第57話

 急遽開催された会議であり、議題も議題であったが、反対はもちろん疑問を呈する者さえ皆無で、限られた期日でとにかく盛大に開催する事が決定された。


「本当なら一週間ぶっ通しで続けたいけど、国のピンチの最中だから、丸一日で力いっぱい派手にやっちゃいなさい!」


 かくして二人の挙式は、国を挙げてのお祭りになった。


「新郎には申し訳ないけど、花火を力いっぱい買ってきて!金に糸目つけなくていいから、遠慮なんて一切しなくていいのよ!」


 こうして、ソウタは花火の調達を行うことに。こういうときは問屋から調達するのが一番だと、玩具問屋から一般人が扱えるものでは最大級の花火をこれでもかと買い込んで来た。


「というわけで調達してきたぞ。それでも町内会のお祭りより、ちょっと派手なぐらいになるだろうけど」


「まあいいわ。火薬ギルドの連中にも花火用意させるから、それで穴埋めね。何たって大恩ある宰相閣下の挙式にケチるようなマネはしないでしょうから」


 花火だけでなく、国内の全ての村長と町長たちが呼ばれ、他にも世話になったからと希望する者たちが続々と王都に駆けつけてきた。


 大きな戦を控えているこの時期に、食料やお酒を放出することに難色を示す官僚らもいたが、エリは出し惜しみするなと叱責。


「ケチるときはケチるけど、こういう肝心な時にケチってどうすんのよ!お酒はともかく、食べ物の備蓄がたった一日ぐらいで消し飛ぶわけないじゃない!」


 かくして迎えた当日は、昼間から王都だけでなく各町村でも、ご馳走とお酒がふるまわれるお祭りになった。


 王都ニライでは、住民だけでなく訓練中の兵士、訪問者等を加えて、人口の倍の人々が朝からお祭りに興じていた。


 婚礼の儀式は宰相の屋敷にて執り行われた。


 ソウタはビクニーの毛を黒く染めて織られた冠を被り、黒地に金と銀の流星を模した刺繍が施された衣装を身に纏う。


 ヒトミはそれぞれ単色で染め抜かれた薄手の絹織物を、虹の色を模して八枚着重ね、淡水真珠がちりばめられた装飾が施されてビクニーの白い冠を被る。


 闇夜の流星雨と日中の虹を合わせて、大地に命を育む夫婦とする意味があるという。


「ヒトミ、すごく綺麗だ。まるで虹の女神さまみたいだな」


「あ、ありがとう……」


 日中は女王の立会いの下、祝言の儀式が縁者と関係者とで行われた。そして夕暮れを前に御輿に乗ってパレードが行われ、二人は王都を一周する。


『女王陛下!』


『宰相閣下!』


『将軍閣下!』


『我が国!!』


『万歳!!!』


 何千、何万もの人々が、祝福で迎えてくれる。


 そして屋敷に戻ると、花火の打ち上げが始まった。


 火薬ギルドの製作した花火が最初に点火された。まずは吹き上げの、これまでもお祭りで見られたものだが、次からは打ち上げが始まる。


 形はいびつだが、時々赤一色でなく緑や銀色も見られ歓声が上がる。色つきが出てきたのは、信号弾の開発も兼ねて炎色反応の知識を持ち込み、改良が行われていたからだ。


「さあて、ここから宰相持込の分だ」


 一発数千円の打ち上げ花火に点火される。


 これまでより花火のサイズはともかく、色とりどりの上に次々変化していく花火に大きな歓声が沸き起こる。


 最後のトリはギルドの最大規模の一発。周囲を土嚢で囲った巨大な筒から、砲弾サイズの一発が打ち出されて炸裂した。


「きれいなのもいいけど、やっぱり最後はでっかくないとな」


 特大の一発と、大喝采と共に宴は終わりを告げた。後は片付けと、飲み足りない者たちが酒場で飽きるまで飲むばかり。


「こんなにお祝いしてもらって、本当に良かったのかな……」


「ここまで大事になるとは思わなかったけど、これでよかったに決まってるさ」


「じゃあ、入ろう」


「うん!」


 二人は屋敷に入っていく。




「即席とはいえ、見事な祭りになりましたな」


 来賓席で観覧していたマガフは腕を組んで頷きながら呟く。


「タツノ宰相が病に伏した時はどうなるかと思いましたが、無事に快復されて、ヒトミ殿を選ばれて……本当に喜ばしい事です」


 ナタルはヒトミがソウタを強く想っていた事。不器用に伝えられずに空回りして来たのを同行の際にずっと見てきていたので、ヒトミがソウタと結ばれた事を心の底から喜んでいた。


