第44話

 セキトへ到着したクブルの使節団はそのままカ・ナンに向かう。使節団はクブルからの大量の銅のインゴッドと機械系の技術者が同行していた。


 すでに情報を得ていたカ・ナンは国を挙げてクブル使節団を受け入れた。


 国境からヒトミが着飾った騎兵団を率いて護衛に当たり、女王であるエリが自ら王都ニライの城門で出迎えする歓待ぶりだった。


 そしてソウタは早馬、いや、こちらに持ち込んでいた原付バイクに乗って一足早くカ・ナンに戻っていた。


「流石です閣下!これで我が国の慢性的な資金と資源不足の解消に光明が差しました!」


 例によって同行できなかったリンは、心からの賛辞を上司に捧げる。


「まあ、本当に今回は大成功だったよ」


 ソウタは宰相としての正装を整えて、協定の調印式に臨む。


「カ・ナン王国宰相、タツノ・ソウタです」


 使節団に一礼するソウタの姿を見て、クブルの使節団から驚きの声が挙がった。ガネ商会の若き筆頭イコエ・トウザが、カ・ナンの宰相という噂は聞き及んでいたが、それが事実だと満天下に明かされたからだった。


「トウザさま、何とお凛々しい……」


「私はタツノ・ソウタですよ、バンドウ・アンジュ殿」 


 そんな二人の様子をヒトミは複雑な表情をして見ていた。


 かくしてカ・ナンとクブルの協定が無事に締結された。電化を中心にした技術移転を条件に、クブルからカ・ナンへの膨大な資源・資金の援助が正式に行われることになったのだ。


「ソウタくん、これでみんなの食べ物や装備のことも……」


「ああ。大分心配しなくてよくなったな」


 調印式の様子を見ながら、ヒトミがソウタに話しかけ、ソウタも安堵して答える。


 これで当面、物資の調達のために必要な資金と、食料などの物資の確保の目処が立ったのだ。融資である以上、いずれ返済せねばならないが、金策そのもののために駆け回る必要性は薄れることになる。


 協定の締結が無事完了すると、使節団は一泊して後、技術者たちと共に電化事業の現場に向かう。ソウタは宰相として、引き続き使節団を案内する事に。


「凛々しい女王陛下がお治めする流麗な都に、豊かな森林と清涼な水。確かに訪問してよかったですトウザさま!」


「そう言ってくれるとうれしいよ」


 上流で銅の大規模な採掘と精錬が行われているクブルでは、徐々にではあるが環境汚染が問題になっており、清涼な水は他から持ち込んでいたほど。自国や各国の港町を頻繁に回っているアンジュにとって、山の奥にあるカ・ナンのような国に来るのは初めての事だった。


 ニライでの最初の夜の晩餐会。エリと話をしたアンジュは早速エリと意気投合し、二人で大いに盛り上がっていた。


 続けてナタルを紹介されると、その境遇にいたく同情し、思わず貰い泣きしてしまう。次にヒトミを紹介されると、ゴ・ズマを蹴散らした果敢な女将軍のイメージとは程遠かったので、そのギャップに関心していた。


 対してヒトミにとってはアンジュは苦手なタイプだったようで、戸惑い、気後れしているようだった。


 その夜。晩餐会を終えた後、ソウタは真っ直ぐに屋敷に帰っていた。


「ようやく一息つける……」


 久々の入浴を終えて寝室のベッドに転がるソウタ。カ・ナン湖への視察からセキト経由でクブルに向かい、大口融資を獲得してカ・ナンに戻るまで約一ヶ月間、本当の意味で気が休まる日は無かったからだ。


 この日の夜は山中にありがちな急な冷え込みが予想されていたので、屋敷の者たちが気を利かせてペチカに火を入れてくれていた。今まで体感したことのない暖かさに心の底から安堵し癒されるソウタ。


「今回は本当に色々あったな……」


 横たわったソウタが思い出すのは、山から海に駆け回り、特に海で初めて戦闘に参加した事。そしてゴロドに襲撃されて、命の危機に瀕した事。


「あの二人が居てくれればこそ、か……」


 改めてアタラとメリーベルの勇姿を思い出す。


「……」


 二人の勇ましい活躍の姿。海を駆けて矢を放ち、海賊船を次々に仕留めていったアタラ。海賊船相手だけでなく、逃げ落ちたゴロドに向かって、一切怯みもせずに鉄扇一本で立ち向かい、ゴロドを打ちのめして片づけて見せたメリーベル。正に女傑と呼ぶに相応しい活躍だった。


