第38話

 翌日。準備が整ったのでクブルに向かう船団が出航する。


「しかし、敵は大型1、中型5。こちらの船団は5隻で、戦闘に参加できるのはこの1隻だけで勝てるのか?」


 乗り込む前にアタラがメリーベルに問うが、彼女は笑って答える。


「なーに、数だけで勝負が決まるなら、アタシらはとっくに魚のエサになってるさ。アタシら赤のスペード団は少ない数で大戦果がモットーだからねぇ。それはアンタも一緒だろ?」


「確かにそうだな。私も、いや、カ・ナン自体がそうだと言える」


 かくして船団は出港した。先頭を行くのはカ・ナンの国旗と赤いスペードの旗を掲げた“金色のカード号”。この船にメリーベル以下の海兵団の主だった者たちが乗り込んでいる。後続の4隻も一塊になって続く。


 先頭を行く黄金のカード号には、日本から調達してきた様々な装備が搭載されていた。


 遠くを見る為の双眼鏡はもちろん、オイル充填型の方位磁針に、天体の高度測定、自身の位置の割り出しなどに使われる六分儀などの航海用具だ。


 海鳥をも探知できるレーダーであれば小型の木造船の探知も十分可能というので、レーダーの導入も検討しているが、設置に時間が掛かると思われたので、今のところ購入を見送っている。


 ともあれ用具については、カ・ナン湖での船舶の運用で用いているので、習熟は完了していたが、実際に海で使うとその性能の素晴らしさが実感できると、使う者は口々に言う。


『メリーベル、そっちは順調そうだね』


『ああ若旦那。久しぶりの海だよ。本当に楽しくて仕方ないねぇ』


「トウザ殿、先ほどからうわごとを話されていますが?」


 アンジュがソウタに尋ねてきた。何かを手にして空を見ながらうわごとをつぶやいていたからだ。


「ああ、これはトランシーバーという機械で、遠く離れた相手と会話ができるんだ」


「本当なのですか!?」


 ソウタは後ろの船から、先頭を行くメリーベルに無線機を使って交信していた。


 ソウタは後続船団の旗艦、バンドウ家の姉弟が乗る大型のキャラック船に、アタラとシーナと共に乗り込んでいた。


 カ・ナンの者が全員黄金のカード号に乗っていては、何かあったときに見捨てられると思われるわけにはいかないからだった。


「その機械があれば、伝令を出さなくても意思の疎通ができるのですか?!」


「この機械は、あまりに遠く離れていると使えないけど、肉眼で見える範囲なら会話ができるんだよ」


 アンジュは令嬢だが、商才を見込まれて若くして船団の代表を任された才女である。情報を伝令なしで瞬時に届けられる事の意味をすぐに理解して驚いたのだ。


「日本だと、電話越しだとこっちの言葉は翻訳されなかったけど、こっちで使う分には大丈夫なのか」


 カ・ナンに試しに映像プレイヤーを持ち込んだが、こちらは翻訳されていなかった。よくわからない翻訳魔法だと、首をひねるソウタ。まあ、無線が楽に使えるならその方が良いわけだが。


 なお、黄金のカード号には、船舶無線と発電機を持ち込んでおり、これを使ってカ・ナン本国とも通信が可能になっていた。


 甲板の上ではシーナが剣玉で遊んでいた。才能があったので、少々揺れる甲板の上でも難易度の高い技を次々繰り出して、見物していた船員と、特にジュシンを大いに喜ばせていた。


「実は海に繰り出すのは初めてなのだが、この辺りの波はカ・ナン湖と大差は無いのだな」


 アタラが波を見ながら呟く。


「ああ。この位の波なら、こいつは十分使えそうだ」


 ソウタはあえてこの船に積み込んだ品に目をやる。どうにも大型の機械のようだが、当然、この船内にこの機械が何なのか理解できる者はいなかった。


 出港してから五日が経過していた。この間、風も海も荒れず、航海は全く持って順調だった。


「今のところは、すれ違う船も漁船だけだな」


 ソウタはのんびりひと欠伸。船酔いには強い体質だったのも幸いして、ここしばらくはのんびりとしたクルージングの日々だった。


 楽しみといえば、食事とシーナが繰り出す技の数々。


 食事は長距離航海の場合は、二度三度と焼き上げてきつく水分を飛ばしきったハードビスケットや、野菜、肉、魚の塩漬けか干物ばかりになってしまうが、今回は一週間ほどの船旅なので、陸上と大差ない食事が出される。


