第48話
「女王陛下、本日はどのような……」
この日、エリはヒトミを呼び出していた。
「ヒトミ、言葉使いはいつも通りでいいから、こっちへいらっしゃい」
笑顔で手招きするエリ。向かう先は女王の完全プライベートな私室である。
「あの、エリちゃん今日は……」
「そろそろどうなってるのか確認しようと思ったのよ」
「かくにん?」
思い当たる節の無さそうな表情を浮かべるヒトミに、エリは口元をニヤつかせる。
「もちろん、ソウタとの仲がどこまで進んでるのかの確認に決まってるじゃない!」
「ふ、ふぇぇ?!」
顔を真っ赤にして飛び跳ねて首と手をを振るヒトミ。
「そ、ソウタくんとは……、な、何にもないよぉ!」
「何にもない?!しらばっくれちゃって!」
ヒトミの左肩に手を当てて顔をぐいと近づける。
「あのねぇ。あんたたち子供じゃないのよ!とっくに大人になってるのよ!」
ヒトミは困惑して硬直している。
「ソウタが日本に戻るときはほとんど毎回一緒に行って、寝泊りだってソウタの家なんでしょ?!」
かろうじて小さく頷くヒトミ。
「一緒に車に乗ってあちこち走り回って、その上戻ってきたら一つ屋根の下なのよ。いい加減、少しは進展してるんでしょ?」
ヒトミは顔を真っ赤に上気させて否定する。
「ほ、本当に何にもないんだってば!ソウタくん、あれこれ考えていろんなところに行って買い付けしてるか、家に戻ったらパソコンに向かって情報調べたり資料探したりしてるばっかりで……」
「本当に?」
「ほ、本当なの……」
「夕食後でも?風呂上りでも?寝る時でも?」
「な、何もないの……」
「ふーーん」
ヒトミの両の瞳をエリは間近からしっかりのぞき込んで、離した。
「まぁったく、あんだけお膳立てしてあげてるってのに、何にも進展がないってどういうことよ!」
「エ、エリちゃん。私、ソウタくんとは、昔からの友達、親友だとは思うけど」
「本当にそう思ってるの?」
「う、うん……」
実のところ、ヒトミはソウタとの仲が進展する事を望んでいたのだが、元来の引っ込み思案な性格もあって、彼女から積極的な行動に出る事は殆どなかった。
カ・ナンではもちろん、日本に出向いてソウタの自宅に宿泊する時でさえ、思い切って湯上りにソウタを誘惑する事もできず、夕食時にお酒を煽り、酔いに任せて同衾する事もできなかった。
ヒトミがそうなのだから、ソウタから手を出す事は全くといっていいほど無かった。むしろ、そうしないように家の中でも線を引いて、それを踏み越えないようにしてさえいた。
しばらく腕を組んで考えこむエリ。
「じゃあわかったわ。今夜、一人でまた来て」
「う、うん」
その夜。エリに言われた通りにヒトミが来た。
「え、エリちゃん、確認したいことって?」
するとエリはあるところを指さした。それは大きな縦長の鏡。そこにヒトミを連れてくると、淵をつまんで開いた。そこには人が一人隠れるスペースになっていた。
「王家に伝わる隠し部屋の一つってとこね。そうそう、ここ鏡はマジックミラーになってて部屋の中は良く見えるようになってるの。あと音も聞こえる仕掛けになってるのよ」
「ど、どうして教えてくれたの?」
するとエリは幼い日のイベントを仕掛ける時に見せる自信満々の企画発表スマイルを浮かべた。
「ヒトミはここに隠れて様子を見てて。もうすぐソウタが来るから」
「ふええっ?!」
口を金魚のようにパクパクさせるヒトミ。
「私がソウタに聞くこと聞くから、そのままここでじっと様子を見てなさい。だ・け・ど、私が良いっていうまで出ちゃだめよ」
「う、うん……」
「だけど、どうしても我慢出来なかったら、その時は任せるわ」
「が、がまん?」
エリはヒトミを隠し部屋に入れるとソウタノに入室の許可を出した。そしてそんなことは知らないソウタが入室してくる。
「なあエリ、こんな時間に何だよ」
「んーとね、色々聞きたいことがあるの」
つかつかとソウタに近づくエリ。
「話は聞いてるわよソウタ。アンタこっちでモテモテなんでしょ」
ニヒヒと笑うエリにソウタはため息交じりに返答する。
「モテモテって、うん、まあ、そう言われたらそうだけど、半分は事故みたいな……」
「なーにしらばっくれちゃって。アンタ、出張先でキレイどころから何人も声かけられて、誘われてたんでしょ」
「あ、ああ」
(!!)
