第54話
ヒトミはシシノ家の当主になっているものの、適齢期で夫がいないのは問題だと、一族会議で問題になったというのだ。
本来の婚約者とされた従兄弟とは顔こそあわせていたが、特に何の進展もなく、唐突に発生した先の戦いで、すでに戦死していた。
さらに主だった有力者、適齢者もほとんど戦死してしまった上に、国内の他家も同様の状況。近隣諸侯もほとんどあてが無かったこともあって、ヒトミは公務優先だと先送りにして逃げてきたのだ。
だが、先月の一族会議で、早く相手を決めろと、決められなければこちらから指名すると、追い込まれてしまったというのだ。
なお、気弱なヒトミに強く迫ってきたのは、生き残っていた残っていた男性陣ではなく、叔母たちなどの年長の女性陣だった。
「で、お前はどうなんだ?」
「嫌だよ!見ず知らずの人と、他の人と結婚だなんて、絶対嫌だよ!」
しばらく嗚咽もらして泣き続けるので、背中をさすってなだめる。
「でも、私、戻らなきゃ……。エリちゃんを守らなきゃ……だけどそのためには誰かと結婚しなきゃいけない……」
「……」
「でもそれじゃ……、それじゃ嫌だったの!他の誰かと結婚しなきゃいけないんだったら!そうなる前に、ソウタくんとの証が欲しかったの!」
ヒトミが弱って寝込んでいたソウタを襲っていたのはそれが理由だったのだ。
「ソウタくんとの証さえあれば、私、相手がどんな人が結婚相手でも耐えられるから……」
「ヒトミ……、お前……、そこまで……」
ソウタは言葉に詰まってしまう。
「私、ソウタくんのこと好きなの……。ずっとずっと昔から、ずっとずっと好きなの!大好きなの!!とってもとっても大好き!」
ようやく搾り出すように、ヒトミの気持ちが声になって出てきた。
「大好きすぎて、こんなにバカで最低な酷いことやっちゃうくらい……」
ヒトミは日ごろはとても大人しく、あまり自分の意見を表に出さない。
だが、追い詰められれば追い詰められるほど、どこか冷静に、そして即断即決で行動を起こすのだ。
現に以前の侵攻の際は、混乱する部下たちを自らの行動でまとめあげて敵の指揮官を討ち取って撃退した。
だがそれも、時々思い込みで自分を追い込んで、おかしな結論を出して、突っ走ることがあるのも、ソウタは重々知っていた。
「やっぱり私、ソウタくんの看病なんかしちゃいけなかったんだよ!それも体を治すどころかソウタくんの寝込みを何度も何度も襲って、どんどん弱らせるばっかりのケダモノなんだよ!酷すぎるよ!最低だよ!」
「……」
「やっぱり、リンさんに代わってもらうようにお願いしてくる……」
「おい」
「リンさん、ソウタくんの事を本当に気にかけて大切にしてくれるし、それにソウタくんもリンさんのほうが好みだよね」
「おい」
ヒトミは思いつめたまま言葉をかけ流しにしていた。
「だから、リンさんを呼んでくるね。そしたら私、エリちゃんとの約束も破る事になるから、絶交されてカ・ナンから追い出されて……。でも日本にも居場所なんて、もうどこにも無いけど、それも私がソウタくんに酷いこと、最低のことをした罰だから……」
ヒトミの思考回路は完全に壊れていた。幼い時から己が追い込まれた際に度々発生していた現象だったが、今回は最大・最悪の暴走だった。
そんな時は今までどう対処していたのか。あの頃は行動を強制停止させてから、冷たい水を飲ませたり、頭を氷枕をあてるなどして冷却して落ち着かせていたが……。
今回ソウタも病に臥していて、これまでのような判断が取れない状態だった。ゆえにまったく別の方法を取った。湧き上がる感情に身を任せて。
「……わかった。少し息止めてろ」
「?」
そのまま体を抱き寄せて、驚き戸惑うヒトミの口を強引に口で塞いだ。
最初、ヒトミは何が起きているのか理解していなかったのか、硬直したままピクリとも動かなかったが、一呼吸おいたところでようやく事態を理解し、離れようと足掻き出した。
