第23話
メレクとの話が一段落したところで、表が急に騒がしくなった。
「何があったんだ?」
「はい、実は……」
ボロボロの身なりの者たちが駆け込んできたのだ。どうやら海賊だという。
関わるのは危険だとビルスに諭されるが、本物の海賊を目にするのは初めてだからと話を聞くことにした。
海賊の頭目は女だった。彼女は「赤いスペード団」という海賊団の頭目で、メリーベルと名乗った。
身なりは随分とボロボロになっていて、顔も額に小さな傷があった上に、かなり日に焼け、いや、元々褐色の肌の色なのだろう。そして色々な匂いがキツイことになっているが、とにかく顔は精悍で端正に整っているので美女だとすぐにわかる。なおかつスタイルは抜群に良かった。
「何とか助けて欲しいんだよ……」
話を聞けばこの海賊たちはこの周辺の国を狙わず、むしろ私掠船として遠い国の船ばかり狙って稼いできたという。
だが、膨張を続けるゴ・ズマの海軍が先日、海賊たちの根拠地を掃討。
圧倒的な戦力差の前に海賊たちは大敗。彼らは命からがら脱出して、数か月に及ぶ逃亡の末にかろうじてセキトにたどり着いたのだ。
だが、ゴ・ズマに追われた者たちの身柄を引き受けると後々トラブルの原因になりかねないと、スポンサーから早々と見捨ててしまったのだ。
さらに船は損傷がひどく、どれも使い物にならない上に、碌な積荷も無く、壊血病の病人ばかりだったことから、他の国や商人からも拒絶されてしまう。
セキトへ出入りする船への被害は皆無だったので、逮捕こそされなかったが、短い期日での退去を言い渡されており、その期日も目前に迫っているという。
「お願いします!このまま放置されたら、彼らは皆死んでしまいます!」
同行していた青年テオも訴える。カ・ナンに駆け込んできたのは、ここが最後だったからであろう。
「わかった。まず見てみよう」
ソウタは即決した。ビルスたちの反対をよそに、早速メレクらを連れて、海賊たちの下に向かう。
彼らが言うように、停泊していた船はどれも損傷が激しい。その上、怪我人・病人は着の身着のまま床に転がっており、悪臭も漂っていた。
「確かに全員壊血病に掛かっているわね……」
メレクは船に乗っている者たちの殆どが壊血病にかかっていると診断を下した。
「そしてあまりに不衛生……。このままだと掛からなくていい病気に感染して全滅しかねないわ」
そこまで聞いたソウタは決断を下した。
「わかった。君たちの面倒はこっちでみる!」
さらに驚き反対する商会の面々。だが。
「彼らはゴ・ズマと戦ったんだ!だったら同じゴ・ズマの敵として助けるのが筋だ!」
ソウタはすぐに腕時計の取引で面識を持った有力商人と交渉し、都市の外れの漁村に収容させてもらえるよう手配した。
「資金は腕時計を売った分があるから気にしなくていい!すぐにテントと包帯と強い酒、そして寝具を調達してくるんだ!」
人手は主に漁村の住民。彼らに現金の報酬を提示して、漁村の外れに広がる空き地に総出で、全員が収容できるだけのテントを張った。
船の移動が終わると降りてきた海賊たちを全員お湯で洗い流し、壊血病のみの者と怪我人を分けて収容する。
テント一つに並べる海賊たちの人数や配置は、医師であるメレクに一任する。
メレクは近代医療の一端の知識を持っているだけに、衛生にも配慮しているのが素人目にも理解できた。これには医者の卵らしいテオも驚いている。
そして穀物の薄い粥を用意させて食べさせた。薄い粥にしたのは、飢えた者にいきなり固形物を与えたら、命を落としてしまう事をソウタは知っていたからだ。
「取り急ぎはこれで何とか……。しかし壊血病はどうしたものでしょうか……」
懸念を口にしたメレクにソウタは告げた。
「俺は壊血病の特効薬を持っているから、それで全員を治療するんだ」
『壊血病の特効薬!?』
ソウタが壊血病の特効薬を持っていると聞いて、全員が驚く。
「長い間、船旅してると壊血病の患者がたくさん出るのは聞いている。だから用意してきたのさ」
特効薬の正体はビタミンの錠剤だった。
壊血病はビタミンCの不足で引き起こされる病気である。
この世界特有の病原体が原因の病気の治療薬は当然地球には存在するはずはないが、栄養素の不足が原因の病であれば、同じ人間相手なので必要な栄養素を補填すればよい話である。
「この薬、本当に効くのですか?」
「大丈夫だ。もしダメなら、それまでだったとあきらめてくれ」
メレクの問いに、ソウタは自信満々に返答した。
「本当に済まない……。でもなんで、海賊のアタシたちにそこまでしてくれるんだい?」
メリーベルがいぶかしがるのは当然だった。
「苦しむ人たちを目にして、見捨てておけなかったから。じゃ不十分かい?」
その言葉に感服する一同だが、メリーベルはなお尋ねる。