 何よりソウタは船団主であるアンジュやジュシンの賓客ということで、彼女たちや船長と同等の食事が供されるので、他の船員たちより上等なものになる。


 具体的には麦系の穀物で作られた焼きたてのパンやスープ類の具の優先、食後の新鮮なフルーツなどだ。


 なお特別待遇というと、ソウタにはベッド一つ分だけだが個室が与えられていた。この船は船団の中はもちろん、クブルを含めたこの地域では最大級の船舶だが、個室が与えられているのは船長以外は船団主の姉弟とソウタだけなのだ。


 シーナは剣玉だけでなく、ヨーヨーにも精通していたので、この船一番の人気者になっていた。特に夜の帳が下りてからの、プラスチック製で発光ギミックを装備した剣玉やヨーヨーの大技のコンボは、驚嘆するような腕前だった。


「シーナ、それだけできるなら大道芸でも食べていけそうだね」


というと、


「私ね、もしもお父さんの商売が失敗しちゃって一文無しになっちゃったら、起死回生のお金稼ぎにしちゃうかも。でも私はこれでご飯たべようなんて思わないよ。ちゃんとお商売したいもん!」


と、力強い返事をかえすのだった。


 ともあれ、定時の連絡を行うソウタ。


『メリーベル、そっちは順調か?』


『まあねぇ若旦那。だけどそろそろ仕掛けてくるだろうね。なにせあと少しでクブルなんだからさ。連中も狙うならそろそろだろうよ』


 事実、以前にクブルの船団が襲撃を受けて引き返した海域にはすでに入っているのだ。


「見張り!しっかりやんなよ!」


「アイアイマム!」


 マストの上に立って見張る船員。使っているのは日本から持ち込んだ高倍率の双眼鏡だ。水平線に浮かぶ船さえハッキリ見えると、見張りに立った者たちはみな絶賛している。


 見張りから報告が入る。


「頭ぁ!見えました!正面に船影!数は……6っ!」


 報告を受けてメリーベルも双眼鏡を構える。


「確かに6隻。進路はこっちに向かってきてるねぇ……」


 すぐに海賊の接近を知らせる。


『噂の海賊なのか?』


『連中、旗印はまだ出してないから何ともいえないけど、数は合ってるからね……』


 双眼鏡を下ろすと指示を出す。


『若旦那!警戒しながらついてこいって他の船に伝えとくれ!』


 ソウタは船長にその旨を伝えると、旗艦が手旗信号を送る。後続はさらに距離を詰める動きに入った。


 後続の船が統率を乱して逃げ出す恐れは今のところ無いが、武装も護衛も最低限なので、海賊船団と殴りあうのは危険なのだ。


『相手はどう動いてる?』


『見たところ、こっちを囲うように動いてるねぇ』


 風が向かい風になり始め、こちらの船足は鈍り、逆に相手の船足は増している。


「頭ぁ!向こうの大きなヤツが旗を掲げやした!」


「へぇ、あれかい。青いキツネってのは」


 相対距離はおよそ7kmほど。高倍率の双眼鏡にははっきりと相手の旗の意匠が見えている。黄色地に青いキツネが描かれているのが確認できた。これが巷を騒がせている海賊団青いキツネであった。


「まあ連中には多勢に無勢に見えてるんだろうけど、生憎こっちには新兵器があるんでねぇ」


『若旦那、悪いけど白イルカの準備してくれるかい?!』


『わかった。すぐに準備する!』


 ソウタはアタラに白イルカの使用を伝えると、船室に入って着替えを始めた。アタラも別室で同様に着替える。


「トウザ殿?!」


 海賊船の接近と聞いて怯えて泣いているジュシンを宥めているアンジュが、ウェットスーツとヘルメットに着替えたソウタを見て驚いたようだった。


「すまないが、あの機械を海に下ろすので誰か手伝いをさせてくれ」


「トウザ殿、一体何をなさるのですか?!」


 アタラもウエットスーツに着替えを終えて出てきた。片手に弓、背中に特殊な矢を大量に差したバッグを背負っている。


「決まってる。海賊退治さ!」


 ソウタはちょっとした用事を片付けにいくような気軽い口調でアンジュに告げた。


 旗艦は船足を緩める。そして荷の幌を解くと海に浮かべる。それは白いハンドル付きの機械。オートバイに似ているが果たして。


「アタラ、問題はないか?」


「私は問題ない。騎乗して矢を射る事には慣れているからな」


 ヘルメットを被ったソウタは、アタラと二人で白いイルカに飛び乗った。


 ソウタはメリーベルが日本の港で水上オートバイを見てから欲しがってきたので、カ・ナンの公費で自ら免許を取得して、中古で数台購入して持ち込んでいた。


 その後は気晴らしついでにカ・ナン湖で海兵団相手に講習したが、現状最も機械慣れしていたからか、操縦が最も上手だったのがソウタだったので、あえて水上オートバイを持ち込んでいたのだ。


「よっし!実戦ははじめてだけど、一っ走りしてこよう!」

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