第60話

 歴訪の終盤、当初予定に無かったのだが、この周辺地域で最大規模の大学を持っている都市国家ビ・ヨングから、大学での講演の依頼が来ていた。


「どうするの?」


「Fラン大学休学中の俺が、こっちの世界の最高学府で講演会かよ」


 思わず自嘲してしまう。


 この世界で自分が活躍できているのは、この世界をはるかに上回る、地球人類が21世紀までに蓄積してきた英知に容易にアクセスできて、かつ活用・応用がスムーズに行える立場を得ているからである。自分自身の学力・知力によるものでない事は重々承知していた。


 そんな自分が、この世界の最高学府で講演会とは、ある意味、各国首脳と会談するより恐ろしく思えていた。


 ビ・ヨング大学は、この地域が大規模な戦乱状態にあった数百年前に、戦災を逃れて逃げ延びてきた知識人や書物が、戦略的価値が低い湿地帯が広がる土地の干拓地に作られていた都市国家ビ・ヨングに集積されたことで、自然発生的に設立された高等教育機関であった。


 現在では緩衝地帯として各国が直接影響を及ぼさない事もあって、学問の自由度は高いと評判で、有力者の子弟や、各地の俊才が学問を修めるためと、人脈作りのために集っているという。


 ビ・ヨングに入ると、カ・ナンの一行は熱烈な歓迎を受けた。


 都市の規模はニライとほぼ同じだったが、決定的な違いはビ・ヨング大学の敷地が都市の半分近くを占めていたという事。

 町も各国の有力者たちからの寄進が潤沢なのか、表通りは各国と比べても整然としている。


「ああ……。ここが憧れのビ・ヨングなのですね……」


 リンが目を輝かせながら町並みを見ている。


「お父様から、私をここで学ばせたいと度々言って頂いたのがここなのです。確かに女性に門戸は開かれていませんが、ここには膨大な書物と著名な学者さまが数多く集っている、知識の集積地。空気を吸えるだけでも幸せです……」


 通りに集まっている者たちの身なりは誰もが整っており、それも若い青年ばかり目に付く。この都市の人口の1/4が学生というから納得である。


 早速、この都市の代表である市長と学長と面会する。


 この話が来た時に各国に贈与するために用意していた品から、学問の発展に寄与しそうな、天体望遠鏡と顕微鏡を3セットを無償で提供したところ、特に学長から涙を浮かべて感激された。


(こんなことならもっと本格的な機器や書物をあげた方が良かったかなぁ)


 などと思ったが、今はこの世界全体の技術発達より、カ・ナンの整備が最優先である。


 その日の夜は教授たちも含めたパーティが催されたが、半分以上が歓迎する一方で、あからさまに不審の目を向けてくる者も多数という状況。

 歓迎するほうも矢継ぎ早に質問をまくし立ててくるので、早々とパーティを切り上げるも、思い切り疲れてしまったソウタだった。


「ソウタくん、お疲れ様……」


「やっぱりFラン大を休学した(そのうち退学予定の)元大学生が、こんなところに来るのはキツいな……」


 ヒトミの膝の上で愚痴を零す。


「しょうがないけど、やるしかないんだから、思ったことをそのまま言えばいいと思うよ」


 翌日、講堂にて講演会となった。


 ソウタは壇上から周囲を見渡す。ここの学生たちは、各国の有力諸侯の子息か、それぞれの国で学力に秀でた優秀な者たちばかりだ。


 特に後者の者たちが、もし通路を潜って日本に来て勉強に励めば、自分なんぞ及びも付かない英知を得て大活躍するに違いないのだ。


 だが、今、講師として講演の機会を得ているのは彼らではなく己である。


(何をどう話したもんだろうか)


 まあいい。雑学で得た歴史の偉人たちの言葉から、自分が同意できるものを切り貼りして話そう。それで論理破綻だと突っ込まれたら、赤っ恥かくだけなのだ。


 こうして始まった講演の席で、彼はその通りそのまま思いのたけを、自分が同意できる偉人たちの言葉を切り貼りしてぶちまけた。


 とりあえず人の能力に生まれながらの身分の貴賎は関係無く、教育を受ける環境と本人の持つ能力と意欲が大事という事。学問においては男女に差は無い事、宗教と技術的な学問は独立して切り離すべきという事を中心に語ったのは覚えていた。


 その結果は……、騒然としたものになった。


 伝統を重視すると思われる者たちからは激しい敵意と怒声が向けられ、既存の価値観を打破して新しいものを求める者たちからは万雷の拍手と歓声で迎えられた。


 後日ICレコーダーに録音しておいたそれをエリに聞かせたところ、アンタらしいわね、と大笑いされた。


 ともあれ、大学での講演会は結果的に成功となった。


『カ・ナンを守れ!』


『閣下の下に馳せ参じろ!』


 特に血気盛んな学生たちは、その日のうちに義勇兵として列に加わりたいと、帰りの列に同行する。

 また何人かの貴族の子弟らは故郷に飛び帰って応援部隊を率いてくると告げ、故郷に舞い戻っていった。


 さらに噂を聞いて、帰国の途上で若者たちがさらに続々と馳せ参じてくる。


 気が付けば一行の後に続く義勇軍の数は千人にも達しようとしていた。


「まさかこんなに義勇軍が来てくれるとは思わなかったよ」


 兵力の不足は切実な問題だっただけに、志の高い義勇軍が来てくれた事は本当にありがたい話だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る