第39話
一方の青いキツネたち。頭目のゴロドは、最初に船団を見つけたときに狂喜。その直後に掲げてあった旗が赤いスペード団だったことで狼狽したものの、その船が一隻だけ突出して向かってきたのをみて安堵し、逆に部下をまくし立てていた。
「いいか、相手が赤いスペード団の女頭目メリーベルだからと恐れることはねえ!たかが一隻!とっとと囲んで捕まえて、ひん剥いて掃き溜めにしてやるんだよ!」
「頭ぁ!何か近づいてきます!」
「何かとは何だぁ!」
「あ、あれです!」
船員が指差す方向にそれはいた。船なのかイルカなのかクジラなのか全く不明。ただ、向かい風を、潮の流れを蹴散らして、馬よりも遥かに早い速度で迫ってくる。
「よし、連中、全然事態を把握できてないぞ!」
無理もない。船の動力が風力か手漕ぎのどちらかしか無い世界に、水上オートバイが出現したのだから。しかもその速度は馬よりはるかに早いのだ。事態の理解さえ出来ていない。
「今まで熊は狩ってきたが、クジラならぬ船を狩るのは初めてになるな」
アタラはコンポジットボウを手に持ち、何やら筒を下げた矢をつがえて構える。いよいよ、戦闘開始だ。
無論、ソウタが実戦に参加するのはこれが初めてになる。
ウエットスーツの上に地味な色の救命胴衣、その下にセラミックプレートを挟んだ防刃ベストを着込み、ヘルメットも軍用の軽量な防刃ヘルメットを着用して備えてはいる(アタラは動きの邪魔になるからと、ウエットスーツと防刃ヘルメットのみ着用)。
それでも流れ矢に当たったり、波で操作を誤ったり、船に衝突する危険もあるが、今はその危険に震えるより、海を駆け回って暴れられる高揚感で武者震いが出ていた。
「閣下は、我が矢が届く距離まで寄せてくれればいい!」
「それならやれる!」
白いイルカは猛スピードで囲みの先端の中型船に接近する。あまりの速さに、それ以前に近づいてくるのが何なのかさえ把握していない彼らは、船べりに並んで、ただ眺めているだけだった。
「よし、いっちょぶわぁっといこう!」
「おう!」
アタラが放った一矢がひぃふっと唸りを上げて宙を切り、帆を撃ち抜いてマストに突き立つ。直後に炸裂音と共に火の手が上がった。
「よっし、爆裂矢は成功だ!」
すれ違いざまにさらに二本撃ち込むと、どちらも火を噴き、その船はたちまち炎に包まれた。
矢に下げられた筒の中身は、日本から持ち込んでいた燃料用のガソリンに粘性を与えた、ナパーム剤入りの焼夷弾のようなもの。ナパーム剤は水で消すことができない上に、船は木造の上に可燃物だらけなので、消す事ができずに瞬く間に燃え広がる。
海賊たちが事態を把握し始めたのは、片翼に展開していた二隻目が火に包まれてからだった。
「お、お前ら!あれを……あれを近づけるな!!」
だが、白イルカは大砲で狙うにはあまりにも的が小さすぎる上に動きが早すぎて、たとえ弓の射程に入ったところで対処ができないのだ。
矢はあらぬ距離で放たれ、当然検討外れの場所にばらばらと舞い落ちる。
「閣下、敵の旗艦に接近できるか?!」
「やってみる!」
ソウタは白イルカを、ろくに対処しきれない、敵の旗艦の間際に一気に接近させる。アタラは爆裂矢をマスト目掛けて文字通りに矢継ぎ早に放つ。
「すごい!!」
双眼鏡を借りたアンジュが見たのは、青いキツネの旗艦が火達磨になった姿だった。ついには大砲の火薬に引火したのか、爆発まで起こし始める。
「ち、チクショォォ!覚えてやがれ!」
片側に展開していた三隻は全て炎に包まれ波に流れるまま。
その光景を見届けた金色のカード号は、もう片側の四隻への攻撃を開始した。
「いいかい!閣下たちだけに活躍させたんじゃあ、アタシら何しに出てきたかわかんなくなるからね!砲撃開始ぃ!」
この船に持ち込んだのは一般的な丸い砲丸を撃ち出す大砲ではない。
ソウタが持ち込んだ資料、日本の戊辰戦争の際に使用されていたというライフリングが施された前装式の、椎の実型の砲弾を発射できる軽量砲“四斤山砲”を参考にした大砲だった。
山砲とは山岳地帯にさえ分解して持ち込むことができる、小型で軽量の大砲を言う。
ライフリングが施された大砲としては射程が短いが、大砲さえあまり普及していないこの世界においては、威力はもちろん射程においてさえ圧倒的な高性能砲だった。
発射された砲弾は、青いキツネたちの大砲をはるかに上回る射程距離と威力を持っていた。
彼らが進むか引くかを迷っている間に最寄りの一隻に向けて発射された砲弾は、横っ腹に直撃すると反対側まで貫通してしまった。
「おい、飛ばしすぎだよ!一番遠いのを狙いな!」
次に発射した砲弾は、見事に目標にした船に命中し炸裂。大爆発を起こして船のマストのうち一本がへし折れて海に倒れる。そして発生した火災は瞬く間に船全体を包み込んでしまった。
「やった、やったぞ!」
金色のカード号は割れんばかりの歓声を上げる。逆に敵は完全に戦意を喪失。頭目さえ置き去りに、算を乱して逃げ始めた。
「よぉぉし!みんなよくやったよ!」
白いイルカは黄金のカード号に寄せた。ソウタとアタラを全員が歓声と拍手で出迎えた。
「やってくれたねぇ閣下ぁ!連中、惨めなもんだよ!」
「追わなくていいのか?」
ソウタの問いに、メリーベルは笑って返す。
「連中、こんだけ叩けば懲りただろうよ。まあそれでも狙ってくるってんなら、今度こそ全滅させてやるけどね」
「それもそうか」
沸きに沸く金色のカード号。いや、他の船も誰彼問わず大喜びしている。
交戦した海域から距離を置いたところで、白イルカを収容する為に船団は一度停止。白イルカは旗艦に大歓声を受けながら収容された。
「お兄ちゃんカッコよかったよ!」
シーナの声援に右手を振り上げて応えるソウタ。その後はしばらくソウタは船員たちにもみくちゃにされ、アタラはハイタッチで迎えられた。
「イコエ兄さま!兄さまは海風の勇者だったんだ!」
ジュシンは男の子らしく、大興奮していた。
「トウザさま、アタラ殿。あなた方は正に伝説の海風の勇者のごときご活躍でした……」
アンジュは目を潤ませながら、二人を称えた。
「海風の勇者って?」
ソウタの質問にアンジュが答える。
「海風の勇者は、クブルに伝わる英雄です。海風を操る海竜を友とし、幾多の苦難を乗り越えて、クブルの建国に貢献したのが風の勇者なのです。ああ、今日のことは一生忘れません。本当に、本当に……」
バンドウ家の姉弟だけでなくクブルの船員たち全員から、ソウタは風の勇者の再来だと、信頼を超えて崇拝の目でさえ見られるようになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます