第22話

 時計が売れて大きな収入を得たところで、ソウタはシーナとアタラをつれて市中を見回った。


 アタラは護衛のためだからと、髪をまとめて大きな帽子を被り、服も男物を着用。身長もソウタと同じくらいあるので、遠目には女性に見えない格好になっていた。


「これなら怪しまれないよな」


 どんな物が売られていて、どれほどの価値で取引されているのか。どんなものをもってくれば高く売れるだろうか。完全に商人の目線になっていた。


「カ・ナンの若旦那!ご婦人への土産に宝石なんかどうですかい!」


 時計を購入した商人の一人は宝石商だった。早速腕に巻いている。


「じゃあ、見せてもらおうか」


 ソウタが大金を動かせる立場にあるのを知っているからか、上機嫌で上得意にしか見せないような上物ばかりをみせてくれた。


「うちの一番の売りは真珠ですぜ、若旦那」


「すっごーい!きれい!」


 シーナが驚きの声をあげた。大きく複雑な、いびつな形の真珠に金銀の細工が施されたものがいくつも鎮座していたからだ。一番大きいものはビー玉ほどはあるだろうか。それでも球体には程遠い。


「なるほど、随分高いんだね」


 同じ大きさのエメラルドの倍以上の値がつけられていた。


「そりゃあもう。ご存知の通り、真珠は命がけで海に潜って、何万という貝を拾い集めてその中に売り物になるのが一個あるかどうか……。命を賭けなきゃ手に入らない、宝石の女王ですから!」


「宝石の女王か……」


「ええ。真珠の首飾りは王族貴族のご婦人方の垂涎の的です。仕入れた端から飛ぶように売れますからね。それに産地の東の方から、なかなか最近流れてこなくなりましたからね。もっともっと値上がりしますよ。資産として抑えるなら今のうちですぜ」


「なるほど……。じゃあもし、俺が真珠を仕入れてきたら、取り扱ってくれるかな?」


「カ・ナンの小さな真水真珠じゃ大した価値になりませんがね。ですが若旦那の事だ。本当に真珠を仕入れていただけるなら、やぶさかじゃあございません」


「ありがとう」


(真珠はいけそうだな……)


 地球では長年天然真珠がもてはやされていたが、20世紀初頭から日本で作られた養殖真珠が大々的に世界市場に出回り、20世紀半ばまでには完全に養殖真珠が世界を席巻。安定供給と需要の落ち着きに伴って価格も低下していったのだ。


 現在の真珠は、日本だけでなく世界各国で養殖され、比較的求めやすい価格で出回っている。


 流石に人工真珠を持ち込むのは気が引けるが、完全な球状で大きさが揃った真珠の首飾りなどは、破格の値段で売れるに違いないだろう。


 などと考えながら、銀貨で入金した分で何か買うことにした。


 アタラに欲しい物は無いかと目配せしたが、自分には不要だと首を振るので、仕方なく何か適当に買う事にした。


「これは?」


 それは銀色に光る指輪だった。だが、手持の銀貨と比べて材質が違うのは理解できる。


「さすが若旦那、お目が高い。これは東方ともさらに西方の海の果てから来たとも言われる、珍しい銀で作られた指輪でして。珍しい銀とはいえ、金ほどの値打ちはないと言われちまいまして、まあお手ごろなものですよ」


(これ、多分プラチナだな……)


 プラチナは日本では金並みの価格で売却できるのだが、他にプラチナ製品は無いようで、日本に持って帰って転売して利益を出すのは望めないようだった。


「よし、じゃあ、これを貰おう」


 特に深い意味はなく、この店への挨拶程度のつもりで、対になっていた指輪を買った。


「で、この指輪、誰にあげるの?」


「まだ考えてないな……」


「ふーん、そうなんだ。てっきり……」


「てっきり?」


「ううん、なんでもないよ!」


「そうか」


 誰かに渡すつもりがあって買ったわけではなかったので、そのまま鞄に入れた。そしてしばらく存在を忘れてしまったのだった。


 宝石商を出た後は、薬を商う区画に足を運んだ。


 薬といってもほとんどが生薬を販売してる店で、素人目にはどれも得体が知れず、札に効能が記されていても、本当に効能があるのか疑わしいものばかりが並んでいるようだった。


