第18話

 寝る前にヒトミを部屋に呼んで打合せを行う。


「ソウタくん、今日はお疲れ様」


「こっちこそ手伝ってくれてありがとう」


「ううん。面倒を見るだけだったら苦にならないから。剣や槍のお稽古したり、戦争の準備するよりはずっと気が楽だし……」


「そうか……」


 ヒトミの顔が少し険しくなった後、いつもの柔らかい表情に戻る。ヒトミが真剣に険しい顔で何かをやっていたのは、ソウタが知る限りエリと三人で行動していたとき、それもかなりの大事だった時だったのを思い出す。


 以降中学・高校と一緒だったが、彼女の真剣に張り詰めた顔を見たのは久しぶりだろうか。


「二人は明日には帰そうと思う。本格的にカ・ナンのための資材を調達するのは明後日からにするよ」


「アタラさんはわかるけど、リンさんも帰すの?」


「二人を長期滞在させるのは怖いんだ。こっちで病気とか掛かったら大変だからね。だから、眼鏡も弓も、本人にこっちに来てもらわないと調整できない道具を先に揃えたんだ」


「そうだよね……」


「秘書官が近視で業務に支障来たしてたら力は当然発揮できない。弓手はある意味騎兵より貴重で、弓の調達は剣より楽だし、安く手に入るからね」


「弓のほうが安いんだ……」


「というか、"刀”は高すぎるんだよ。これを見てくれ」


 ヒトミの疑問にソウタはパソコンを開いて見せる。


「一本15万円、20、30、50、100、300……。ふぁぁぁ……。こんなに高いんだ……」


 ネットに掲載されていた日本刀の金額を見て、ヒトミは絶句してしまう。


「ああ。みんなに刀を持たせてやりたいのは山々だけど、この軍資金じゃ、とても5千人分揃えるのは無理だ」


 手元に100万円の札束が4つ。高額の現金だが、これで揃えられる刀は安物で30人分というところだろうか。


「金額も問題になるけど、何より数が数だからな。五千人本の刀なんてお金があっても一気に売ってくれると思うか?」


 今の、というより豊臣秀吉の刀狩以来、日本で一般人が大量に武器を調達するのは不可能になっているのだ。


「そう、だよね……やっぱり無茶だよね。武器をたくさん揃えるなんて……」


 目を落とすヒトミ。やはり現代日本で、カ・ナンの軍備を整えるだけの武器を調達するのは不可能なのだと諦めようとしていた。


 だが、ソウタは笑顔を見せて続ける。


「ああ。確かに武器を大量にそろえるのは無理だ。でも」


「でも?」


「材料なら調達できる。材料があればタクミノで作ってくれるからね」


「材料……」


「詳しい話は明日にするよ。今日は疲れただろうから、もう寝よう」


「う、うん……」


「それはそうと、なんで眼鏡かけたんだ?」


「……。今頃気付いたんだ」


 ヒトミが買ってきた眼鏡をかけていることを今更ながらにソウタが言及すると、不機嫌そうにヒトミは部屋を出て、ピシャリと戸を閉めてしまった。


「?」


 ソウタは何故ヒトミが不機嫌になったのかよくわからなかったが、一気に瞼が重たくなったので、そのまま深い眠りに落ちた。


 翌朝は昨夜に購入しておいたサンドイッチやパンを中心にした朝食。中でも卵系はカ・ナンでは滅多に食べられないものだった。アタラは肉類が足りないと言っていたので、朝から鶏肉を中心に。


 実は帰宅の道中で鶏肉系のファーストフード店から、フライドチキンを紙バケツ一杯分購入していたのだが、ほとんど一人で食べてしまった。


 一方、リンはシロップを封入したパンケーキがお気に召したようで、幸せそうにかみ締めていた。


 朝食後、ショッピングモールに向かう。最初に早い時間から開店しているホームセンターに入って、あれば便利なもの、向こうでも量産できそうなものを農作業用具やアウトドア用品を中心に物色する。