「私もこんなに素晴らしく、胸に刺さる吉事は……初めてで……」


 アンジュはとうとう堪え切れなくなって泣き崩れ落ちてしまった。


 アンジュはいずれソウタがこの国の誰かを選ぶだろうという予感を抱いてはいたものの、こうも早く相手を決めてしまうとは考えておらず、まともに衝撃を受けてしまったのだ。


 ナタルは静かに羽織っていた桃色の絹のマントでアンジュを隠すと、御付の女官に彼女を屋敷まで送るように指示した。


「姫様……」


「タツノ宰相を慕っていた方は多いですから」


「男としては羨ましくあります」




「めでたいめでたい!いやぁ~まったく!」


 見届けたメリーベルはアタラの肩に手を回す。


「酒か?」


「そりゃあそうだよ。飲み足りないだろ?常識的に考えてさぁ!」


「確かにそうだな」


「じゃあ、今夜は女二人で自棄酒会だね。ぶっ潰れるまで飲まなきゃね」


「ああ、そうしよう」


 かくして女傑二人は騒々しく沸き立つ飲み屋街に消えていく。


 ほどなく。サナが経営する飲み屋の、頑丈な城門に用いられるほど分厚く強固な木の扉の向こう、細工が施された調度品が並ぶ特別な一室。


 ここはメリーベルがサナに依頼して、調度品と酒を持ち込んでこしらえさせた、彼女最優先、いや、彼女専用の部屋だった。


「かんぱーい!」


「……」


 メリーベルはアタラと二人で酒宴を開く。壁に並ぶのは半数以上が彼女が日本で購入して持ち込んだ、ラム酒、ジン、焼酎、ウイスキー、ブランデーテキーラ、ウォッカなどの蒸留酒の数々。


 今回メリーベルが選んだのはテキーラだった。


 二人とも、酒に強い事もあり、グラスに注いだテキーラを一飲みにしてしまう。


「っ、かぁ~~~!んまい!」


「……焼けるように熱い酒だな」


 メリーベルはそのまま二杯目を注ぐ。


「いいよアタラぁ。どれでもいいからさぁ」


「強ければ、強いほどいいな。今夜は特に」


「そりゃそうだよぉ。そのためのこの場所、この酒なんだからさ」


 二杯目も互いに一飲みにすると、次にウォッカを注ぐ。こちらもやはり一飲みに。


「……。良い具合だ。余計な事に頭が回らなくなってきた」


「……。同感だねぇ」


 飲み終えたグラスにさらに半分ずつ注ぐと、ウォッカの瓶に栓をしてテーブルに転がす。


「回らなくなってきて、ようやく素直になってきた……」


「おうおう、冷徹な狩人の目にもってヤツかい?」


「お前もだ。波濤万里をものともしない海賊さえ、か」


 グラスに雫が一つ二つ波紋を立てる。雫で若干薄まったそれを、再度口に運んで一飲みに。そしてグラスを下ろしたところで臨界点を突破してしまったようだった。


『!!』


 一人は闇夜の山野を駆け巡る猛獣の嘶きのように、もう一人は暴風の吹き荒れる最中に落ちた轟雷のように、言葉にできないものを腹の底から振り絞り始めた。


 店内に他に客の姿は無い。

 店主が入り口に陣取って大きな酒瓶を開けて無料で振る舞い、店内はしっかりと戸が締められ中からの音が外に漏れないように配慮されていた。


 奥の部屋の様子を察したサナが店主に耳打ちすると、店主は黙って頷き二人で道行く酔いどれ客に酒を振舞い続けた。


 結局、二人は朝日が昇るまで奥から出てくる事は無かった。

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