 だが直後に脳裏に浮かぶのは、そんな二人の、女としての艶めかしい姿だった。


 カ・ナン湖に向かう途中の泉で見せつけられた、神々しいほどに白く美しいアタラのあられもない裸体。そしてクブルでの最後の夜に、触れられ、そして触れてしまったメリーベルの柔らかく艶めかしい肉体と、彼の身体を這った彼女の指先と舌の感覚。


 他にもクブルでは現地の美女たちから夜な夜な際どい姿を見せ付けるなどして、ソウタは誘いを受けていた。


 これらはすでにアンジュと親しくなっていたバンドウ家ではなく、それ以外の商家からのハニートラップであったので、ソウタはこれらを全て退けていたが、女性への性欲を人並みに持っていたソウタには、これらを決然と退けるのは身が引き裂かれんばかりの苦行であった。


 性欲を発散しようとして他の土地でハニートラップに引っかかるのは論外だが、アタラにせよメリーベルにせよ、ソウタに積極的に迫ってくる女性たちは押しも押されぬ絶世の美女ばかり。


 恐らくソウタが望みさえすれば、彼女たちはソウタの欲望を受け入れ、肉体関係を許容してくれるのだろう。


 彼女たちだけではなく、他にもリンは国内視察の宿泊の際に、自分が夜伽しても良いと意を決して告げてくれたり、ズマサで最大手の店を切り盛りするサナからは、店に来店すれば望む相手と最優先で遊ぶ事を、何なら派遣して遊んでも良いとさえ言われていた。


 つまりソウタは、その気になれば思うままにバラ色の肉林生活を送る事が可能なのだ。


 だが宰相である自分が彼女たちに手を出す事で、カ・ナン王国の、何よりエリの評判を落としてしまう事をソウタは特に恐れていた。麗しき若き女王が治める国の宰相が、色に狂ったケダモノであっていいはずがない。


 とはいえ、こちらで発散できないからといって日本に帰った時に発散するのは、ヒトミが同伴しているので不可能という状況でもあった。


 故に発散する場所と方法は自ずと限られてしまう。


「……。クソっ」


 ソウタの寝室の隣はペチカを焚く部屋になっている。最初の火入れは男の使用人が行っていたが、この日の夜間に火が消えないように番をするのはファルルが買って出ていた。


 火の明かりで勉強ができるという理由もあって、誰の反対もなくこの仕事を任されたのだが、彼女が志願したのはもう一つ理由があった。


(気付かれてないよね……)


 この部屋の道具入れになっている小部屋は彼女がきれいに整理していた。薪をくべたので当分火が消えることは無いのを確認して、その戸を開けて小部屋に入る。


(今夜は閣下は何をされるのかしら……)


 実はこの部屋にはソウタの寝室が覗き見できる小さな隙間が空いていた。この事に気が付いたのは屋敷の中でも彼女だけ。片付けの際に偶然発見してしまったのだ。


 それからファルルはタイミングがあった時に、ソウタが寝室で何をしているのか覗き見るようになっていた。多いのは彼女が知らない音楽がどこからともなく聞こえてきたり、小さな明かりに人などが写っている様子だった。


 これはソウタが寝る前にタブレットで音楽や映像を再生して見聞きしていたのだが、この日は様子が違った。


(?)


 この夜、彼女が見たのは不思議な光景だった。ソウタはズボンを下ろしてベッドに腰かけ、股間からそそり立った不思議なものを、息を荒げて扱いていたのだ。だが、そういった事への知識の無い彼女には、その行為が何なのか全く理解できなかった。


「……くっ!」


 ソウタが息を荒げるだけでなく小さいが声まで上げた事に驚くファルル。やがてソウタはゆっくりと息を整え、立ち上がってズボンを履きなおすと部屋から出た。


 慌てて彼女も焚口の前に向かうが、ソウタは厠に向かったようで、すぐに戻ってくると、そのまま明かりを落として眠ってしまった。


 やがてガラスの窓から月明かりが差してソウタの顔を照らす。ファルルはその無防備な笑顔を眺めることができて嬉しくなったが、先ほどソウタが何をしていたのか、疑問を抱えてしまった。


 ファルルがその行為の意味を知ったのは数週間後のこと。使用人仲間との雑談の席で、他の屋敷に勤めていた友人から聞いた話からであった。


 何でも勤め先の騎兵団員の若党と恋仲になり、その若党がズマサで学んできた技術を二人で行ったという話だったのだが、その具体的な内容を聞いてようやくファルルの疑問は氷解したのだった。


(わ、私はあの時、閣下の大変な秘密を覗き見てしまったんだ……)


 以降ファルルは、ソウタが屋敷に戻った時は積極的に母屋のペチカの番を買って出るようになった。ソウタは自分の寝室が、そこでの行いが彼女に覗かれていたことを知るのは随分と後になってからだった。

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