第30話

 慰安旅行の次の日に、ソウタはマガフとメリーベル、そしてビルスを呼んで、ある問題を協議していた。


「マガフさん、メリーベル、エ・マーヌの軍と海賊もとい海兵団がカ・ナンに来て三週間だけど、問題はまだ発生していないですか?」


「今のところは、ですが……」


「まあ、まだ三週間だからねぇ……」


 二人とも口を濁す。時間の問題、というわけだ。


「エ・マーヌは、これまで家族を連れて流転を続けて参りました。ようやく落ち着いたところですが、落ち着くと特に独身の若者たちが、どこまで大人しくしてくれるか……」


「野郎には酒と賭場と女をあてがってやれば、大体大人しくなるもんだけど……。けど、この国はどうにも小奇麗過ぎてさぁ、酒以外に娯楽が無いんだよ」


「確かに。今までは臣民のほとんどは村に篭っていて、若い男が何ヶ月も集まることなどありませんでしたからな。その上、外国から男ばかりがさらに何千人も加わった訳ですから」


「盛り場が足りない、か……」


 これまでのカ・ナンは滅多に戦争に巻き込まれるもなく、有事の際は各村に一家二家ある戦士の家が参加するようになっていた。


 戦争以外でも彼らが集められることはあったが、それは三年に一度行われる大演習の時ぐらい。そのため、若い男たちが一ヶ所に集い、しかも長期間滞在する事はこれまで無かったのだ。


 故に盛り場というと町に酒場が数件ある程度。王都ニライには歓楽街と言える区画があるが、国内を頻繁に移動する商人や役人相手の小規模なもので、集められた何百、何千もの若い男たちの欲求を晴らすには、あまりにも貧弱すぎたのだ。


「徴兵たちなら、定期的に休暇を与えて故郷に帰せば済んでいたのですが、この度増えたのは異国の男たちばかりです」


 欲求を持て余した男たちは少数でも問題を引き起こしかねない。そんな者たちが、この国の許容量を上回る規模で集まっているのだ。


 カ・ナンが傭兵の募集に積極的でなかった理由は、高額の給与だけではなかったのだ。


「目先の娯楽に閣下の国からいくつかゲームを持ち込んだけど、根本的な解決にはならないだろうからねぇ……」


 ソウタはすでに電気を使わないアナログのゲームをいくつか持ち込んでいた。具体的にはルールがシンプルで、カ・ナンでも容易に似たものが製作可能なダーツやオセロなど。

 だが日常的な暇つぶしには使えても、抜本的な解決にならないのは明白だった。


「やっぱり、(酒を)飲む・(博打を)打つ・(女を)買うは必要か……」


「特に……」


「この国に一番足りてないのは女遊びの場所だよ。女のアタシが言うのもなんだけどさ」


 ソウタもまだ調査していないが、先に滅ぼされたガンプから逃れてきた者たちに遊女が混じっていたり、生きる為に身を売った者たちが、避難所から王都に来ているとは耳に入っていた。


 さらに周辺からも商売の匂いをかぎつけて、業者がカ・ナンに遊女を送ろうとしているという話も耳に入ってきている。


「やはり遊女は必要ですな……。しかし」


「制御どころか実態が碌に把握できていないし、推定数でも足りなさそうということか」


「ええ。それにカ・ナンは女王陛下を頂く国ですから」


「女王陛下や姫君を頂く国で、露骨に風紀を乱すわけには行きませぬが、禁欲を強いるには限度があるのも事実……」


 国家元首がうら若き女王である事が、さらにこの問題の解決を難しくしていた。


 確かに大々的に色町を建設すれば目先の問題は片付くのだろうが、国が主導したとあれば、カ・ナンの、エリの汚点になりかねないのだ。


 かといって野放図にしていれば、地元住民とのトラブルだけでなく、遊女たちとの“接触”に伴う病気の蔓延、女性たちの保護なども問題になるだろう。


 何よりゴ・ズマと戦う前に、性病が蔓延して戦えなくなってしまうという事態は、絶対に阻止しなければならない。


「マガフさん、エ・マーヌはこれまでどう対処していたんでしょうか?」


「ええ。我が国は戦に望んで禁欲の薬を配布するのが常でして、道中でも備蓄が続く限り兵たちに処方していたのですが、この度尽き果ててしまいまして……。原料も栽培しようにも熱く乾燥した土地でなければ育たぬので、冷涼なこのカ・ナンでは見込みが……」


