第64話
こうして強制的に休日を過ごすことになった三人。ソウタは来た道を戻るため車を走らせた。
エリが公務から解き放たれて休日を過ごすのは、小学校の卒業と同時に日本を離れて以来と言ってよかった。
「経費は全部、ソウタが出して頂戴!」
「まかせろ。豪遊しない限り大丈夫だ!」
カ・ナンから解き放たれた三人が向かったのは都心部だった。
ハンバーガーショップで昼食を済ませると、ゲームセンターでゲームに興じ、カラオケで思い切り歌を歌い、衣類や小物類の店を巡って買い物を楽しんだ。
だがこれは、日本で過ごしていれば当たり前に迎えられたはずの休日、いや日常の一ページなのだ。
「あ~~楽しかった!」
三人は日中遊び倒した。日没後はファミリーレストランで夕食を取り、スーパー銭湯で入浴を済ませてから、ソウタの家に帰宅した。
寝る前にテレビをつけて漫然と番組をかけ流しにしていたが、エリがふと風呂上りのソウタに尋ねた。
「それでアンタたち、どのぐらい励んでいるの?」
エリが尋ねたのは、二人の夫婦の営みの頻度についてだった。
「……。二人で居るときは毎晩だな」
「ま、新婚だもの。それぐらいするわよね……」
「時々朝にもしちゃうけど」
ヒトミが明るく答える。
「あ、朝ぁ?!」
「……。大体ヒトミの方から仕掛けてくるんだよ」
「朝、ソウタくんのが元気だったら、大丈夫なんだなって」
エリは二人のお盛んな様子に思わず苦笑いしてしまう。
「それで……、どんな感じなの?」
聞いたのは子供についてだった。
「今は作らない事にしてるんだ。俺の判断で」
「ちょっと、それどういうことよ!?」
「ゴ・ズマとの戦争の最中に、ヒトミを身重にするわけにはいかないからな」
「!!」
エリは絶句してしまう。
幸か不幸か、ヒトミがソウタの寝込みを襲ったときの行為は実を結ばなかった。
だが、それ以降も作っていないというのは初耳だった。
「戦場で指揮を執るだけでも、ヒトミは俺の想像を絶するストレスに晒され続ける。そんな環境で身重になったら、ヒトミにもその子にも、とてつもない負荷が掛かってしまう。それにヒトミは自分で先陣を切る事だってある。そんな時に身重になっていたら……」
ソウタが懸念していたのは、ヒトミが身重になる事で、ヒトミの母体にも、カ・ナンの命運にも悪影響が出る事だった。
「ソウタくん、婚約してから最初の夜にそう言ったの。どうしてもすぐに証を作るなら、エリちゃんを見捨てて日本で暮らすしか無いんだって。でも私はエリちゃんを見捨てるなんて事、絶対にできないから、しばらく我慢する事に決めたの」
「馬鹿!そんな事……、そんな事気にしなくて良かったのに!二人とも、私のことなんて見捨て良かったのよ!」
「それができないから戻ってきたんだろうが。俺はお前を絶対に、見捨てたりはしない。俺の命に代えても守る!」
「じゃあ、私がカ・ナンのみんなを見捨てて日本に残れば、二人は好きにできるの?」
「……」
「お前にそれができるのか?」
「できるわけないじゃない!!」
エリは号泣しながら吼えた。
「自分が助かる為にカ・ナンの人たちを見捨てて逃げ出すなんてできるわけないじゃない!国の人たち全員が避難できないのに、逃げれる人だけ選んで逃げるなんて絶対に嫌よ!私はカ・ナンの女王なのよ!」
ヒトミはテレビを消し、ソウタは崩れ落ちたエリを宥め支える。
「でも……。今日一日思いっきり遊んで、このまま日本に居たいって思ってもいるの……。学校やり直して、仕事見つけて、三人でやり直せたらって……」
「そりゃそうだ……」
「そんなの当たり前だよ」
泣きながらエリがわなわなと身体を振るわせ始めた。
