人は食のためだけに生きるにあらず

第29話

 慰安旅行から三日後。ソウタとヒトミは日本に戻っていた。


「今回は何をするの?」


「まず換金だよ。旅行の時は換金する余裕なかったからな」


 最初に、先日のセキトでの取引で仕入れていた大量の金を、場所を変えながら現金に換金した。その総額は実に億単位に達した。


「ものすごい金額になっちゃったね……」


 通帳に記載された金額の数値を見てヒトミは驚嘆する。学生にしか見えない若造が、一度に何千万円分の金を換金すると変に疑われるだろうが、今はあまり後のことを考えている場合ではない。


「ああ。これでできることが、ずっと広がった」


「それで今度はなにをするの?」


 期待しながら尋ねるヒトミに、満面の笑みをソウタは返す。


「電気だよ。発電所を作って電線を引いて、カ・ナンを電化するんだ」


「ふわぁ!今度は電気なんだ!そうだよね。電気の明かりがあったら明るくて便利だもんね」


「それもだけど、まず最初は通信なんだ。無線は要所において、ニライを中心に全部の町を繋ぐ電信網を整備したいんだ」


 通信網を整えることが、真っ先に行える国内のインフラ整備であり、それが戦力の強化にも直結するのだ。


 幸い、カ・ナンは効率的な街道の整備と維持を長年行っているので、電柱の設置はそれに沿わせれば良い。電柱の材料の木柱も、国内に森林資源が豊富なので調達は容易だ。


「すごいねソウタくん。本当によく思いつくよね」


「だけどそれだけじゃない。カ・ナンには娯楽が少ないから、そっちも強化するんだ」


 娯楽という言葉に敏感に反応するヒトミ。


「娯楽っていうと、テレビとかゲームとか?」


「そうか。ゲームセンターも手だな。でも今作ろうと思っているのは映画館なんだ」


「映画館を作るんだ!」


 ヒトミは飛び上がるように喜んだ。


「一度に大勢の人を楽しませることができるのは映画だからな。雨天の事を考えないなら屋外だってできる」


 ソウタは莫大な資金を投入して、諸々のインフラ整備に手を付けることにしたのだ。


「すみません。水力発電設備を作って欲しいのですが」


 最初に、ネットで調べた水力発電設備の販売店に話を持ち込んだ。


「どういった用途で?」


「今、ボランティア活動をしているのですが、途上国のある村に水車で発電しようという話になったので、そういった場所でも発電できる装置を作って欲しいんです。設置などは向こうでできるので……」


 こうして、ソウタが作った資料を基に、水力発電設備の製作が決まった。


 転移門を通過できるサイズに分解可能で、一基で十数世帯に電気を送れるものを依頼した。製作期間は約三ヶ月を予定。


 それだけでなく、水車を使った水力発電を行う為に必要な材料も調達しておく。こちらはカ・ナンで資料を基に、試行錯誤してでも自力で発電設備を作る為だった。


 他に水力が確保できない場所でも発電を行うべく、太陽光発電の設備の購入や、火力発電にも着手する。


 とはいえ大規模な発電設備を持ち込むのは困難なので、自家用の規模のもの。ソウタはロケットストーブとスターリングエンジンを組み合わせた自家発電装置に目をつけて、こちらも購入を決めた。


 スターリングエンジンとはシリンダー内のガスもしくは空気を外部から加熱・冷却して、その体積の変化を利用して動力とする外燃機関である。


 これは19世紀初頭に発明されたのだが、産業用に用いるには効率が悪く設備も大型化、高額化してしまうので、近年になるまで忘れ去られてしまった技術だった。


 だが近年は高度化したものが潜水艦の補助動力として用いられたりしているほか、自家発電用の動力にロケットストーブを用いて加熱する方式が注目されている。


 ソウタの念頭にあったのは、険しい岩山の山頂に建設されているザンパク砦用の熱源および電源として用いる事だった。


(ザンパク砦は敵の様子が手に取るようにわかる場所にあって、岩山の山頂に建てられているから難攻不落だ。あそこに観測所を置いて、無線で連絡させれば、こちらが有利になる)


 ザンパク砦は元来見張り台としての機能も持たされ、狼煙台も設置されているが、ここに固定式双眼鏡を複数、無線装置と大型アンテナ、そして複数の方式の発電設備を設置して、一気に近代化しようというのだ。


 なお、ザンパク砦での長期篭城に際して通常の保存食はともかく生鮮食料品の不足が懸念されたので、ビタミン剤の備蓄と、豆を使ったもやしの製法の伝授も行っていた。


 話を戻そう。


 発電と合わせて、電信網の建設のために、通信線の購入と、電柱に必要な各種の部材の購入も進める。こちらは必要量が膨大になるので、新品を買う部位と中古・廃材で済ませるところを吟味してコストを抑えながら必要量を揃えていく。


 そしてこれらと合わせて映画の上映を行うべく、機材の入手にも着手した。


 中古で屋外上映用の設備一式と、確実に起動させるためこちらには工事現場用の発電機と燃料も複数購入した。


「ソウタくん、こういう事に本当にすごく詳しいよね……」


 ヒトミの質問にソウタは淡々と答える。


「伯父さんのスクラップ工場でバイトしてたからと、ネットで情報集められるからね」


 自分だけの発想ではなく、集合知を利用できるのがインターネットが普及した世界の強みなのだ。


 上映設備だけでなく、屋外での上映を前提にした作品を選ぶ。向こうの世界とあまりにかけ離れた現代ものはとりあえず避けて、時代的な設定やファンタジー作品を中心に選んだ。


「ソウタくん、小さめの映画館も作るんだね。やっぱり多い方がいいから?」


「……。まあ、需要は色々あるからな」


 ソウタは屋内上映用に、家庭用の大型スクリーンとプロジェクター、そして再生装置も購入していた。だがこれを購入した本当の目的については、ヒトミには意図的に伝えなかった。


(今、ヒトミにこっちを買った目的を言ったら、絶対に話がややこしくなるからな……)

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