第14話


 翌日はトンネルのある岩山の頂上にあるザンパク砦の視察を行った。


 この砦は神代でなく数百年前に建設されたもので、国内をほぼ一望できる絶好の観測所でもあった。


 切り立った岩肌に、ムカデ道と呼ばれる人一人がようやく通行できる程度の通路が設けられていて、通行中に弓矢や槍はもちろん剣さえ取り回せない。

 そんな険しい道を二時間ほど登ったところで、ようやく入り口が見えた。


「お分かりになられたと思いますが、このザンパク砦へは大軍での攻撃は不可能となっております」


 砦の中は最大千人ほどで、丸一年は立てこもれるだけの食料や水が蓄えられており、居住空間も外観からは信じられないほどしっかりと作られていた。


「万一の時には王家が避難できるよう、その代の王が手塩に掛けて作ったのがこの砦、いえ離宮です」


 大軍で一度にかかれない上に、ロッククライミングの技術を持っていても、真上から攻撃されたら滑落するほか無い。


 確かにここを陥落させるには、近代火砲や航空攻撃を用いなければ不可能であろう。


 それに敵に囲まれて孤立したとしても、陥落させることができない観測所でもある。きちんとした通信手段があれば、常に敵の動向を監視し続けることが出来る。


 こうして視察も主だった箇所を終え、ガネ家の一行と共に王都に戻っている最中、急に馬車が止まった。


「どうしたんだ?」


「馬たちが警戒しているの。オオカミが出てくるかも」


 皆に緊張が走る。ヒイロは馬から下りて短剣を抜き放ち戦闘態勢を取っている。


 すると森から続々と狼たちが現れた。薄い緑のつややかな毛並みが美しく見えるが、一頭一頭が虎やライオンと同等かそれ以上に大きい。そして総数は30頭にも及ぶだろうか。完全に周囲を囲まれてしまった。


 護衛も遅れて剣を抜き放つが、狼たちは微動だにしない。包囲して逃がさない構えだ。


「兄ちゃん、戦ってもいい?」


「待つんだ!」


 ヒイロは戦いたがっているが、ソウタは止める。


「降りてみよう」


「おやめください!危険です!!」


 リンとヒトミが制止するが、ソウタはためらい無く馬車から降りた。


 元々幼い頃から家では大型犬を飼っていたので、ソウタは犬種に対しては恐怖心は無かった。そのまま狼たちに近づいてみるが包囲を解こうとはしないが、襲う気配もない。


「何ゆえ道をふさぐ!宰相(代理)閣下の一行と知っての狼藉か!?」


 衛兵の一人が言い放つと、やがて森の中から人が現れた。


「申し訳ない!事を荒立てるつもりも、まして宰相閣下の一行と知っていたわけでもない」


 現れたのは濃い緑の衣類をまとった、狩人らしき女性だった。


 緑と金の間のような輝く美しい髪と、蝶の羽のような特徴的な耳。女性としては背は高く、日本人男性の平均身長とほとんど変わらないソウタと同じぐらいはあるだろうか。


「我が名はアタラ!猟兵である!実は昨日、襲撃をかけてきた一群を屈服させたのだが、首魁の一頭に過剰な手傷を負わせてしまった。治療してやりたいので、薬をお譲り頂きたい!」


