第17話
車で一時間ほどで、この地方の中核都市に到着。
「これが閣下の故国の都、なのでしょうか?」
リンが思わず呟く。ぼんやりした視界でも、周囲の建物がこれまで見たことも無いほど巨大であることはわかるようだ。
「巨大な塔が林のように並び立ち、人の数も多い」
アタラも思わず感嘆の声を漏らしていた。
「違うよ。今日は平日だから全然少ないし、ここより大きな町もいくつもあるんだよ」
ヒトミの説明に二人は驚く。
「ねえ、どうしてこの二人を連れてきたの?アタラさんは何となくわかるけど……」
道すがら、ヒトミが尋ねてきた。
「お察しの通り、アタラは弓をあげようと思う。リンは秘書やってもらってるけど、近眼すぎて仕事に支障来たしているから眼鏡をね」
「コンタクトレンズじゃなくて?」
「コンタクトレンズもいいけどさ、あれ不慣れだと、すぐ無くすし。何より……」
「何より?」
「俺は眼鏡の方が好みだから」
「そ、そうだったんだ……」
思わぬところでソウタの好みを聞いて、複雑な表情を浮かべるヒトミだった。
そんなわけでソウタが皆を連れて真っ先に向かったのは、眼鏡の専門店だった。
「伯父さんが、眼鏡は体の一部だから出費を惜しむなって言ってたからね」
総ガラス張りのショーウインドー、自動ドアを潜って店内に。
すぐさま店員に声をかけ、リンの視力測定から眼鏡のレンズの調整に入る。同時にフレームのデザインもリンに選んでもらう。
リンは恐縮していたが、彼女自身の一部になるのだからと本人に選ばせた。
幸い、フレームと彼女の視力に合致したレンズの在庫は店内にあり、即日受け取ることが可能だった。
「予備も必要だからね」
ソウタはさらに予備も購入。惜しんでしまってこれが最初で最後の機会になってしまってはいけないからと、長持ちするであろう、特殊加工されたプラスチック製とガラス製の二本立てで用意することにしたのだ。
しばらく待つと、リンに合わせた眼鏡が用意できた。
「どう、眼鏡は?」
「これが……世界……。これが、閣下のお顔……」
幼いころから悪化していた視力が特殊プラスチック製レンズによって矯正され彼女の頭脳に明確な世界の姿が飛び込んできた。
「世界はこんなにもクッキリとした輪郭を持っていて、果てしなく深かったんですね……」
リンは感極まって涙が零れそうになっていた。
「そこまでお喜び頂けて光栄です」
リンのあまりの喜びの様子に、店員が恐縮してしまっていた。
「あ、あの。伊達眼鏡……、ありますか?」
今度はヒトミが店員に尋ねた。
「何でまた……」
ソウタがいぶかしむが、ヒトミはそっけなく、私のお金で買うからいいでしょ、と返すだけ。どことなく拗ねた口調になっているが、ソウタには原因が思い当たらない。
眼鏡店を出るとリンは目に映る景色が鮮烈で新鮮なのかとにかくキョロキョロとしていた。
「これが日本……。本当に、この世のものとは思えません……」
ともあれ次に向かうのは貴金属店。
眼鏡はソウタの自費で購入したが、他はカ・ナンの国費で購入するため、金を換金せねばならない。
「お持ちいただいた金は全て金のレートは只今1gあたり4,500円で、お持ち込みいただいたのが約1kgですので……」
「これが、これに化けた、と」
現金で450万円ほど。これが今回用意された純粋な軍資金である。
「通貨が紙なのですか?!」
「まあ、電子取引といって、手元にお金が全く無くても物は買えるんだけどね。ただ、そっちだと今回は色々と面倒もあるから」
「さて、次は……」
車に乗って少し郊外に出て、アーチェリーの専門店に向かう。次はアタラ用の弓を調達する為だ。
アタラには事前に、日本では狩猟用であっても弓を用いるのが禁じられていることを伝え、その上で使いやすいものを選ばせた。
「これが手になじむな」
そう言ってアタラが選んだのは男性向けの弓、コンポジットボウだった。他に必要な装備一式をまとめて購入する。
