第4話

 家に戻るとまだ脱衣所からガチャガチャと音が聞こえている。どうやら鎧の下の鎖帷子や他の装飾を外すのにまだ手間取っているようだった。


「お前、随分と難儀なモノ着込んでるんだな……」


 扉の向こうに声を掛ける。


「も、もう一人で大丈夫だから!」


 ふと気になってヒトミが着ていた鎧をしげしげと見てみた。


「ん?」


 綺麗に整っていた鎧だが不自然な変形をしている箇所を見つけたソウタ。鎧の背部に外側から何かで貫かれた跡があったのだ。


 驚いて胸当てを見ると表側は装飾で塞がれていたが裏から見ると、こちらも右側の上の方に外側から貫かれた跡が。


「おい、ヒトミ!この鎧、穴が開いてるじゃないか!!」


 血相を変えて脱衣所の戸を開けてしまうソウタ。そこにはようやく上半身の装備と衣類を全て脱ぎ終えて、あらわになったヒトミの白い無垢な背中があった。


『//////』


 声も上げずに硬直してしまうヒトミ。我に返ったソウタは大慌てで戸を閉めると大声で詫びに詫びた。


「悪い!済まない!申し訳ない!」


「そ、そーたくん!小学生じゃないんだから、開けるならその前に声かけてよ!」


 顔を完熟したトマトのように真っ赤にしてヒトミが叫んだ。


 扉にもたれかかり顔を抑えてうずくまるソウタ。衝動的な行動を反省することしきりだが、その目にはヒトミの無垢な白い、そして幼い頃には全くなかったはずの傷跡が残る背中が焼き付いていた。


(鎧の穴とヒトミの傷跡の位置が一緒じゃないか!)


 やがてシャワーの音が聞こえて来た。


「ああーーーつ!気持ちいいよぉ!!」


 風呂場から歓喜の声が漏れてくる。特に傷口が痛む様子は無い様だった。


 ソウタは大きくため息をついて気を落ち着けるとテレビをつけた。特に変わったニュースも流していない。バラエティ番組に切り替えるが出てくる顔ぶれは数年前から、いや、もっと昔から大差はない。


 ふうとまたため息を大きくつくと、電気ポットから紙パックの入った湯飲みにお湯を注ぐ。しばらくすれば茶葉がふやけて緑茶になるはずだ。


 念のため冷蔵庫から麦茶を取り出し、氷を入れたコップに注ぐ。どちらか好きなほうを飲ませるつもりだからだ。お茶うけに羊羹を用意してテーブルに置いた。


「はううぅぅ……。ドライヤーだよぉ!」


 温水器から蛇口をひねれば出てくる熱いお湯に、風呂上がりに髪を乾かせるドライヤー。ごくごく当たり前の文明の利器だが、これらにヒトミが一々心から感激しているということは、とてつもなくとんでもない目にあってきたに違いない。


「ありがとう!本当に気持ちよかったよ!」


 風呂上りのヒトミはソウタ用のTシャツと短パン姿になっていた。


「お疲れ。お腹はすいていないか?」


 そう言ってからダイニングに誘導する。テーブルには良く冷えた麦茶と、小さなパック詰めの羊羹を数本皿に盛って置いておいた。


 ヒトミは席に着くや否や、ごくごくとキンキンに冷えた麦茶を一気に飲み干し、出していた羊羹をぽろぽろと涙をこぼしながら食べていた。


「大丈夫。まだ沢山あるから遠慮しないでいいぞ」


 彼女は羊羹を一気にほおばって飲み込んでしまったからか、しゃっくりをし始める。ソウタは空になったコップに麦茶を再度注いで飲ませる。しばらくしてようやくヒトミが落ち着いたところで話を切り出した。


「で、今回は何があったんだ?」


「ソウタくん助けて!お願い!助けて!!」


「O.K.わかったわかった。で、具体的に何をどう助けたらいいんだ?」


「エリちゃんの国が大ピンチなの!お願い!助けて!!」


 どこか引っ掛かり、何となく予感もしていたエリの名前を久しぶりに聞いたソウタだったが、国ときたか、と、おおっと思わず声が漏れた。


「……っ。国と来たか。ずいぶん久しぶりにエリの名前が出てきたと思ったら、今度はまたスケールが半端なくデカいな」


「本当に本当なんだよ!」


 ソウタが思わず顔を引きつらせてしまったのを見てヒトミはムキになってしまった。


「心配するな。お前がウソつくなんて、これっぽっちも思っちゃいないさ」


 自分用の熱い緑茶を口に運ぶ。


「その剣幕だと、それなりに急がなきゃマズいみたいだが、外は真っ暗なうえにこの雨だ。行くのは明日にするから、今夜はもう寝ろ。お袋の部屋のベッドは来客用に使えるようにしてあるから、遠慮しなくていいぞ」


「ソウタくん……。ありがとう!!」


(やっぱりあの様子だと、急ぎは急ぎでも今すぐというわけではなかったんだな)


「あ、あとお願いがあるんだけど……」


「?」


「来るときに言えば良かったんだけど、こ、コンビニに連れて行って欲しいの……。その、し、下着が……やっぱり」


 恥ずかしいのか声がか細くなっているが、無理もない要求である。流石に両親が亡くなって時が経っているので、母親用衣類は思い出が残る数点だけ残して、他は処分済みだったからだ。


「……了解。まだ開いてるディスカウントストアに行くぞ。そっちだったらショーツ以外も置いているからな」


「ほ、本当にありがとう……」


 赤面を隠すように俯きながらヒトミは礼を言った。

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