第24話

 セキトを発って二日後。


 カ・ナンの国境に差し掛かった時、国境の関所が何やら騒がしくなっていた。騎兵団の旗が掲げてあったのを見ると、ヒトミも到着しているようだった。


「ソウタくん!」


「この人の数、何があったんだ?」


「それが、あの人たちが……」


 関所の前に野営のテントがいくつも張られていた。旗も服装も見慣れぬという。


「ありゃあ、東の方の砂漠地帯の連中みたいだね」


 メリーベルは海を駆け巡って世界を広く見聞していただけに詳しいようだった。


「あの、この人たちは?」


「ああ、今度からカ・ナンの傭兵として雇うことにした、海賊“赤いスペード団”の団長のメリーベルだ」


「よろしくお嬢さん」


「は、はじめまして……。カ・ナンの騎兵団長のヒトミです」


 その名を聞いて軽く驚くメリーベル。


「へぇ、お前さんが噂に聞いた、ゴ・ズマを蹴散らした女将軍かい。それにしちゃあ随分と……、大人なしめだけど」


 だが、ヒトミの周囲にいる騎兵たちの精悍顔つきと毅然とした様子を見て笑顔を見せる。


「ま、人は見かけによらないからな!」


「ともあれ、彼らに話を聞こう」


 野営していた集団は、メリーベルの見立て通り、遥か東の砂漠の国から来た軍勢だった。


 女性や子供の姿もあるが、半数以上が兵士で、その数約二千人というところ。誰も彼も疲れ果て、今は関所の脇を流れる清流の水を飲み、座り込んで動けないようだった。


「閣下、彼らが言うには、ゴ・ズマの侵略によって滅ぼされた、東方の国から落ち延びてきた王家の一団というのですが……」


 関所の責任者からの説明を聞く。


「閣下ぁ?お前さん、やっぱりただの商家の若旦那じゃなかったんだねぇ」


「ああ。黙っていて悪かったけど、俺はカ・ナンの宰相だ」


「やっぱりね。唯の商家の若旦那にしちゃあ物事大きく仕切れると思ったら、そういうことだったのかい」


 ソウタは自らがカ・ナンの宰相であることを告げ、一団の代表者と面会すべく、最も立派なテントに向かった。


 衛兵に声をかけると、頭にターバンを巻き立派な髭を蓄えた歴戦の猛者らしき精悍な男が現れた。唯の隊長ではないと感じるが、相手はソウタを見るなり驚き駆け寄ってきた。


「おおぉ!お主、生きておったのか!!」


 両肩をつかまれてゆすられるが、まるでこの男に記憶は無い。男は思わず涙を浮かべているようだが問うことにした。


「も、申し訳ないけど、俺は貴方の事は知らないんだが……」


「た、確かに声が違う……。顔も良く見れば……。これは失礼した!知己に似ていたもので」


「俺に似ていた?」


「その男はアユム。少なくとも髪と目と肌の色、お主と同じ民族であることには疑いない。聞いたことはあるか?」


「いえ、思い当たりは……」


 少なくともソウタの身近で聞いた事のない名前だった。


「俺の名はタツノ・ソウタ。このカ・ナン国の宰相代理だ。話を聞かせてくれ」


「我が名はマガフ。マガフ・サブラ。この地より遥か東にあったエ・マーヌ王国より、ゴ・ズマに追われ、恥を忍んでここまで逃れてきた。あの天幕にはエ・マーヌ王家最後のお一人、ナタル・マーヌ様がおられる」


 案内されて天幕に通される。


「失礼いたします」


 天幕の中に入ると、この中だけは香しいお香の香りで満たされていた。それだけでなく一行では唯一といってよいほど清潔に保たれた様子でもある。


 薄絹の幕の向こうに少女の姿が見えた。彼女がナタル姫であった。


「アユム、アユムさまですか!?」


 やはりナタルもソウタの姿を見るやアユムと間違えていた。


「申し訳ありません。俺はソウタ。タツノ・ソウタと言います」


「失礼をいたしました。やはりアユムさまはあの時……」


 ソウタは二人の前で購入してきた食料品の一部を渡すよう指示すると、二人からこれまで何があったのかを聞いた。


「エ・マーヌは長く内戦が続き、国土は荒廃し身分の上下を問わず疲弊していました。エ・マーヌを再統一した私の兄上、リーン王はそのことに心を痛めていました」


「そんな時、兄上はエ・マーヌを訪れたアユム殿と知己を得て、大臣として抜擢だれたのです」


 アユムという青年は内務大臣に抜擢されると、リーン王の後ろ盾の下で内政改革を次々行い、近代的な制度を整え、合理的・科学的な公共事業を行って、荒れ果てた国土と民心を回復させていったという。


 最初は新参者に好き勝手にされることを憂いていたマガフだったが、アユムの実績と真摯な態度に考えを改め、やがて積極的に協力するようになった。


 アユムの内政は、旧守派からは非難と抵抗を受け続けたが、治水・農政・商業改革が軌道に乗ると、リーン王や若手家臣、そして何より国民から絶大な支持を受け、やがて臣下では最高位を得て、ついにはナタル姫との婚約にまで至ったという。


「だが、そんな我が国にゴ・ズマが……」


 周辺国が次々陥落していくのを見て、エ・マーヌは直ちに戦う準備を始めた。


 アユムはゴ・ズマの情報を集めると、抵抗せずに従うよう進言したが、これは重臣たちだけでなくリーン王も受け入れず退けてしまった。


 已む無くアユムはマスケット銃の作成と配備、あわせて大砲部隊を整備させて歩兵、騎兵、砲兵による三兵科を整えた。


 新式装備とその運用を理解したエ・マーヌ軍は、緒戦でゴ・ズマを圧倒。それからしばらくの間は先遣隊を相手に勝利を重ねた。


「ですが我が国、エ・マーヌは孤立無援だった上に、国土の大半は平坦で地の利を得られず、善戦はしましたが、圧倒的な大軍のゴ・ズマに抗いきれなかったのです」


 やがてゴ・ズマの本隊が到着すると、圧倒的兵力差の前に敗北を喫し、ついに首都を追われてしまう。


 その後、エ・マーヌ軍は各地を転戦するが、ついに僻地に追い詰められてしまった。


 そしてリーン王とアユムは、マガフに最後の精鋭とナタルを託して、落城と共に消息を絶ってしまったのだった。


「我らはエ・マーヌの再建と、討ち取られた者たちの仇を討つために、恥を忍んでここまで放浪してまいりました。聞けばカ・ナンもまたエ・マーヌと同様の境遇のご様子。何卒、我らもゴ・ズマを討つために傘下にお加え下され……」


 マガフは深々と頭を下げた。


 彼らが国を追われて数年間、受け入れ先を求めて西へ西へと放浪を続け、このカ・ナン国境に至ってついに糧食も資金も枯渇してしまったのであろう。


 ソウタはゆっくりと口を開いた。


「おそらくこれより西の国でも、あなた方の受け入れは困難でしょう。ですが我が国は、あなた方を見捨てることはしません」 


「おお、では!」


「はい。俺の独断ですが、貴方たちを受け入れます。まず子供と女性に食料と水を優先して、動けるようになったら教えてください。王都にご案内します」


 ソウタの即断に、マガフもナタルも涙を零して感謝した。居合わせたヒトミも涙を流す。反対する者は誰も居なかった。

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