第61話

 義勇軍が来てくれた事を喜びつつも、このままでは騒がしすぎて、本来の予定が一つできなくなってしまう事を危惧するソウタとヒトミ。


「いよう、宰相閣下!」


 道中で合流したのは海兵団を率いるメリーベルだった。


「身動きし辛くなったって聞いて来てやったよ」


「ありがとう。助かるよ」


 ここでソウタとヒトミは密かに使節団から抜け出し、海兵隊と共に商会の若旦那とその若妻として、ソウタが度々訪問してきたセキトに向かった。


「まあ、少しばかりゆっくりしてきなよ」


「やれやれ。これで少しだけ気楽な新婚旅行ができるよ」


 界隈でも顔を知られるようになっていたので、今回はソウタはヘヤースプレーで一時的に髪の色を変え、ヒトミも別のカツラを被る。そして二人ともカラーコンタクトまで仕込んだので、変装は完璧だ。


 こうして夫婦二人でむつまじく市場を散策していると、港に見慣れぬ船が来航していた。


「親父さん、あれは?」


「ええ、東方から久しぶりに来た交易船ですよ。砂糖に香辛料に真珠と、ようやくまとまった数が手に入るってんで皆が飛びついてまして」


「東方から、か」


 船は船首はガレオン船に酷似していたが中腹からはジャンク船の構造になっていた。そしてこの港に停泊しているどの船よりも巨大であった。


 メリーベルたちも気になったのか、その様子を眺めていた。


「ありゃあ確かに軍艦じゃないが、ゴ・ズマの大海商会の船だよ。ここまで来るとはねぇ」


「戦ったことも?」


「モチロンさ。結構荒稼ぎさせてもらったけどね……」


 そのまま時計屋の方に向かう。売れ行きを確認しようとしたところ、変わった先客がいた。


「旦那、随分変わった時計ですが、うちでもこういったのは扱っていなくて……」


「そうか……。この港に腕時計を扱っている店があると聞いて、わざわざ出向いてきたんだがなぁ」


「時計ですか?」


 ソウタがその来客に尋ねた。その先客はソウタより頭一つ背が高く、体格もプロレスラーのようにいかつい。


「おう、兄さんも腕時計を扱っているのか」


「ええ。そうですが」


「じゃあ丁度いい。実はな、こいつの“電池”が切れちまってな。電池を交換したいんだが」


「!!」


 見せられた時計はソウタがあえて持ち込んでこなかったデジタル式のもの。


 バンドの樹脂部分はすでに経年劣化で使い物にならなくなっていたのだろう。代わりに金属の型枠と真田紐で作られたベルトが巻かれていた。そして何よりデジタル時計のブランドは……。


(これって……)


(ああ。間違いなく重・衝撃だ!)


 日本の国産メーカーの耐久型として世界的に著名なブランド品、その初期型に間違いなかった。


「これをどちらで?」


「おう、故郷から持ってきたのさ」


『!!』


「あの……」


「おう、ここで立ち話も何だからな。一緒に茶でもしばこうか!」


 ソウタが男を案内したのは、近所のカフェの二階。


 商談に使うことから壁に防音処理が施されていて、音が外に漏れる心配は無い。


 様子を察してメリーベルとヒイロらも入店すると、合わせるように商人や見慣れぬ風貌の男たちも続々と入店してきた。


(メリーお姉ちゃん、あいつら)


(ああ、どいつもこいつも腕利きばかりでスキがねえ)


 一方、二階では三人でテーブルを囲んでいる。


「じゃあ、お前さんたちの名前を教えてくれ」


 若旦那としての偽名、イコエ・トウザを名乗ったが、即座に否定される。


「兄ちゃん、そりゃ偽名だろ。チミッツの腕時計を扱っている上に、重・衝撃まで知ってるヤツが、そんな名前の訳が無いだろ」


「髪を染めて、目の色までコンタクトレンズで変えているが、その顔立ちからして、お前さんたち東洋人、いや、日本人だろ。俺には丸わかりだ」


「……」


 ソウタはカラーコンタクトを外した。ヒトミも黙ってあわせる。


「なあ、日本人でこっちに来てるってことになると、もしかしたら知ってるかもしれんな……」


 男は顎を掻きながら尋ねる。


「タツノ・リュウジかタイガは知っているか?」


『!!』


 出された名前に二人は衝撃を受ける。


「た、タイガは俺の親父です。俺の名前はソウタ。タツノ・ソウタです!」


「おい本当か!!お前、タイガの息子か!!ハハハハハ!で、そっちのお嬢さんは?その顔だ。もしかしてユキヒロとミーナの娘か?」


「ふぁ、ふぁい!!ヒ、ヒトミといいます!」


「おおそうかそうか!あいつら、立派なお嬢さんを育てたもんだ!」


 男は二人の頭をぐしゃぐしゃに撫でて大喜びした。


「し、失礼ですが貴方は?」


「おう、俺はゲンイチ。タツノ・ゲンイチだ。リュウジとお前の親父タイガは俺の弟だ!」


「げ、ゲンイチ伯父さん!?こんなところで何やってるんですか?!」


「そりゃあこっちも、お前らに聞きたいところだぞ!」


 ソウタは父と伯父から、世界旅行に出たまま行方不明になっている伯父が居る事は、昔から聞かされていた。


 どこで何をしているかはわからないが、絶対に生きていて、もしかしたらフラリと帰ってくるかもしれないとは言われていたのだが、そのゲンイチ伯父が眼前にいるのだ。


 ソウタは伯父相手に隠しても致し方ないと、これまでの事を洗いざらいゲンイチに話した。


 一通りの話を聞いたゲンイチは愉快そうに笑ったり、時折苦そうな笑顔を浮かべたりしていた。


「つまり、お前たちはゴ・ズマの侵攻に対抗するために奮闘してきたってわけだな」


「ええ」


 ゲンイチは黒豆茶をぐいっと飲み干すと、苦々しげに口を開いた。


「実はな、俺のもう一つの名前はゲンブ。そのゴ・ズマの皇帝やってるんだよ!」


『ええっ?!』

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