になってもらうことになったの。私はリュウの記憶を辿ってから、こちらの世界の方に興味が湧いたのよ。でもじっくり観察しようと思ったら、肉体が必要になるの」


「白銀の錬金術師リュウ!伯父様だったんですね!」


 エリとヒトミが驚きの声を挙げた。白銀の錬金術師リュウは疫病に苦しんでいたカ・ナンを救った英雄としてその名が知られている。


「まあね。とにかくそれでティアには僕の身体に居候してもらう事にしたんだ。そして僕たちは弟の波長を辿って連絡をつけて、カ・ナンと日本を繋ぐ転移門を安定して設置する事にしたんだ」


「とはいえ、転移門を頻繁に利用する気は誰にも無かったんだ。ただ、ユキヒロもミユキも子供ができたら、あらゆる環境が整っている日本で育てる事を選んだ。それにはユーマもミーナも反対しなかった」


「私とエリちゃんは日本で育てたい、ですか?」


「ああ。特に生まれてすぐだと、医療体制が整っていなかったカ・ナンに限らずアージェデルは危険だからね。実際、到着直後のカ・ナンには疫病が蔓延していたんだ」


「それで私の両親たちと協力して、衛生面の改善に取り組んで頂けたのですね」


 エリは自分が生まれる前から度々発生していた大規模な疫病を根絶する為に、父親だけでなく、白銀の錬金術師が助力していた事を知っていた。


 白銀の錬金術師は、衛生面を改善する為に膨大な量の消毒薬を散布した。そしてカ・ナンでも手に入る石灰を消毒に利用する事、そして上下水道の再整備や公衆衛生の知識を伝授した。


 白銀の錬金術師とエリの父たちは、率先して衛生面の改善と知識の伝播に勤めていたという。


 これらは人々の意識を変えねばならなかったので、時間は掛かったが、エリがカ・ナンに来る事を決意した頃には、公衆衛生が原因の疫病は、ほぼ根絶されていた。


 そのため、疫病を退治した白銀の錬金術師リュウの名は、カ・ナンにおいて知らぬ者が無いほどだった。


「僕たちの直接的な介入はそれぐらいだったけどね……」


「ともあれ、オオトリ家もシシノ家も、日本で育てた娘たちの道は、将来自分で決めさせたいと考えてたんだ」


「だから話し合って、通路の確立地点からそう離れていない、ここらでみんな固まって住むことにしたのさ。ああ、国籍が無かったユーマとミーナの二人分は“俺たち”でどうにかした」


「結局、ユーマは王位にいた兄が跡継ぎ無く亡くなってしまったから、カ・ナンに戻らざるを得なくなって、ミーナの方も似た事情になってしまったわけだ」


「伯父さん、俺に黙っていたのは何故ですか?!」


 ソウタが掴みかからん勢いで問う。


「お前の両親は日本人だからだ。アージェデルの事を知る必要はないし、関わる理由も無い。少なくとも俺たちは、お前にはアージェデルの事は言わずに、墓の中まで持っていくつもりだった」


 両親共にアージェデルに直接関係が無い以上、ソウタに伝えなかったのも当然の話である。


「まあ転移門に反応があって、お前たちが急にあれこれ手配し出した時、何となく察しはついていたが、俺は干渉しないことにした」


「お前たちが自分たちで工面した資金で、やれることをやっているのが嬉しかったし、何をしでかそうとしているのか、正直楽しみだったからな」


「俺たちは無闇に向こうの世界がこちらの知識や技術、思想で変わってしまうのは、無用な混乱を招きかねないからと、極力避けてきた」


「では何故、ソウタの行いを黙認していたのですか?」


 エリの問いも当然であろう。


「俺たちの時とは事情が全然違うからだよ。生き残るためにやれる事を何でもするのは生き物として自然なことだ。ましてその原因がこちらの世界の、兄貴が、いや、俺たちがやってきたことが原因だったのなら尚更だ」


 自分たちが生き残る為なら、取れる手段を全て使うのは構わないというのだ。


「一度会ってるからわかるだろうが、ゲンイチ兄貴は頑固者だから、おいそれと考えは変えない。まあそれを言い出せばタツノ家も、お前たちもそうだからな」


「だが、あえて言っておく。ソウタ、ヒトミちゃん、エリちゃん。もうカ・ナンに戻らずに、このまま日本に残りなさい。そして君たちだけでなく転移門を通れる者も全員ここに連れて来なさい。僕が生きている間は、必ず面倒は見てあげるから」


 三人ともその言葉に驚きを隠せない。自分たちだけでなく、転移できる者は全員というからだ。


「年々面倒にはなっているが、蛇の道は蛇だ。戸籍も僕が何とかする。なあに、うちの従業員も実はなんだかんだで、全員アージェデルから流れてきた連中さ」


『ええっ?!』


「みんな、お前たちが何のためにあんな事やっているのか承知した上で作業に加わっていたんだぞ。次は何をするのか楽しみにしながらな」


 リュウジの会社の従業員は、全員異世界人だというのだ。出身もカ・ナンに限らず、本当に各地から来ているという。


「ついでに何十人か増えても問題にはならんし問題にもさせない。だから、ソウタ、ヒトミちゃん、エリちゃん。三人ともここに逃げるんだ!自分たちの命を最優先にするんだ!」


 三人とも死なせるわけにはいかないという、リュウジの気持ちは本物だった。それは三人とも痛いほどにわかる。


「でもそれは、こちらに来れない大多数の人たちは見殺しにしろという事ですよね」


「そういうことだ」


 エリの問いにリュウジは断言した。


「でしたらそれはできません。最終手段ではあっても、何もしないうちに逃げたりはできません!私はカ・ナンの女王なんです!」


 カ・ナンの君主として、国民全員の命に責任を持つエリには、受け入れられる提案ではなかった。


「本当に面白い子たちね」


「だろうな。それでこそ、お前たちだ。だが……」


 リュウジが目配せするとティアは微笑んで頷く。そしてリュウジは三人に告げた。


「三人とも、こっちで一晩泊まって、もう一度ゆっくり話し合って考えなさい」


「私の覚悟はすでにできています!」


 エリが吼えるが、リュウジは首を振る。


「だからこそなんだ。一度ここで冷静に振り返って、それから決断を下して欲しい。だから先ほど転移門は閉じさせてもらった。嘘だと思うなら今から見に行くといい」


『!!』


 転移門はリュウジとティアが任意に開閉できるというのだ。


「なに、まだ午前中だ。三人とも、特にエリちゃんは今日一日、こっちでゆっくりすごして、それから改めて明日朝に結論を聞かせて欲しい。その判断を僕たちは尊重する。それは約束するよ」


「わかりました。今日は三人でゆっくり考えます」


 ソウタとヒトミは、エリをつれて退席した。


「とにかく一度、転移門まで確かめに戻ろう」


 転移門まで戻った三人だったが、リュウジの言葉通りに転移門は消え失せており、洞窟の奥には岩肌だけが見えていた。


「やっぱり……」


 ソウタとヒトミはともかく、エリは愕然としていた。


「とにかく今日は言われたとおり強制休日だ」


 時計の針は午前10時を差していた。


「分かったわよ。折角休めって言われたんだから、久しぶりにハメを外して遊ぶわよ!」

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