第45話
翌日、ソウタは宰相として使節団一行を発電設備のある現地に案内する。
現地までの道中、アンジュはソウタと同じ馬車に乗ったが、ソウタに積極的にアタックを仕掛けるアンジュに対して、リンは時々渋い顔を見せ、ヒトミは本人は無自覚だったが、馬上でかなり険しい顔になっていた。
「ここがカ・ナン湖の放水口。ここに設置してある水車を応用して発電所にして、電化を進める計画です」
多数の水車と発電施設を見せると、使節団の面々は、カ・ナン湖のダムそのものに圧倒されこそ、発電施設の意味を理解できない様子だった。だが、技術者たちは道中で見た電柱と空中架線、なにより電球の照明に歓喜していた。
「これが炎に頼らぬ雷神の光!この光が未来を示すのは明白!」
現在ここで行われているのは、自転車に装備されていた発電機を模して大型化した実験的な設備に過ぎず、電化製品を動かすことができる本命の設備ではない。
だが、カ・ナンの技術者たちが自前で発電施設を作り上げたことそれ自体が大いなる一歩である。きっとこのまま開発を進めれば、本格的な水力発電所はもちろん、火力発電所さえ建設できるようになるだろう。
ともあれ、発電設備の実物を見て喚起する技術者たちはともかく、使節団の面々の、何よりアンジュの関心はその上流のカ・ナン湖だった。
「陸の上の海!本当に真水!潮の香りがしないのに地平線の向こうまで!」
アンジュの喜びようは、本当に幼子のよう。
そして湖畔の海兵団の基地に到着すると、ここにも置かれていた水上オートバイに大喜びして、ソウタとの同乗をせがんだ。
「O.K.わかった。それじゃあ少し遊ぶか」
早速ウエットスーツに着替える。この機種も二人乗りなので、当然アンジュとタンデムになるのだが……。
「嗚呼!あの白イルカはこんなにも素晴らしいのですね!」
湖の上を風を切って走り回る二人。
「いいな……。私も……」
それを見ていたヒトミが、棒立ちになって無自覚に真っ黒なオーラを周囲に放ち始めたとヒイロから無線で通報があったので、機械が長時間動かせない事を言い訳にして、途中で打ち切る事になった。
「仕方ありませんね……」
残念そうにしているアンジュだったが、短時間でもタンデムできたので上機嫌な様子。一方でヒトミとリンは僅かに顔を曇らせていた。
その日はカ・ナン湖の中心であるナナイの町に使節団を宿泊させ、カ・ナンの豊かな自然を堪能してもらう。ここではカ・ナン湖の珍味の数々や、日本から持ち込んだシャンパンやウイスキーなどで歓待したところ、彼らは珍味に舌鼓を打ち、美酒に酔いしれてくれた。
風光明媚な自然と、味わった事の無い美酒。この地で取れる珍味に舌を打って貰うのを見届けると、ソウタはほろ酔いのまま席を外す。ソウタがいなくなったことに気が付いてアンジュが探しに庭に出た。
月が美しく輝き、湖面にも浮かんでいる。
「あ、トウザさま……」
会場の庭園、湖に面した屋根付きの展望台にソウタが居るのを見つけたアンジュ。だが、他に人の姿を見て足を止める。
「これがクブルの街だ」
「うん。すごく綺麗なんだね……」
ソウタの隣に居たのはヒトミだった。ソウタはクブル滞在中にスマホで撮影していた風景をヒトミに見せていたのだ。二人の間にはにこやかな笑顔が絶えない様子。
「バンドウ様、申し訳ありませんが、今夜はお二人にさせておいて頂けないでしょうか?」
アンジュに声を掛けてきたのはリンだった。
「シシノ将軍は練兵と国防などの為に、タツノ宰相とご同行を断念されてきました。一月ぶりに落ち着いてお話できる機会を得られたのですから、申し訳ありませんが今宵は何卒……」
「わかりました。今宵は無粋な事は致しません」
アンジュは遠目から笑顔を絶やさぬソウタと、それが向けられているヒトミの様子を少し眺めてから立ち去った。
翌日は使節団をズマサに案内する。無論、その目玉は映画だ。
使節団には恒例の作品を見せ、その後にアンジュには特別に、古代の世界帝国の首都として名高い都市を舞台にとある国の王女と新聞記者の休日の物語を別室で鑑賞。この世界の人々にとっては未知の機械や職業の者たちが大挙する内容だが、骨子は普遍的なものである。
「トウザさまの国はこれほど発展なされているのですね」
改めて諸々の技術格差を思い知り、感嘆するアンジュ。残念ながら彼女は転移門を潜れない事が判明したが、彼女は苦にする様子はない。そもそも日本に渡らなくても良いのだという。
ともあれこうしてクブルからの使節団の視察・接待も無事終わり、あらためて強力な後ろ盾を得たことを確認。そして資金援助を受けてカ・ナンの防衛体制はより一層整えられていった。
「トウザさま、私は今後もなるだけカ・ナンに滞在して、この国をお支え致します!」
早速、エリからニライに屋敷を手配してもらったアンジュ。場所はソウタの屋敷の近所とあって変わらず上機嫌。
「仕方がないのは分かるんだけど……」
アンジュを、クブルを大事にすることがカ・ナンの国益に直結するだけに、当然と言えば当然の配慮だったが、ヒトミはもやもやとした気持ちを抱えるようになってしまっていた。
「シシノ将軍、失礼ながら」
「リンさん?」
王宮の中庭で、リンがヒトミに声をかけてきた。
「リンさん、遅くなってごめんなさい。一昨日のナナイでの時はお気遣いしてもらってありがとうございました」
一礼するヒトミに、恐縮して一礼を返すリン。
「シシノ将軍はアンジュさまの事を気にされているのかもしれませんが」
「……」
「閣下にとって、陛下とシシノ将軍は本当に特別な存在なんです。私は閣下のお傍にいますが、閣下が縁も所縁もないはずの我が国のために、あれほど熱心に情熱を傾けて下さるのは、他でもなくお二人のためだって、痛いほどわかるのです」
「……」
「私に入り込む隙間があるのかわからないくらい……」
寂しげに青空を眺めるリン。
「ですから、シシノ将軍はもっと余裕を持たれて大丈夫です」
二人はもう一度互いに一礼して別れた。時の流れは日本と同じだが、山中のカ・ナンは冬が早い。今日も夜は冷え込みそうだと感じながら、ヒトミは愛馬イリオスを駆って、自分の職場である軍令部に戻って行った。
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