「電化製品はとてつもなく便利だけど、電気が無いと何の役にも立たないから、それ以外で使えそうなものは無いか、探したいんだ」


 あちこち見て周り、気になった用品はソウタが説明して購入を検討する。


 今回はリュックサック、ドーム型テント、サバイバルナイフ、シャベル、七輪、使い捨てカイロなどを購入した。


 その後、商会の娘シーナの学習用にとソーラー式電卓を購入。カ・ナンでも何故だかアラビア数字と10進法が普及していたため、電卓はそのまま使えるからだ。


 その上、ソーラー式電卓は光源さえあれば使用可能で故障もほぼ無いので、向こうでも長期間使用できる利点があった。


「そういえば、カ・ナンはアラビア数字が普及していたよな。あれはエリが広めたのか?」


「私が聞いた話だと、もっと前から、便利だから他の地域でも使っているんだって」


「そうか」


 誰が持ち込んで普及させたのか気になったが、今は原因を調べるより調達が先だと頭を切り替える。


 他に鉛筆とつけペン、万年筆にボールペンも購入。A4コピー用紙も箱買いする。


 昼食をフードコートで取った後、とりあえずの荷物を託して二人を転移門から送り返した。


「閣下、私もご一緒させてください!」


「大丈夫。次の機会にお願いするよ」


 リンは懇願したが、ソウタが向こうで支度しておいて欲しいことがあると説明すると、しぶしぶ了承して戻ってくれた。


「それで、これからどうするの?」


「まず大学に行く」


 母校に向かったソウタは、事務所で手続きをしてきたようだった。


「ソウタくん、もしかして……」


「ああ。休学の手続きだよ」


 その言葉を聞いてヒトミは飛び上がるように驚く。


「ソウタくん!どうして?!」


 ソウタは溜息をついて答える。


「言っただろ、全力で対応するって。向こう一年、いやそれ以上の間、首突っ込まなきゃいけないだろ。カ・ナンの件にケリがつくまで学校は休むさ」


「ごめんね……本当にごめんね……」


 泣き崩れて謝るヒトミにソウタは笑って肩を叩く。


「気にするなって。お前とエリが命懸けなんだ。これぐらい当然だ」


 車に乗って次の目的地に向かう。


「伯父さんのところに行くよ。考えがあるんだ」


 伯父はスクラップ工場の経営者であり、彼自身も時々アルバイトで手伝っていた。二人で伯父の工場に出向く。


「やあ、ヒトミちゃんじゃないか。久し振りだね。随分とまた……綺麗になったじゃないか」


「あ、ありがとうございますおじさん。でも綺麗だなんて……」


「顔つきというか、目の強さが二年前と全然違ってるからさ。向こうでいろんな経験を積んできたんだろうね」


「は、はい……」


 ヒトミがソウタの伯父リュウジと会うのは出発前の挨拶以来のおよそ二年ぶり。リュウジは独身だが、ヒトミとエリの両親の友人でもあり、昔から家族ぐるみでつきあいがあったからだ。


「それで二人とも、用件はなんだい?」


「は、はい。その留学先の支援活動に必要になったので、お手伝いをお願いしたいんです」


「それでわざわざ帰国してきたのか。活動熱心なのは良いことだ。それでソウタも協力というわけか」


「うん。頼まれたからね」


 ソウタはヒトミが支援活動でスクラップなどが必要と説明した。


「そんなわけで伯父さん。プレスされたスチール缶と、放置自転車をできるだけ多く集めたいんだ」


「ふむ、スチール缶に自転車か……。知り合いで扱っているところは知っているが、うちではほとんど扱ってないな」


「じゃあ紹介して欲しい。もちろん経費は出すから。あと運搬用のダンプと、フォークリフトも貸して欲しい」


「お、おねがいします!」


 二人して頭を下げる。


「わかった。ここの名前を使っていいから、必要なものを揃えなさい」


『ありがとうございます!』


 リュウジは二人の依頼を快諾した。


 その日はリュウジに誘われ、一緒に夕食を取った。程近い近所の中華料理屋で、中ランクのコース料理だった。


 食事をしながら、ソウタはリュウジに大学を休学してヒトミの活動を手伝う事を報告した。


「やるからには徹底的にやるって事だな。俺は反対しないぞ。やりたいようにやって、もし行き詰ったら相談しなさい」


「お、おじさん、ありがとうございます……」


 ソウタは深々と頭を下げる。ヒトミは涙目になって感謝していた。


「なあに、俺も大学の時はゲンイチ兄貴とお前の父さんのタイガの三人兄弟揃って、みんな休学届けも出さずに海外まで暴れに出ていたんだ。ヒトミちゃんのお父さんのユキヒロと、エリちゃんのお母さんのマナちゃんと一緒にな。そういえばユキヒロはどうしてる?」


「す、すみません。お、お父さんは……」


 ヒトミの父親は、半年前、戦いが始まる前にカ・ナンですでに亡くなっていた。その事をぼかしてリュウジに報告する。


「そうか……。アイツも逝ったのか……。風の噂じゃあ、ユーゴとマナちゃんも亡くなったらしいからな」


 ユーゴとマナはエリの両親である。


「一緒に世界を又にかけて暴れまわった“秘境探訪同好会”のメンバーも、俺だけになっちまったんだな……」


 ハイボールのグラスを揺らして寂しそうに呟くリュウジ。ソウタは叔父がヒトミとエリの両親が異世界に関わっていた事を知っていたのではないかと漠然と考えていたが、結局そのことを切り出すことは無かった。

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