「本当は私、ずっと日本に残っていたかった!三人で同じ学校に通って、一緒に遊んで、一緒に何かに打ち込んで!」
「放課後にヒトミと一緒にどこかのお店で、他愛も無い事、ずっとダベったりしたかったの!」
「エリちゃん……」
ヒトミはエリの左手に手を添えた。
「ソウタと一杯デートして、抱いて欲しかった!何もかも忘れちゃうくらい熱く、激しく!」
「……。エリ」
ソウタはエリの右手を優しく握った。
「私だって……、ソウタと一緒になりたかったのよ……」
泣き崩れたエリはソウタの胸元に縋りつく。
「ソウタくん、エリちゃんをお願い」
「O.K.わかった」
ソウタはエリを強く、優しく抱きしめる。エリはソウタの胸元に弱々しく潜り込んできた。
「お願い……今だけは」
こんな事は一度だけあった。小学生の頃、昔の坑道探検をやった時に落盤がおきて閉じ込められた事があった。
しばらくはいつもの調子で元気に振舞っていたが、手持のスコップが壊れてしまった時、何とかなると言い放ち掘り続けるソウタとヒトミの後ろに立っていたが、ソウタはその時エリが、ガタガタと震えていたことに気が付いていた。
「あ、ありがと……」
小学生の時は、ソウタに背中から抱きしめられると、静かに震えて涙を零すだけで済んだのだが、今回は今まで懸命に抑え込んできた欲求や不安が噴き出してきたのだ。
ソウタがエリの顔を見ると、幼い時でも見せたことが無いほど涙でぐしゃぐしゃになったエリの顔がそこにあった。
右手で涙を拭ってやると、次から次にあふれ出して止まらなくなってしまった。拭うのを諦めて、再び胸元に収めるとしっかりと抱きしめて静かに嗚咽を漏らしてしまう。
「……。そんな顔、誰にも見せられないな」
再び顔を上げさせたところでそう告げると、ソウタは勢いのまま唇を重ねた。
エリは両手をソウタに回し、自らの舌をソウタの口に入れて懸命に舐る。ソウタもそれに応えて、貪るように舐り返す。
「ぷはぁ……」
エリが落ち着いてきたようなので口を離した。そしてようやくエリは、真横にヒトミが居たことを思い出していた。
「あ……、ヒトミ……、わ、私は……」
「いいんだよエリちゃん。エリちゃんは昔からずっと、ソウタくんのこと大好きだったもんね。私に負けないぐらいずっとずっとソウタくんのこと想っていたんだよね。あの時のお手紙にだって書かずにいられないくらい……」
歩み寄ってきたヒトミは、この状況を詫びようとしているエリをソウタごと抱きしめた。
「ごめんねヒトミ……。私のせいで死ぬ目にあって、ソウタとの証も作れなくて……」
「気にしないで!私、エリちゃんのこと大好きだから!ソウタくんと同じくらい大好きだから!」
「さっき言っただろ。お前は俺が守るって。命に代えてもって」
「エリちゃん、私たち三人、ずっと一緒だから!エリちゃんがどう決めても、ずっと一緒だから!」
「やっぱりバカよ……。私たち三人とも大バカよ!」
エリは大声をあげて泣き喚いた。ヒトミもつられて涙を流す。
ソウタはそんな二人を一緒に抱きしめ、その涙を口で吸い取る。やがて三人で交互に唇を重ねて吸い合った。
「疲れたから寝よう」
「エリちゃん、今夜は三人で一緒だよ」
「ありがとう二人とも……」
こうしてリビングに布団を広げて三人で眠りに就いた。
真ん中にエリを置いてソウタが右、ヒトミが左。三人とも瞼を閉じると、一気に深遠に向かって沈み込んでいった。
三人揃って同じ屋根の下で眠るのは、小学校のときのキャンプ以来だった。
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