日本での買い物

第16話

「日本に戻って必要なものを調達する。だから軍資金を用意してくれ」


 エリに対して唐突な申し出をするソウタ。だがエリは見越していたかのように動じない。


「国のお金としちゃ少なすぎるけど、それなりのお金を用意しておくわ」


 予算は金。金貨500枚が手始めに用意された。重量にして1kg程度分の金である。国家の資金としてはあまりに少ないが、これでもなけなしの現金である。


「あとアシスタントでヒトミと……あと二人連れて行きたい」


「具体的には誰?」


「今回はニヨ秘書官とアタラを連れて行きたい」


「ふ~ん。リンとアタラねぇ。綺麗どころ揃えて、早速何をする気かしら?」


「俺が必要だと思ったからだ。他意は無い!」


「はいはい。そういう事にしておくわ」


 すぐに秘石を使って二人に確認が行われる。適応者が触れば、秘石はうっすらと光を放つのだが、幸い二人とも反応を示した。


「よかったね。二人とも適応者だったわよ」


「了解。時間が惜しいから、できるだけすぐに出たい」


 こうして、翌日に出発する事が決まったのだった。


 翌日、ソウタたちは準備を整えて日本へ向かう。


 今回、ヒトミはカ・ナンに持ってきていた私服姿だった。


「もう日本には戻らないだろうから捨てようと思ってたんだけど、どうしても捨てられなくて……」


 乗馬服以外でお気に入りだった服は3セットほど手元に残していたのだ。


「取っておいて正解だよ。これから使う機会増えるんだからさ」


 リンとアタラはカ・ナンの服装のまま。


「閣下、私たちはこれでよろしかったので?」


「大丈夫。向こうで買えばいいから」


 四人で転移門を潜る。事前に確認したとおり、皆、何事も無く通過できた。


「ここがニホン……。陛下や宰相閣下の世界……」


 転移門を、洞窟を抜けた先でリンが呟く。


 とはいえ、ここはまだ倉庫の中。湿っぽく、外の光が入っているとはいえ薄暗い。空気が乾いているカ・ナンとは匂いも湿度も違う。


「出入り口が見えないように倉庫にしてるから」


「ふむ、古びてはいるがこれだけの広さと高さのものが鉄で作られているのか」


 アタラは目が良いので、倉庫の広さと何でできているのか、直ぐに分かったようだった。


「この車に乗ってくれ。ああ、シートベルトも忘れずに」


 軽自動車に大人四人。後部の二人は車の座席の座り心地と、馬や牛が引かないのに動き出しただけでも驚いていた。


「これは路面が舗装されているのか?」


「ああ。アスファルトと言って、地面から吹きあがってくる油の一部だ。それを道路に盛って平らに均しているんだ」


「なるほど。これなら道がぬかるまず、土埃もたちにくくなるわけか」


 人気の無い場所でも路面はアスファルトで舗装され、周囲はコンクリートで固められ、ガードレールも張り巡らされている。そして視界に映る景色、植生などにも物珍しいとアタラが喜ぶ。


「ああ、眼が悪いのが本当に悔やまれます……」


 リンは近眼のため、異世界の景色があまりよく見えないのを心底嘆いていた。


 やがて山道を出て一般道に入る。


「これが日本。日本に限らないけど、この世界はコンクリートと鉄で作られてると言っても過言じゃない」


 ソウタは自宅に戻る前にヒトミに相談する。


「最初に三人の服を用意したいけど、この辺りの量販店じゃ二人は目立ちすぎるからな」


「一旦、お家に帰って二人には待っててもらおうよ。あとアタラさんは特に……」


「?」


「うん。風呂だな」


 アタラ本人は全く気が付いておらず、リンも慣れているからだろうか不思議がっている。だが特にアタラは山野を巡る生活に慣れているためか、そのまま日本を出歩くには、あまりに強い独特の匂いを発していたのだ。


 自宅に到着すると同時に二人を入浴させる。ヒトミは説明のために一緒に入った。


 石鹸は存在こそしているがとてつもない高級品で、シャンプーやリンスは概念すらなく、サウナ風呂はあってもシャワーも浴槽もない国からの訪問者である。


 女三人同時に入浴して、てんやわんやの大騒ぎしながら湯浴みとなっているわけだが、当然野郎がその聖域に踏み込むわけには行かないので、ソウタは昼食の支度をしながら、騒動が治まるのを待つ。


 早々と戸が開いた。


「お疲れ様。どう、サッパリした?」


 支度しながら振り向かずに訪ねるソウタ。出てきたのはヒトミだと思っていたのだが……。


「タツノ宰相、こういった入浴というのは初めてだったが、実によいものだな」


「!!」


 驚いて振り向いてみると、ハンドタオルを肩から胸元に下げただけのあられもない姿でアタラが立っていた。


「ちょ、ちょっとアタラさん!!」


 様子に気付いたヒトミがあわてて飛び出してきた。ずぶ濡れのままだが、さすがにバスタオルを身体に巻いている。


「どうした?そんなにあわてて」


「ちゃんと服を着てください!男の人の前で裸はダメです!」


「そうか」


 あっけらかんとしているアタラ。ソウタは思い切り直視してしまったが、今は風呂場に背を向けている。ヒトミはアタラの手を掴むと脱衣場に引っ張り込んで戸をピシャリと閉めた。