「お客さん、間違っても狩りに使わないで下さいよ」
ソウタは、異世界で狩りだけでなく実戦に使うつもりです、とは言えなかった。
その次はミリタリーショップに向かう。アタラに迷彩服とブーツを中心にした装備を確認してもらうためだった。
「なるほど。この衣服であれば、山野で目立たず活動できるな」
アタラは日本人男性の平均身長はあるので、サイズに難儀はしなかった。サイズに合う上下を3着とブーツを2足購入。使い勝手を試してもらい、後で猟兵たちに支給するためだった。
日が暮れようとしていたので、夕飯にする。ヒトミからの強い要望もあって、昔なじみのうどん屋に向かった。
「ここのうどん、美味しいんだよ」
鰹だしのスープにしっかりした歯ごたえの麺が人気の老舗だ。
ヒトミはきつねうどんを選び、ソウタはすき焼きうどんで、リンは天ぷらうどん。アタラは肉うどんで、さらに麺と肉を大盛に。
やさしい味なので、アタラ以外はそのまま満足して食べていたが、アタラだけは薬味に七味唐辛子を結構な量をふりかけて、さらにゆで卵を大量に食べていた。
「鳥の卵がこれほど大量に食せる機会はないからな」
ソウタもヒトミも特に意識していなかったが、鶏卵が大量に安く出回っているのは確かにカ・ナンでは考えられないのだろう。
その後、時間があったので、展望台がある山に向かう。ケーブルカーで頂上に登り、下界の夜景を一望する。
「天の光がかすんでしまうほどとは……」
「こ、今夜はお祭りなのでしょうか?」
夜景に驚く二人にヒトミが優しく答える。
「ちがうよ。当たり前の一日の当たり前の平和な夜なの。そしてこれの一つ一つが人の家の明かりなんだよ」
「これが全て人家の明かりなのか?!」
「まあ人家だけでなく街灯、工場もあるな」
カ・ナンだけでなく、向こうの世界では、余程の巨大都市でもない限り、真夜中は真っ暗になる。だが、こちらでは夜遅くでも消えることなく明かりが灯り、その明かりの下で働き続ける人たちがいる。それが良いことなのかどうかはさておくわけだが……。
夜の観光を終え、この日の最後はスーパー銭湯に立ち寄った。
ヒトミには悪かったが、ソウタにとってはこの日、一人でゆっくりできる唯一の時間だった。
さまざまな浴槽を周って、体と魂を洗ったあと、マッサージチェアでリラックスしながら女性陣が出てくるのを待つ。
「ソウタくん、お待たせ!」
湯上り美女が三人。一日に二度も入浴するのは人生で初だろうが、今度はその広さと設備に圧倒されたようだった。
「浴場が広大なだけでなく、川のように流れがあったり、泡が吹き出してきたり……。大国の貴族王族でさえこれほどのものは堪能できないでしょう……。本当に私たちが訪れても良かったのでしょうか?」
「公衆浴場のグレードを少し上げただけだから。実際、家族連れ多いだろ。気にしなくていいよ」
恐縮気味になっていたリンにソウタが答えた。
帰りに24時間スーパーとコンビニに立ち寄って朝食等の買い出しを行って帰宅した。時刻は夜10時を回ろうとしていた。
「みんな疲れただろうから先に寝ていてくれ」
リビングを片付け、客用布団を敷いた。
「や、柔らかい……」
「野に付したり、わら束で寝るのには慣れているが、こうも立派な床は経験が無い……」
「よ、よろしかったのでしょうか?」
二人とも反応はさまざま。
「気にしなくていいよ。これで一般的な“庶民”水準なんだから」
「そうだよね。うちもソウタくん家とあんまり変わってなかったから」
「これで庶民!」
リンは絶句してしまった。
「とにかく、みんなもう寝よう。明日は明日でやることがあるからさ」
二人を一階に寝かせて、ソウタはヒトミと共に二階の自室に戻った。
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