「本当に、それだけなのかい?」
「もちろんそれだけじゃない。君たちにこの薬が壊血病の特効薬だってことを、身をもって証明してもらいたいんだ。一人二人でなく何百人も一度に治せば、疑う奴はいなくなるだろうからね」
ソウタは彼らを治療することで、ビタミン剤の効能を宣伝し、販売に繋げようと考えたのだ。
かくして郊外の漁村の空き地にて、大規模な治療が行われた。
ビタミン剤の投与だけでなく、メレクの指揮の下で衛生面にも気を使った、近代的な体制下で行われた治療は、セキトに在中していた他の医者たちも見学に訪れるほど。
なおビタミン剤の効果はてきめんで、壊血病を発症していても軽症な者は一週間ほどで快復し、重症者も命を落とすことなく徐々に回復していった。
「これはすごい!壊血病がたちまち治っていくなんて!」
メレクもテオも、みるみる患者たちが快復していくことに驚きを隠せなかった。効果を疑っていたほかの医者たちも、結果を目にして驚嘆している。
「それにしても、これほど貴重な特効薬を海賊なんぞに惜しげもなく使われるとは……」
ビルスの懸念にソウタは答える。
「いいんだこれで。これでこの薬が本当に効くことは証明されたわけだから。これでこの薬は評判になって引く手あまたになるよ」
十日後。治療した海賊たちの総勢は300名ほど。怪我はともかく、薬の効果と持ち前の生命力で壊血病は皆が完治していた。
「確かにみんな病気は治してもらったが、だからってタダじゃないんだろ?」
「もちろん。だけど今の君たちには払うアテがあるのかい?」
彼らの乗ってきた船はどれも損壊が激しく、浮いているのがやっとの状態だった。これでは乾燥させたあとで焚き付けの木材としての価値しか無いだろう。
「これが……ある」
彼女の胸元には海馬を模した天然真珠の首飾りが下げられていた。
「確かに。これほど大きな真珠だ。安いものじゃないはずだけど」
「頭、それはいけませんぜ!」
「そうでさぁ!それは若先生が頭のために!」
聞けば海賊船に医者として乗り込んだ“若先生”ことロイドは博物学者でもあり、船乗りには程遠いほど大人しい男だったが、持ち前の知識で数々の危機から彼女たちを救い、皆から信頼されていたという。
その真珠は彼が立ち寄った島で発見した貝から得たもので、これまでの船賃と婚約の証にと彼女にプレゼントしたものだという。
「そうだったんですか……ロイド兄さんがそれを」
医者の卵の青年テオはそのロイドの弟で、帰港の話を聞くと兄の身を案じて駆けつけたと言う。
「ロイドの奴は脱出のときに私を庇って何本も矢を浴びちまって……。それでも他の皆の手当てを続けてな、最後は一番怪我の軽かった私の額の傷直したら、そのまんま力尽きて死んじまったのさ。この胸ん中で……」
「でもこれで皆が助かるんなら構わねえ!足しにしな!それで足りなきゃアタシの体でも好きにしなよ!」
大きくため息をついてソウタは答えた。
「そんなもの、受け取れるわけ無いじゃないか……」
「だからってタダじゃないんだろ?!」
「いいかな。一人につき金貨20枚。同額の銀貨でもいい。払えれば自由にしていい」
皆が目を剥く高額である。無論今の彼らに用意できる額ではない。
「払えないなら、代わりに一人一人、体で払ってもらう。つまり傭兵としてカ・ナンに来てもらうことにする。これでいいかな?」
海賊たちは驚きどよめく。
「ほ、本当にそれでいいのかい?!」
「カ・ナンはこれからゴ・ズマと戦わなきゃいけないが戦力が不足している。だけど数を揃えるのに傭兵を雇おうとしたら、これ以上の高額を要求される。だから君たちを治療代分、傭兵として働いてもらいたい。それでいいかな?」
理想と実益、その両方の理由を聞かされたメリーベルたち、そしてカ・ナンの者たちは、ようやく納得した。
「そんな訳で君たち、申し訳ないが、しばらく船はお預けだ。その代わり最初の仕事として、カ・ナンに戻る護衛を勤めてもらおう」
彼らの治療のために、腕時計4つ分の利益が吹き飛んでいた。
だが、他に腕時計を売って得た利益は遥かに膨大であり、何より彼らの治療のために奔走した事で得たものは遥かに大きかった。
「馬車一台分丸まるの資金だ。来た時の護衛では、守りきれなかったに違いない」
アタラは感心していた。今回得た資金は、金貨を満載した木箱が100箱にも及ぶのだ。戻りの際に同行したのは元海賊たち300名ほど。この人数で護衛していれば、そこらの盗賊団では手出しできないだろう。
こうして、セキトでの取引を終えた一行は帰国の途に着いた。得たものは潤沢な資金と日本語を解する女医、そして元海賊たち。当初の想定を大きく上回る成果をあげたのだった。
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