第47話

 これらの銃ばかりではなく、大砲の製造と改良も進められていた。


 大砲の材料は、技術的に大型化すると均質化が難しい鋳鉄ではなく、均質化が容易な砲金(銅の合金)が大量に用いられ、数が小銃よりは少ないこともあって全てにライフリングが施されていた。


 そしてそれに合わせて椎の実型の砲弾も製造されている。これで射程距離も命中精度も、これまでの大砲とは比べ物にならないほど飛躍的に強化された。


 大砲は王都の城壁や要塞線の要所には、ナポレオン砲を参考にした大型の野砲を配置するが、いざという時に移動が容易な山砲を優先して製造していた。


 弾の種類も、攻城が目的ではないため、敵兵の集団をまとめて撃破可能な榴弾や榴散弾の製造を優先していた。


 なお、これらの製造は、カ・ナンに在住していた者たちだけで行われていたわけではない。


 話を聞いて、各国に点在していたドワノフたちが続々と集まったからだ。それに合わせてタクミノの工房が拡張されただけでなく、優先的に水力や電力も導入され、ほぼ昼夜を問わずに生産できる体制が整えられていったのだ。


 主な国内生産品は前述の通りだが、日本から持ち込んだ装備も多い。


 森林地帯でのゲリラ戦も任務となっている猟兵団には、日本から人数分の古着の迷彩服とブーツほか装備一式を調達した。


 海兵団には統一の制服としてソウタの地域の地元プロスポーツチーム「パイレーツ」の応援用上着の中古品を買い込んで、背番号ごとに小隊を編成させた。


 敵が銃を、それもライフル銃を大量に保有しているという話は無かったので、まず指揮官や騎兵用の鎧の材料として、小さな金属板を大量に調達していた。


 これは町工場にキーホルダーサイズの金属製のネームプレートを制作するからと発注しておいたもので、事前に四隅に糸や針金を通せる小さな穴も開けられていた。これをカ・ナンで鎧、ラメラーアーマーに加工していったのだ。


「まず指揮官と騎兵団優先だけど、この鎧はできるなら全員に配備したい。それだけの量は持ち込んだつもりだから」


 ラメラアーマーは比較的軽量で動きやすい。一般兵用は要所のみの防具になるのだが、敵の武器はこちらが配備している銃ではなく矢や槍などが主体なので、鎧をまとう事で少しでも被害を抑えられるのだ。


 このように防具にも力を入れていたが、特に力を入れたのは情報に関する装備だった。


 要所の観測所には高倍率の双眼鏡だけでなく、夜間でも見張りができるよう暗視装置を導入。さらに無線設備を設置して確実に敵の動きを察知し、通報できる体制を整備している。


 これで敵の夜襲はもちろん、夜間の斥候やスパイとの内通さえ阻止できるであろう。

 

 指揮官用にも個別に屋外用の双眼鏡を配布。さらに1,000人以上の部隊には携帯無線機を配布し、部隊間の連携を時間差なく行えるように整えた。


 こうすることで、進撃の際に都度相手に意図を悟られかねない音楽隊を伴う必要が無くなったのだ。


 これだけ装備が整えば戦術も大きく変化させることができる。


 当初、ヒトミは王都での篭城を前提にした防衛作戦を構想していたが、銃砲類の充実や通信手段が劇的に進歩したこと、そして土木工事も大規模に行えるようになったことで、計画を大きく変更することにしたのだ。


「銃や大砲がたくさん揃えられるなら、もっと近代的な防衛線で迎え撃つことができます。ニライから距離を置いたところに要塞線を構築して、敵を迎撃しましょう」


 こうして王都ニライの手前に大規模な要塞線が構築されることになった。


 要塞線は天智天皇が福岡の大宰府手前に築いた水城のように、山と山との間を遮断する形で構築し、土を盛るだけでなく、可能なら要所をコンクリートで補強する計画だった。


 この建設には国軍が投入され、人力だが着実に工事が進められていた。


 さらに潤沢になった資金で食料、塩などの篭城に必要な品は総人口の3年分が購入されていた。これらは一度に運びきれないので、連日運搬の車列がニライに続いている。


 これだけ整えば、日本からの調達はもはや必要ないのではという声もあったが、ソウタはこれだけに留めるつもりは無かった。


 装備の次に力を入れたのは、科学、化学、医学だった。


 入門書を中心に図面が多い書籍を購入したり、各種の器具類を購入。特に医学については、聴診器や血圧計、手術道具等を、また病気の研究用のために顕微鏡も購入した。そして研究機関を設立させて、出身を問わず研究熱心な者たちに研究を任せた。


 また、書籍の翻訳も必要と考え、翻訳作業を進めさせた。


 これらの活動は各国で評判を呼び、既存の学問に満足できない者たちが続々と集まり始めた。


 さらに仕官を求める者たちも多く集まり、その中から実務能力に長けた者たちを採用。不足していた官僚の人数を埋めていった。


 もう一つ、募集と教育を進めたのは看護婦だった。


 戦争に突入すれば、否応なく負傷者が続出し、治療が必要になるが、その際に治療にあたり、負傷者の身の回りの世話を行うのは、衛生兵だけでは不足するのは目に見えていた。


 そのため看護婦を募集する事にしたのだ。メレク女医を筆頭に各地に医師を派遣して女性たちに志願を求めると、若い女性を中心に多数の志願者を得ていた。


「というところよメーナ。どう思う?」


「陛下、タツノ宰相の手腕がまさかこれほどとは思いもしませんでした」


 エリに現状の感想を聞かれたメーナが答える。


 着々と進む要塞線の建設、装備が整えられ兵たちの日々の訓練が行われる様子。


 国内の往来には距離を問わず自転車が用いられ、国内の情報は間を置かずに電信で、王都内の要所では電話で直接やりとりできるようにもなっている。


 照明も輝度が増したランプが主に。王宮に至っては電球に置き換わり、警備の者たちが携行するのも松明から懐中電灯に変わっていた。


「そうよね……。本当にどうにかしてくれそうなくらいやってくれるんだから……」


「半年前、正直に申し上げて、勝ち目が見えず、このまま亡国に至るのではないかと、お恥ずかしながら思っておりました。シシノ将軍がタツノ宰相を招聘してくれなければ、今頃どうなっていたことか。戦わずして崩壊に至っていたやもしれません」


「ふふっ。当たり前でしょ。ヒトミもソウタも、私の自慢の幼馴染なのよ。私が小さかった時からぶちあげてきた無理難題、全部見事に解決してきたんだから!」


 今も戦争になったときに必要になるであろう資材や設備の拡充のためソウタはあちらとこちらを文字通り飛び回り、ヒトミは日々整備されていく戦力を前提に防衛作戦の立案と協議を行っている。


 周辺国からは相変わらず援軍や積極的な同盟の締結の話は聞こえてこないが、もはやそれらを前提としないで迎撃できる体制が急速に整えられているのだ。


「大まかな筋道は整えられているように私は思うのですが、二人ともまだ足りない、と言うばかりで……」


 手元に十分な現代兵器や大量破壊兵器があるならともかく、現代日本の限られた条件で調達できる資材を用いての武装で、十数倍、もしくはそれ以上の大軍を相手にしなければならない以上、どれだけ揃えても足りないと思うのは当然だった。


「ええ。確かにまだ納得してないんだと思うわ。二人とも、一度のめり込んだらとことんまでやっちゃうから……」


 そう呟くと、思うところがあるようだった。


「そうね、一度確認しとかなきゃいけないわね」

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