 特に羽振りのよさそうな店で呼び止められるソウタ。この店主も腕時計を巻いている。


「カ・ナンの若旦那、これの薬はどうですかね?」


「……」


 見せられたのは、ガラスの瓶に異形な形の蛇らしき動物が漬け込まれた赤黒い液体。どうやら精力剤らしかった。


「俺はまだ若いから大丈夫だよ」


 同行するアタラは苦笑し、シーナはその薬が何なのか全く理解できていない様子だった。


「失礼。貴方はカ・ナンの商人なのですか?」


 その時、ソウタに呼びかけてきたのは、大学で助教授を務めていそうな才気ある声。振り向いてみると、30ほどに見える、知的で精悍な亜麻色の髪の豊かな女性だった。お供に二名の女性も連れている。


「え、ええ。イコエ・トウザといいます」


「あ!メレク先生だ!」


「あら、シーナちゃんじゃない」


 シーナはその女性の事を知っていた。先生と呼ぶという事は、教師なのかはたまた。


「イコエお兄ちゃん、この人はメレク先生。お医者さんなんだよ」


 メレクはカ・ナン出身の女医という。さらに連れの二人は看護士だった。


 ソウタは出張所に戻ってメレクとゆっくり話をすることに。ソウタはここで自分の素性を明かした。


「貴方が、ソウタさま……。ええ、女王陛下とヒトミ騎兵団長が度々お名前を呼ばれていたので存じております」


 彼女がヒトミの怪我を治療したという。矢傷の処置は適切で縫合も見事だった為、ヒトミの傷跡は、残っているとはいえ、かなり綺麗に処置されていたのだ。


「ヒトミの事を救って頂き、本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げるソウタに、メレクは医者として当然の事をしたまでと応える。


「私はカ・ナンの農家の娘でしたが、先君の時代に整備された教育体制のお陰で、師範学校から医学校に進むことができ、カ・ナンでも初の女医になることができました」


 この世界でも極めて珍しい女医であるメレクは、先日まである国の王妃の治療を務めていたという。


 女性でありながら腕は確かだと王妃たち女性からの評判は良かったのだが、現地の他の医者たちに睨まれてしまい、結局居場所がなくなってしまったので、あきらめて他国への移動を検討していた最中だったという。


「失礼ながらどういった教育受けられたので?」


「薬の選定・調合はカ・ナンに古くから伝わるものですが、診断や止血・縫合については、エリ女王陛下が持ち込まれた医学書で学びました。陛下には特に目をかけていただき、日本の文字を読めるように直々に教えも頂いています」


 彼女は特に優秀だと見込まれ、かつエリが気に入ったこともあって、直々に日本語を読めるように教えを受けていたというのだ。


 カ・ナンの衛生・医療についてはエリの両親や前宰相ワジーレの時代から熱心に整備されていた。


 エリの両親は地球の技術そのもの移転にはかなり慎重だったが、教育と医療・衛生の“知識”は熱心に導入していたのだ。


 各村ごとに初等学校を設置し、成績優秀な者は補助金を与えて将来の教師となるべく師範学校に進学。さらに優秀で医者の適正がある者向けに医学校を設立しており、特に女医の育成に熱心だった。現在ではカ・ナンの医師の二割が女医だという。


 これはカ・ナン首脳部が各村に一人ずつ医師を常駐させる事を将来の大目標に掲げて、医師を教育、増員を目指していたからである。そのため、成績と適正が認められれば、女性であっても門戸を開くように、王家から強く要望が出ていた。


 さらに医師は知識と技術が肝要なので、医学校で免状を得るだけの知識と技術の習得がなければ医師として認められないとしていた。


 その上、定期的に国に実績の報告と、十年おきに免状の更新のため医学校に出向くよう義務付けられていた。

 

 現在では国外でもカ・ナンの医者は確かだと評判が高い。特に名医と名高いメレクは国外に呼ばれることもしばしばだったという。


「ですがカ・ナン以外ではどの国でも、高度な医療は男にしかできないと決め付けられて、定着させてもらえないのです」


 メレクも他国の王妃や姫君など最上流層の女性の治療を任されることはあっても一時的なもので、すぐに追われるだけでなく、身の危険に晒される事もしばしばあったという。


「メレク先生、これからカ・ナンはさらに厳しい戦いに挑む事になります。俺は日本から技術を持ち込むことに躊躇しませんし、エリからも許可はもらっています。日本語が読めるというのでしたら、より高度な医学書や、器具を持ってきますから、是非とも故国カ・ナンに力を貸してください」


「願っても無いお言葉です閣下。私でよければ……」


 こうしてソウタは日本語が読める医者という貴重な人材を確保できたのだった。 

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