 そんなこんなで悶着ありながら、ようやく入浴が完了した。


「で、どうだったかな?」


 出てきたリンにソウタは感想を聞く。


「は、はい!暖かいお湯が際限なく出てきて、あれほど潤沢に石鹸を使わせていただいたのも初めてで……」


「だったらよかった」


 次に出てきたのはアタラ。アタラの服は特に匂いが強かったので最優先で洗濯に回していた。


 だから代わりにTシャツと短パンを着てもらっているが、スタイルが抜群に良い上に、ブラジャーに適切なサイズがない為、そのままTシャツを着ているため、健全な男子には大変刺激が強いことになっていた。それでも先ほどの肩下げタオル一枚姿よりは随分と刺激は抑えられているが。


「アタラさん、くどいですけど男の人の前であんな格好しないでください!」


「なに。私とて長老に認められた誇り高き狩人だ。匹夫の類に裸体を晒すほど安くは無いぞ」


「……。じゃあ俺は男扱いされてないのか?」


「何をバカなことを言われる。タツノ宰相は匹夫などではなく肩書き無くとも一廉の男だ。故に私は晒すことを恥じたりはしない」


「そ、そりゃどうも」


 出くわした狼たちを怖がらずに手当てした事を高く評価してくれたのだろうか。ともあれ“一廉の男”と認定してもらった事は素直に嬉しかったが、どことなくヒトミとリンの顔が曇っているのは気のせいだろうか。


 机の上に昼食の用意がしてあったことに気が付くリン。


「あ、あの……。宰相閣下自らがご用意をなされたのですか?!」


「ああ、そうだよ。手抜きしてるけど」


 用意したのはご飯パックとレトルトカレーを皿に盛ったもの。すでに暖めてあるので、湯気が出ていた。


「そ、そういえばかまどは?」


 驚くリンに手品の種を教える。


「うちはオール電化してるから、火は直接使わないんだ」


『火を使わない?!』


 リンもアタラも話を聞いて驚きを隠せない。


「一から作るわけじゃないからこれぐらいしか用意できないけどね」


 ご飯パックは電子レンジで数分ほどチン。レトルトカレーは電磁調理器でお湯を沸かして五分ほど湯煎。お皿に盛り付けスプーンを用意すればあっと言う間に出来上がりだ。


「そ、ソウタくん。カレーの辛さは?」


「ああ。いきなり辛口はキツイだろうから、俺以外はみんな甘口にしたよ。ヒトミも甘口のほうが好きだったよな」


「う、うん!」


 全員が着席したところで昼食となる。


「はううぅぅ。カレーは久しぶりだよぉ」


 ヒトミは久しぶりのカレーに満面の笑みを浮かべている。


「うまい!」


「お、おいしい!」


 カレーが異世界人の舌に合わないのを危惧していたが、とりあえず大丈夫だったようだ。あわせて飲み物に出された氷水にも二人は驚く。


「こんなに暖かいのに氷をお出しされるなんて」


「氷はいつでも作れるから気にしないでいいんだよ」


 氷は冬季から蓄え保存しておくのでなく、容易に作り出せると聞いて驚いていた。


「この水は……さっきから気になったが何か加えているのか?」


「こっちの水道の水はお薬で消毒されているんだよ」


 アタラの舌は敏感なようだった。これはヒトミが説明した。


 ソウタはテレビをつけてニュースを見る。物騒な話題も流れてくるが、生活が一変しかねないような重大な話題は無いようだ。


「あの……」


「箱の中に人が住んでいるのか?」


「限りなく本物そっくりに写し取った動く絵が映る板と思ってくれたらいいよ」


「それはすごい」


「残念なのは全く聞いたことが無い言葉でしかどなたも話されないことですね」


『え?!』


 転移門を通過する際に、自動的に施される翻訳の魔法は、耳と口に施されているようだった。そしてどうやらその効果は、直接相対したもの同士でしか翻訳されず、機械を通してしまうと、効果が無くなってしまうようだった。


「文字を読めないのは仕方が無いけど、機械を介したら言葉も翻訳されなくなるのか」


「声じゃなくて、思いを伝えているのかな」


 と、皆が食べ終えたところで、缶詰のパイナップルのシロップ漬けを開けて出す。程よい甘さと保存性の高さで常備しているのだ。


『甘ぁい~~』


 女性三人、見事に声を合わせる。


 昼食が終わったので、ソウタは最寄の衣類の量販店に車を走らせた。


 ソウタは女物を選ぶセンスは持ち合わせていないのでヒトミを連れて行くのも考えたが、彼女たちだけを自宅に残していくのも不安がある。


「ねえ、画像をスマホからタブレットに送信したらいいんじゃないかな?」


「ああ、その手があったな」


 こうしてスマホからタブレットに商品の画像を送ってヒトミに選んでもらう事にしたのだ。


 店員からはいぶかしがられたが、ともあれ買い物は完了。リンにはドレスシャツとレギンス、アタラにはブラウスとジーンズを購入した。


「これで傍から見ても、二人とも海外からの観光客にしかみえないだろ」


 二人の着替えが終わったので、車に全員を乗せて、早速、近郊最大の都市に向かう。

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