第15話

 昨夜じっくりと考えてみたが、詰んでいると投げ出す他無い状況だった。


 カ・ナイの戸籍はきちんと整備されていた。総人口は20万人ほど。大多数は農村。400ほどの村に町が10、そしてこの王都ニライ。


 敵国の名はゴ・ズマ。即座に服属する国には寛容だが、抵抗した相手は徹底的に殺戮と破壊を行う、典型的な膨張時期の世界帝国。


 そんなゴ・ズマにすでに抵抗しているカ・ナン。兵が足りないので拡充しなければならないが、傭兵は素行が問題になるうえに、そもそも価格が高騰していた。


 これを鑑みて、徴兵が行われることになった。


 村ひとつに対し約10人、町ひとつから約70人、王都から約300人、これで約5000人。ほかに戦士階級の戦力が約2000人、このうち指揮官となりえるのが500名ほど。そして騎兵は50騎。


 そして戦士階級も先の戦いで有力者の半数近くを失っていた上に、当主として教育を受けていた者の大半を失っており、繰上げて指揮官となった者が半数以上である。


 頭数だけでなく、当然装備も問題になる。


 戦士階級は完全に自弁できるのだが、これまで戦は戦士階級と傭兵の仕事で、一般人は全く軍事に関わっていなかったからだ。

 中には武装して来た者もいたが、大多数は丸腰である。


 つまり最低でも徴兵した5000人分の装備を用意せねばならないのだ。


 だが、周辺諸国から必要な数の武器を購入するだけの財力など、この国には有りはしないわけだから、自国で製造するしか手はない。


 製造に必要な、有能な鍛治職人の集団はいた。時代がかってはいるが、高炉設備を持っていた。またかなり小規模だが反射炉も持っており、どちらも拡張が可能。


 だが問題は鉄自体が不足していたこと。このカ・ナンで産出されるのは合金に使える希少金属だが、基礎となる鉄は川からの砂鉄しか確実なものが無く、鉄鉱石は他国から買うしかった。

 屑鉄も不足していた上、戦が近いからと周辺諸国全てで高騰しているという。


 制服の素材だが、こちらの綿は冷涼な気候でも栽培できるらしく、特産品は綿布だった。租税として物納されていたものも合わせれば、必要な分を用意できる目処は立っている。


 こちらの問題は裁縫だった。仕立師と村を追われた避難民の女性を人手に回したとしても手が足りない。


 また視察で使ったように馬車での移動を前提に整備されていたが、輸送力としての馬車、特に馬が不足していていた。


 火薬については大砲ギルドがあったので交渉したところ、火薬の供出は約束できたが、主原料の硝石を大量生産する方法はないのだ。


 兵無し、武器なし、資材なし。無い無い尽くしだった。


 まともに考えて、勝算など無い。


 これ以上関わらないか、ヒトミとエリの二人を連れてこの国、いや、この世界から逃げるのが最善としか思えないのだ。




「できるわけないでしょ!」


 激怒するエリだったがソウタは引かない。


「兵力も武器も無い上に、敵は最低5万、下手すりゃ10万で攻めてくるんだぞ!こんなので防ぎきれるわけが無いだろ!」


 二人の剣幕にヒトミはオロオロしている。


「ヒトミはともかくエリだって戸籍が無くなってるわけじゃない!まだ戻ってやり直せる!むざむざここに居残って、殺される必要は無い!」


「バカ言わないで!この国のみんなを見殺しにできるわけないじゃないの!そりゃあ犯罪ゼロなんてないけど、みんな気が良くて善人ばっかりよ!理不尽に踏みにじられて殺されて良い訳ないでしょ!」


「だから私は絶対逃げない!絶対に見捨てたりしない!最後の最後まで戦うわよ!」


 エリの覚悟を聞き、ヒトミも口を開いた。


「私もそうだよ!この国の人たちを、エリちゃんを見捨てて逃げるなんて絶対にできないよ!」


 エリと同じくヒトミまでめずらしく感情的になっている。やはり二人とも逃げるつもりはないのだ。


 そもそも逃げるつもりなら、最初から二人そろってこちらに押しかけて、そこでこれからどう生活するのか難題をふっかけてくるに違いないからだ。


 二人がそのつもりなら、自分だけが逃げるわけにはいかない。自分だけが無関係を決め込むという選択肢はソウタに存在していなかった。


 そして、この国の人々も視察で見た限り、悪徳とは程遠い、どの時代のどこにでもいるような人々だ。理不尽な暴力で人々の平和が、生活が、未来が踏みにじられるのをこのまま容認する気には全くならなかった。


「O.K.わかった。試してすまなかったけど、お前たちの命が掛かってるんだ。どうしても、直接口から覚悟を聞かなきゃいけなかったからな」


「じゃあソウタくん……」


「昔と一緒だ。俺も“全力”で協力する。一切出し惜しみしない。理不尽な暴力で踏みにじられるなんて俺だって嫌だ」


「ありがとうソウタくん!」


 ヒトミは満面の笑みを浮かべる。だがエリは、笑顔を浮かべながらも複雑な目をしていた。


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