第28話


 ナタルとシーナの部屋の戸を開けると、すでに部屋には布団が敷かれていた。


 事前の説明も仲居さんから受けているが、改めて部屋のあれこれについて二人に説明をする。


 終わったので戻ろうとしたところ、ナタルからどうしても外に出たいと頼まれたので同行することにした。


「ソウタ殿、わがままを聞いてくださってありがとうございます」


 旅館の屋上に出ると少しひんやりした空気が、多少酒でほてった体を冷やす。空を眺めると月がすぐに沈んだためか、満天の星空が光っていた。


「これが……ニホンの、アユムさまの故郷の星空なのですね」


 そういうと、ナタルは手にしたものと星空を見比べはじめた。彼女が手にしていたのは星座早見盤だった。


「それが、アユムさんが持っていたものなのですか」


「はい。これが自分の故郷の星の地図だと言われていました」


 偶然、エ・マーヌの地に来てしまったアユムという青年は、元々、天体観測をするために山に入り、その帰り道にエ・マーヌに迷い込んでしまったという。


「アユムさまは政務の傍ら、夜になると熱心に望遠鏡で星空を眺めておられました。故郷とは異なる星空で、まだまだ知られていない星が沢山ある。それをできるだけ自分が見つけて、命名できれば、こんなに嬉しいことはないと」


 エ・マーヌはあまり雨が降らず雲も少ないこともあって観測しやすいと、この世界の技術では知られていなかった星々を次々に見つけるだけでなく、運行の観測も行っていたという。


 天文と占いがいまだ不可分である彼の世界で、アユムの観測による発表は大きな意味を持っていた。エ・マーヌ国内だけでなく周辺国の天文学者や占い師たちは、競ってその成果を受領しようと頻繁に訪れていたという。


「私も度々、アユムさまの望遠鏡で星を見せていただきました。そしてこの図を眺めて、これが自分の故郷の星の並びなのだと語っておられました」


 そしてこの思い出の品が、彼女がアユムから受け取って手元に残る、唯一の品となったのだという。


「未だアユムさまと再会することは叶っておりませんが、今こうしてアユムさまの故国の景色を、星空を観ることができました。ソウタどの、真にありがとうございます……。うっ。うっ」


 やがて、こらえてきた感情が一気に噴出した。


「アユムさまぁ、アユムさまぁ!うわぁあん!うわぁあん!」


 シーナも思わずもらい泣きしてしまった。


 ソウタはしばらくかける言葉なく、旅館の手ぬぐいを差し出し、優しく背中をさすった。


「ナタル姫、あきらめる必要はありません。兄君のリーン王も、アユム殿も、亡骸が見つかっていないと言うなら、どこかに、もしかするとこのニホンに逃れているかもしれません」


「!!」


「私のほうでも、アユム殿についてお調べしておきます。こちらに来ているかはわかりかねますが、行方不明になっているのであれば届けが出ているはずですから」


「あ、ありがとうございます!」


 ようやく涙がおさまってきたようだった。


「ではお部屋に戻りましょう。夜風が随分冷えてきましたから」


「ですね」


 こうして二人を部屋まで案内し終えたソウタは意図的にマナーモードにしていたスマホを確認する。


 案の定、ヒトミからの着信がひっきりなしに入っていた。ヒトミは日本を去る前に解約していたのだが、頻繁に日本に来る事になったので再度契約していたのだ。


「遅れてすまない」


「ソウタく~ん、おっそ~~い!」


 ヒトミの傍らに、日本酒の2合瓶が置かれていた。さらに空になっているようで、手酌でしずくを猪口に注いでいた。


「ヒトミ、お前そんなに飲めたっけ?」


「それよりソウタくん!お姫様とシーナちゃんと何やってたの!」


「ナタル姫にお願いされて外で星を見てたんだよ」


「二人で?!」


「三人で」


 フグかハリセンボンのように顔を膨らませるヒトミ。


「閣下と夜風に当たりながら星空……。いいなぁ……うらやましい……」


 うっとりしながら目を不自然に輝かせるリン。その様子をゲラゲラ笑いながら見ているメリーベル。彼女の周りには焼酎やウイスキーの空き瓶が何本も。


「まあ、お子様たちは寝たんだから、これから付き合いな!」


「明日朝の運転があるから、俺は今夜も11時までしか付き合えないぞ」


「そんだけありゃあ十分さ!さあ閣下も飲みな!」


 時刻は午後9時半過ぎ。残りは1時間半を切っていた……。



 翌朝、部屋で目を覚ます。


 置いている荷物は自分のものだから、自室であるのは間違いない。だが、男の一人部屋のはずだったのだが、今朝は他にヒトミとリンが浴衣を肌蹴させたたあられもない姿で布団の上に転がっていた。