 さらにその薬は日常的に服用していると、性欲を抑えるばかりでなく、生殖機能まで破壊する副作用が確認されているという。


 エ・マーヌの僧侶たちが俗世から離れるために日常的に服用し続け、我欲を絶つためにも用いているというが、そんな薬を兵たち全員に、一時的ならともかく、ゴ・ズマの侵攻を待つ間に全軍に服用させ続けるわけにはいかない。侵略を撃退する事と引き換えに、子孫を、未来を絶やすわけには行かないからだ。


「メリーベル、この間君を日本に連れて行ったのは、この問題にどう対応したらいいのか、意見が欲しかったのもあるんだ」


「なるほどねぇ。閣下はあれだけお日様の光みたいに娯楽がありふれてる国から来たんだ。逆に何していいか、わかんなくなるのも無理はないかもねぇ」


 机に肘をついてニマニマ笑うメリーベル。


「そうだねぇ……。アレがあれば随分といいんじゃない?」


「あれって?」


「アレだよ……」


 メリーベルは腰元に入れていたカタログを差し出す。


 それはホテルに宿泊した際に手に入れた、有料チャンネルの番組表だった。彼女は興味を持ったので有料チャンネルを視聴し、カタログも持ち帰っていたのだ。


「なるほど……」


 ソウタは指差された箇所を見て、大きく頷いた。



「廃村を娯楽の町として再生させる計画……」


 数日後。ソウタはエリに謁見し、計画を説明する。


 練兵場から数キロ離れた場所に、十数年に発生した大規模な疫病のせいで廃村になってしまったズマサという村があった。


 疫病が去った現在は、ガンプやエ・マーヌからの難民キャンプ地として使われているが、彼らに住居と職を与えるべく、合わせて娯楽の町として再度整備しようというのだ。


「工事は海兵団を中心に、訓練の合間を縫って国軍からも工事を手伝ってもらう。建設するのは酒場もだけど、公営ギャンブルのウルフレース場に、一番の目玉は映画館だ」


「映画館!いいわねそれ!」


 エリは計画書に目を通すと、一ヶ所熟視する。


「映画館とウルフレース場に飲食店。その奥に酒場と宿屋、疫病の再発防止と監視の為に病院の設置……」


 映画館だけでなく、賭博を制御する為に公営ギャンブルも必要と判断して、競馬ならぬオオカミによるレース場を設置する事にしていた。


 さらに酒場と宿屋の区画が今回の計画の肝だが、決しておおっぴらにできないだけに、ソウタは気をもむ。


「まあいいわ。ソウタのやりたいようにやりなさい!」


 こうして、ズマサの再建が動き出した。


 技術者たちの指導の下、区画を整え、井戸の再生と念入りに下水の整備を行い、簡素ながら建物の建設を進める。


 元ガンプの住民は元々商業に携わっていたものも多かったので、店が持てると聞いて、積極的に工事に携わり、かつ商売も平行して行っていた。


「お前ら、アレが好きなように拝めるようになるんだ!キビキビやれ!」


 この町の建設には、訓練の合間を縫って徴兵された国軍も多数投入。さらに海兵団に至っては、訓練そっちのけで建設工事に携わっていた。


「閣下、建設は順調なようですね」


 様子を見たリンが、進捗の早さに感心していた。


「まあ、娯楽の乏しいカ・ナンにしっかりした遊び場ができるんだ。そりゃあ真剣になるよ」


 二ヵ月後に完成を予定していた工事だったが、工事は雨天であっても中止されず自発的に強行され、工期を約二週間短縮して完成しようとしていた。


「やるじゃない!」


 ズマサの整備がおおよそ整い、その中心になる映画館が完成したので、こけら落としが行われた。


 映画を上映できる環境をできるだけ早く整える事を優先したので、巨大なテントの中ではあったが、この世界では初の大規模上映とあって、エリを筆頭にナタルなど、要職者が軒並み参加していた。


「で、何を上映するの?」


「世界のクロサワ監督の代表作だよ」


「なるほどね……」


 言わずと知れた、村を守る為に雇われた武士が七人、村人と共に野武士たちに立ち向かう地球の映画の歴史に名を刻む不朽の傑作映画を、ソウタはこけら落としに選んだのだ。


 日本語を解する者たちにカ・ナンの文字への翻訳を依頼し、字幕をつける事に成功したので、言葉は分からずとも字幕でカ・ナン人は意味が分かり、かつ映像と音楽は言葉が分からずとも観客の度肝を抜いた。


 かくしてこけら落としは大成功となった。こうしてズマサは映画館を中心に飲食店や酒場が日を追って整っていき、連日大勢の客を集め、兵士たちの欲求不満を発散させる事に成功したのだった。

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