隠し部屋で様子を窺うヒトミは、口元を抑えて声を上げるのをこらえた。
「でも、そのお誘い、全部断ったんですって?」
「そ、そりゃあ、いわゆるハニートラップかもしれないだろ。弱み握って揺さぶりかけられるかもしれないだろ……」
焦りながら返答するソウタ。
「ま、そうでしょうね。外で見知らぬ相手と遊んだりしないのはいい心がけよね。でもうちの有力スポンサーになってくれたアンジュちゃんとは、もうちょっときちんと対応して欲しいんだけど」
ぐるぐる回りながら続けるエリ。
「じゃあ次。アンタ、リンに手出ししてないの?リンをアンタの秘書官でつけといたのは、仕事ができるのが一番だけど、あの子地味系だけど磨けば綺麗だし、男って色々溜まったら女の子に慰めてもらうものでしょ?あの子もまんざらじゃなさそうだったけど」
「確かにリンは仕事できるし、色々気が利くし、間違いなく美人だけどな。でも上司だからって逆らえない部下に手出しなんてやれるものかよ!」
腕を組んで鼻で笑うエリ。一方、隠し部屋のヒトミはエリがリンをソウタの秘書官にした理由を聞いて衝撃を受けていた。
「なるほどなるほど。じゃあ次の質問」
「まだあるのかよ……」
「アタラとメリーベルよ。アタラは水辺で裸になって迫ってきて、メリーベルとはクブルでギリギリな事して迫ってきたんですって?!」
思い切りせき込んでむせるソウタ。ヒトミはそれを聞いて口元を抑え震えが出ていた。
「乙女がそこまで覚悟して身を差し出してきたのを、それも二人とも文句なしのスタイル抜群の美女を、そこまでして跳ねのけるっていい根性してるじゃない!」
「あ、あれはだな……」
変な汗をかきながらしどろもどろするソウタを、エリは優しく笑顔で見ていた。
「別に責めてるわけじゃないのよ。私はね、そこまでしてあの二人の誘いを跳ねのけた理由が知りたいのよ」
「り、理由……」
腰を軽く追ってソウタの顔を見上げながら、静かに壁際に追いやるエリ。やがてソウタが壁に背中が当たって止まったところで口を開く。
「アンタね、ヒトミの事、どう思ってるの?」
「い、今更それかよ……」
ソウタは大きく息をついて答える。
「アイツとお前は、物心ついた時からずっと一緒につるんできた仲間で、家族みたいなもんだろ」
「家族?兄弟姉妹みたいな?」
「ちょっと違うけどな、ヒトミもお前も大切だから、俺はこうやってできることやって飛び回ってるんだよ」
「なるほどなるほど」
突然、エリは右手を壁にドンとつけてソウタに迫る。
「お、おい、近いぞ……」
「わ・ざ・と・やってんのよ!」
エリは身体を密着させてきた。彼女の匂いが、吐息が、体の柔らかな感触がソウタの五感を撫であげる。その行動に、ソウタは心臓をかつてないほどバクバクとさせながら、体は硬直してしまっていた。
「確認。アンタにとってヒトミも私も家族みたいなもの、それは分かったけど」
「わかったんなら……」
「それが理由で、今まで散々あった、女の子たちの誘惑を跳ねのけてきたってこと?」
「あ、ああ……」
さらに顔と体をソウタに寄せてくるエリ。
「じゃあつまり、私たちを“女”として認識してるってことよね?」
言葉に詰まるソウタ。
「それってどっち?ヒトミ?それとも、もしかしてワ・タ・シ?」
「……」
返答しないソウタの目を見ながらエリは続ける。
「私ね、こっちに来て同じ年頃の男の友達いなかったの。まあ、結婚候補とかで他所の国の貴族とか王族の男を紹介されたことはあったけど、碌なのいなかったわ。少なくとも、アンタよりいい奴なんて誰もいなかったの。だから……」
そう言うと、今度はソウタの胸元にエリは顔を埋めてきた。
「ヒトミがアンタを呼んできて、アンタの顔を久しぶりに見たとき、私心底嬉しかったのよ。もしかしたら何とかしてくれるんじゃないかって。そしたら期待以上にやってくれてるじゃない。だから本当にうれしくて……」
「……俺は」
「私ね、女王になってからずっと……捨てられないけど重たいもの背負っているの。もう慣れたつもりだけど、疲れた時に一気にのしかかってきちゃうの。だけど捌け口がなかなか見つからなくて」
ソウタは思わずエリの身体を抱きしめた。小学生の頃は体格差はほとんどなかったが、大人になると背は頭半分、体は一回り小さく細いのを実感する。
「ねえ、キスしようか、ソウタ」
『!!』
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