だが、ソウタはヒトミを逃がすつもりは一切無く、かろうじて回復していたわずかな体力を総動員して、がっちりと固める。
ゆっくりと口を離すと、ヒトミはしばし呆然とし、我にかえるとまた動転してしまった。
「こんなの嘘!嘘だよ!!」
「嘘なんかじゃない。目の前の現実だ」
「ソウタくん!こんなの間違ってるよ!私はソウタくんの気持ちを無視して、病気で寝込んでいるのを襲うようなケダモノなんだよ!」
ソウタがもう一度強く抱きしめると、振りほどこうともがく。
「お前なんか大嫌いって言わなきゃ!とっとと出ていけって、この家から追い出さなきゃ!私みたいな最低のケダモノは、ソウタくんの傍になんて、絶対に居ちゃいけないんだよ!」
まだ振りほどこうとするので、残りわずかな力で抱きしめる。
「自分で勝手に決め付けるな」
もう一度ヒトミの唇を塞いで大人しくさせる。今度は口の中に舌をねじ込んで彼女の舌まで捕らえて舐る。
しばらくはもがいていたが、やがて観念したのか抵抗する気が失せてしまったのか、泣きながら縋り付くように唇や舌を絡ませ、そして体を委ねてきた。
ゆっくりと口を離すが、離してしばらくは一本の糸が二人の口を繋いでいた。
「なんで?!どうして?!」
糸が消えたところで、振り絞るような声でヒトミが尋ねる。
「ヒトミ、お前は誤解している」
「?」
「まず一つ目。俺はお前の事を嫌いになんてなっていない」
「ふぇ?!」
「その逆だ。俺だってお前が好きだ。大好きなんだ!」
その言葉を聴くと、ヒトミは涙をぼろぼろと零し、小刻みに首を横に振り続ける。これは幻聴なのだと懸命に否定しようとしているようだった。
「嘘だよ……。こんな都合がいい展開、あるわけないよぉ……」
「現実だ。きちんと受け入れるんだ」
また唇を重ねる。今度は一切の抵抗が無かった。
「二つ目。俺はお前を一人にするような事は絶対にしない。どこまでもついていく。ここだろうと、向こうだろうと」
「それって!それって!」
「二年前だって、外国に留学だって聞いてたから、お前を引き止めなかったんだぞ。でもな、あんな事になってるって言うんだったら引き止めてたし、聞かないんだったら俺もお前と一緒に行ってた。絶対に」
「だけど、だけどぉ……」
「いいな、ヒトミ。カ・ナンに戻る時は、絶対に二人一緒だ。そしてお前は他の誰にも渡さない。お前は必ず俺が貰う。なんたって婿が宰相だっていうなら、反対なんてされないだろ」
「ふぁぁ!!」
「お前が惚れて選んだ相手とだったなら、会ってからどんな幸せ者か話して一発ぶん殴ってやって身を引いてもいいけどな、望まない相手と無理やりだっていうなら絶対認めない。それなら俺がお前を頂く。必ずお前と添い遂げる」
「」
「それで、いいか?」
ただただヒトミはうなづくばかり。
「O.K.じゃあ、決まりだ」
ソウタは重い体を這わせて荷物袋から小箱を取り出す。入っていたのは以前セキトで購入していたプラチナ製の指輪だった。
「渡しそびれてごめんな。さっき言ったことが嘘じゃないって証拠、指に嵌めといてくれ」
「これって、これって……」
「ちゃんとしたのは、後できちんと用意するから、今は仮で悪いけど」
指輪を取り出すと左手の薬指に通した。サイズは多少大きかったのだろうか。すこしゆるく思える。
「これで……いいか?」
「ふわぁ!ふわぁぁん!!」
自分の左の薬指に嵌った指輪を見ながら号泣するヒトミ。
体力が残っていれば、そのままなだれ込んで身体を重ねるところだが、もう肉体に限界が来ていた。
「悪いけど、正直……体が持たないんだ……。続きは俺が全快するまで待っててくれ。そしたら、お互い気が済むまで……」
「うん!うん!」
再び唇を重ねて背中をさすりながらなだめる。ヒトミの呼吸が徐々に落ち着いていくのを確認して離す。
「じゃあ、おやすみ……」
「うん。おやすみなさい」
そのままソウタは気絶するように眠りに落ちた。
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