「猟兵風情の無礼者め!何様のつもりだ!!」


 衛兵が激高してしまい、一触即発の状況に陥ってしまう。


「構わない!俺は医者じゃないが、傷薬は持っている!」


 ソウタはリュックの中に、消毒用のエタノールの大瓶を入れていたのだ。


「貴方が宰相閣下か、申し訳ない」


「宰相代理だよ」


 アタラに案内されると台車に乗せられた檻の中に、ひときわ大きなオオカミが横たわっていた。


「この周辺一体を治めていたオオカミの王、マーニだ」


傍らにもう一頭、寄り添っているオオカミもいた。


「こちらはマーニの妻、ソール」


 手負いのリーダーを追い落とそうとする動きはない。どうやらこの群れのリーダーはアタラになっているようだ。


「これを使ってくれ」


 手に持っていたエタノールの瓶を開けて脱脂綿に塗布した。暴れないよう押さえた上で、傷口を洗浄。包帯も巻いた。


「閣下は恐れないのか?」


 アタラの問いにソウタは平然と答える。


「彼らから敵意を感じないからね。あと俺は動物が好きだから」


「これだけのオオカミの群れに囲まれながら平然と、治療まで手伝ってくれるほど肝の太い者は、一族以外では初めてお会いしたな」


 ヒトミの方は馬たちを宥めながら、オオカミたちに敵意が無いのを見て取って、警戒を緩めていた。リンはよく見えていないようだが、嗅ぎ慣れないオオカミの匂いに怯えている様子。


「しかし、どうして捕らえたオオカミに治療を施すんだ?」


「陛下から生かして捕らえて王都に連れてくるよう命令を受けている」


「なるほど、アイツらしいな」


 戻りの途中で、アタラの一族の最長老に会いたいと申し入れを行ったところ、快諾を得た。


 アタラたちはこの世界に存在しているエルフの末裔で、最長老はこの地に残ったほぼ唯一の純血のエルフだという。年齢は1,000歳にもなるとの事で、それを納得させる古代から生息する古木のような風格を持っていた。


 話を聞けば、森林での狩猟生活を主としていた白エルフという種族は、神代と呼ばれた時代の終わりに、大半がこの一帯を人間に譲ってさらに北方の森林に移住していったという。


 最長老はこの地に残り、人間との共生を図った少数の者たちの生き残りという。能力を認めた人間たちとの混血が進み、アタラの世代ではすでに白エルフの血は随分と薄まっているが、その耳などに名残があるという。


 なお、この世界のエルフにはもう一つ、黒エルフという漁業を生業に海洋を回遊している種族がいるが、彼らは神代の時代からそのまま、世界中の海を回遊しているという。


 最長老との会談を経て、改めてカ・ナンへの協力を取り付けた一行は、そのまま狼たち共々、王都に帰還した。


「というわけで視察は完了しました。エリ女王陛下」


「随分と楽しそうな内容だったわね」


 報告を聞きながら、エリは終始笑顔を絶やさなかった。


 視察を経て宰相に正式に就任したソウタには宰相用の邸宅が与えられていた。


 場所は王宮から程近く、徒歩で通勤可能。敷地は5000㎡ほどで半分ほどが庭園。宰相用の住まいは、本人だけでなく家族分も考慮してか二階建てとなっており、別棟に使用人や警備兵の宿舎が備えられていた。


『おかえりなさいませ』


 出迎えたのは家事使用人たち。日常的に常駐しているのは六名で、男性は老齢の執事と青年使用人と料理人。女性は家政婦三名で一人は中年で婦長、もう二人は中学生ぐらいの年齢の姉妹だった。前宰相から引き継ぐのは執事と婦長。他はソウタが視察中に任じられたとの事だった。


「飛び回ることが多いから、あまり戻って来ないかもしれないけど、みなさんよろしくお願いします」


 執事に部屋を案内される。望めばすぐにサウナ風呂の用意もできると言われた。風呂は基本は公衆浴場だが、上層は個別に家に供えていた。


「日本人としてはやっぱり湯船が欲しいな……」


 ソウタは薪で焚く風呂を導入するのを決意した。


 風呂上りに夕食が供された。


 献立は、穀類のパンと野菜と豆のシチューに、茹でたキノコ類と川魚の焼き物。調味料は岩塩が主で、魚醤も少々使われていたが、これらは高級品だという。


 食後にキイチゴのような果実が出されたが、甘みは薄めなので、水あめがかけられていた。内容的に視察中に供されたものと大差が無いので、最初だからと奮発してくれたのだろうか。


 自室に入るとイスに腰掛ける。これまでの視察で得た情報を整理して床に就いた。


「で、どうなの?なんとかできそう?」


 一夜明けて、他者を廃して三人だけの席でエリから問われる。


「単刀直入に言う。二人とも、日本に戻るんだ!」


 ソウタは二人に強く言い放った。

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