祝宴
第56話
完治証明書をもらってから一週間後。日本で色々と溜まっていた用件を片付けてから、二人は約一ヶ月ぶりにカ・ナンに戻ってきた。
『おかえりなさい!!』
二人の帰国の知らせを聞いて、皆が城門前で出迎える。
姿を見せたソウタは少し痩せていたが、しっかり覇気は戻っていた。
そしてヒトミは色艶が良くなり、今までになかった落ち着きを、安定感を得ていた。
そんな二人の様子を見て、女性たちは敏感に二人の関係の変化を察知した。
メリーベルは笑顔でソウタの背中を何度も叩き、アタラはヒトミの労をねぎらい、ナタルは二人を心から祝福した。そしてリンとアンジュはソウタの快復を喜んだ後、足早に早退して、自室で大声をあげて泣き崩れてしまった。
ともあれソウタが完治して戻ってきたことを皆は歓喜していたが、その報告が届いてもエリは顔を見せなかった。
二人はエリに面会を求めたが許可が下りない。
粘った結果、ようやく二日目にして許可が下りた。
人払いされ、三人だけでエリの私室に入る。
「二人ともどうして戻ってきたの!?もうこっちに戻ってくるなって、しっかり書いていたじゃない!!」
戸が閉じて早々、今にも掴みかかりそうな剣幕で、エリが怒鳴る。
「エリ、返しておくぞ。これはお前がいざという時のもので、俺たちが受け取れるものじゃない!」
封印を解いた形跡があるアタッシュケースをソウタは返却した。手紙はともかく、札束には一切手をつけていない。
「臣下としてならお前の命令に従わなきゃいけないないけどな、親友として受け入れられるかよ!」
「バカじゃないの!二人とも私につきあって、本当に死に掛けたのよ!あれだけお膳立てしてあげたんだから、私の事なんて放っておいて、日本で二人で幸せになっちゃえばよかったのに!!」
今にも泣き出しそうな声で吼えるエリ。だが、ヒトミは静かに優しく答える。
「エリちゃんのこと、見捨てられるわけ無いよ。そんなこと、絶対に……、絶対にできないよ!」
ソウタも続く。
「どんなデタラメな状況だろうと、三人でひっくり返してきただろうが。今回だって例外じゃない!」
「バカね……。本当に二人ともバカなんだから」
思わず涙ぐむエリ。
「それと報告だ」
ソウタとヒトミは左手をエリに見せた。二人の左手薬指には揃いのプラチナ製の指輪が填められていた。
「ちょ、これって?!」
「見ての通りだ」
「それでね、入籍したんだよ……」
「ちょ!ウソ!?」
「証拠だ」
そう言ってソウタは戸籍謄本の写しを見せた。
「おめでとう……ヒトミ、本当によかった……」
ヒトミに飛びついて抱きしめるエリ。目から大粒の涙を流していた。
「ごめんねエリちゃん……」
「もう、なんで私に謝るのよ!」
「だってエリちゃん……」
エリは今度はソウタの背中を思い切り叩く。
「ソウタにしては思い切ったことしたじゃない!一体何があったのよ!?」
「……。ヒトミ、話していいか?」
「!!」
ヒトミが顔を完熟トマトのように真っ赤にしてぶんぶんと首を振って拒絶する。
「ちょっとヒトミ!他人ならとにかく、この私に隠そうなんて、それはないんじゃないの?!」
厳しく詰め寄られたので、ソウタはやむなく、事の次第を“詳細に”打ち明けた。
「はぁ?!ヒトミが寝込みを襲ったの!?」
ヒトミが看病中にソウタの寝込みを襲っていたと聞いて、エリは顔を引きつらせて絶句。
「ああ。俺が寝込んでる間に歯止め利かずにどんどんエスカレートしてな……。それで……」
まさかのヒトミの所業を聞いたとたんに、衝撃のあまりエリが吹き出してしまった。そしてしばらくむせこんでしまう。
「ヒトミ……、確かに私、ソウタは押しに弱いからってアドバイスはしたけど、そ、そんなことをしでかしてたのね……」
「でもね……。ソウタくんはこんな私を受け入れてくれたんだよ」
二人は手を繋ぐ。
「ソウタ、アンタやるじゃない!色々すっとばしてそこまで突っ走るなんて、普通じゃないわよ!」
ソウタの返答と行動を聞くと、飛び上がって賞賛した。
「それで、ヒトミの身内には報告したの?!」
「ああ。昨日のうちに親族会議開かせて宣言してきた」
昨夜のうちにシシノ家で開催した一族総出の親族会議で、ソウタがヒトミを娶ると宣言したのだ。
すると、年配たちは男女問わず露骨に顔色を変え、数少ない若い男たちは黙ってしまい、未婚の娘たちとヒイロは目を輝かせて祝福したという。
ソウタはよそ者とはいえ、ヒトミだけでなくエリ女王の幼馴染でもあり、宰相として救国のために辣腕を振るって活躍している。
その上、ヒトミが日本に居続けた場合は、ソウタが娶る事になっていたのを親同士が決めていたとまで言い放って、その証文を示されたのでは逆らいようも無かった。
「紙は高そうな印刷用のラメ入りの和紙で、文章は印字。サインは親の筆跡を真似て、印鑑まで押したのね。日本語が読めなくても、カ・ナンでこんなの出されたら疑いようがないじゃない!」
ソウタがでっち上げた証文を見ながら、しばらくエリは笑い続けた。
「これでヒトミの家の問題は、綺麗さっぱり片付いたわけね。まぁ、ゴネるんなら今度は私が直々に介入してやるけど。それで披露宴はどうするの?」
「向こうではソウタくんの伯父さんに報告して、婚姻届の証人になってもらったの。でも人は呼べないだろうけどって……」
ソウタはリュウジに全快の報告と、渡されていたお金の返却。あわせて婚姻届の証人を依頼したのだ。
リュウジは大喜びして証人のサインをしてくれただけでなく、近郊都市圏では最高級のレストランでの食事とホテルでの宿泊を用意して、二人を心から祝福してくれたのだ。
「最高級料理に最高級ホテルかぁ……。本当にいい伯父さんね……」
ホテルの名は、小学校までしか日本に居なかったエリでさえ知っているほどの有名ホテルだった。そこで二人が過ごした甘く情熱的な一夜を思って、エリはうっとりしてしまう。
「でも、こっちはこっちで贅沢している状況じゃないから」
「知っている人だけ呼ぼうかなって……」
そんな二人をエリは叱る。
「なに馬鹿なこと言ってるのよ!今、カ・ナンは滅亡の危機に瀕して辛気臭くなってるのよ!だから少しでも景気が良くなる話題の盛り上げは最優先!あんまり時間はかけれないけど、とことん派手にやるわよ!」
「いいのか?」
「いいに決まってるわよ!国難に率先して立ち向かう女王の幼馴染の宰相と女将軍が、手に手を取って結ばれるんだから、国を挙げて祝福するのは当然の事よ!」
直ぐに呼び鈴を鳴らして侍従たちを呼ぶ。
「幹部を召集なさい!二人の結婚式と披露宴の企画会議を開くんだから大至急よ!!」
直ちに電話で連絡が飛び、召集がかけられる。
(そっか……。ソウタは半端に仕掛けるんじゃなくて、ド直球で既成事実作っちゃう勢いでないと落とせなかったんだ……)
皆が緊急の会議の準備で走り回る中、エリは物思いにふけりながら遠くの空を眺めていた。
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