「ったく……。目のやり場に困るだろうが」


 時間ギリギリまで各々の愚痴を聞かされながら酒を飲む羽目になり、歩行に支障を来たすぐらいまで飲んでいた事。


 ほとんど潰れていたヒトミとリンを確かに部屋まで運んだこと。それでなお足りないと揃ってダダをこねるので、水分補給を兼ねてグレープジュースをワインと偽り、ついでに二日酔いに備えて、それに効くと評判のシミ・そばかすの薬も飲ませようと自室に向かったところ、置いて行くなと付いてきて、結局自室で飲ませて……。


 それから意識が無くなったのを何とか思い出した。


「頭痛のほうは、何とか大丈夫だな」


 起き上がって自分の浴衣の乱れを整える。


「おーい、二人とも起きろ」


「ふわぁぁい」


 と頭を抱えて起き上がったところで、二人ともようやく事態を把握した。


「か、かかかかかっかぁ!」


「ひやああぁぁぁぁ!なんでぇ?!どうしてぇ?!」


「二人とも、部屋は隣だからな……」


 大慌てで自室に戻る二人。廊下でメリーベルとアタラがその様子を眺めて大笑いしていた。


「で、閣下ぁ、きちんと二人に手をつけたのかい?せっかくお膳立てしてやったんだけど」


 メリーベルはニマニマ笑っている。


「馬鹿言うな。そんなこと考える前に寝ちまったよ……」


「んー。二人に飲ませすぎちまったか、やっぱり」


「……」


 ソウタが来た時点でかなり二人が出来上がっていたのは、やはりメリーベルの所業だった。


 自室に戻った二人は受けたショックが大きすぎたのか、出てくる気配が無かったので、ソウタは先に朝風呂に向かう。二人とも朝食にはきちんと出てきたが、二日酔いとばつの悪さで、かなり落ち込んでいる様子だった。


 朝食はバイキング形式。例によってメリーベルとアタラが全種類、他人の倍を持ってきてあっという間に平らげていくのを眺める。


「お二人とも、まるで殿方のように食べられるのですね」


「常に体を動かし、山野を巡っているのが生業ですので、食べれるときに食べる体になっているのです」


 マナーを守りつつ淡々としながらも膨大な量を体に流し込むアタラ。


「閣下ぁ、あのビールって酒、ダメなのか?」


「おっちゃんたちの慰安旅行じゃないんだから、自重してくれ……」


 思わずナタルとシーナが吹き出してしまった。


 一方で、泥酔していた二人はまだばつが悪そうにしていた。


「酒に呑まれて、閣下の眼前であんなあられもないはしたない事を……」


「ソウタくんの真横で……私あんな……」


 ぐるぐると頭を抱えている様子だったので、一切気にしていないと告げる。


 最終日の三日目は郊外の大規模なアウトレットモールで買い物をして帰郷である。


 年少のシーナ以外には各々それなりの金額を渡し、好きなものを購入させた。金額についてはエリが指定した金額である。


 購入品の傾向はハッキリ割れた。


 素直に自分のファッションに使ったのはヒトミとリン。

 実用最優先でブーツなどを購入したのはアタラ。

 シーナも帽子と靴と文房具の購入に充てた。

 部下たちのために大量の酒類の購入を希望したメリーベルと、さらに多い人数に行き渡らせるために飴玉やチョコレートの購入を希望しナタルは、さすがに人の上に立つリーダーとしての自覚あってのことだろうか。


 そのことを知って、ヒトミが自責の念に駆られているようだったので、次の機会に買えばいいと慰める。


 そんなこんなで二泊三日の異世界人の日本旅行はあわただしく終了した。掛かった費用をエリに示すとその金額より内容に苦笑していた。


「しっかし費用の三分の一は、お酒の飲み代じゃないの。よく飲むわねぇ」


「メリーベルとアタラが主犯だ」


「まあいいわ。その分だけ仕事してもらうから」


 どのみち電卓一つこっちで転売すれば余裕でお釣りが来ると言えば、満面の笑顔で笑っていた。


「まあとにかく、ナタルもみんなもリフレッシュできたみたいだから上出来よ!」


「俺は正直疲れたけどな……」


 旅行は幹事が最も気を使い、そして消耗する事を思い知ったソウタだった。

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