第3話

 降りしきる雨の中を白い軽自動車は駆け抜けていく。住宅より田畑の方が広い地方の道だ。たまにすれ違う車があっても助手席どころか相手の顔すら見ることはない。


 運転する彼の名はタツノ・ソウタ。地方の中程度の、いわゆるFラン大学に通う二年生。自宅は両親と愛犬二頭が三年前に一度に事故死してから一人暮らし。大学生になるまでは伯父に後見人になってもらっていたので、その間は住んでいなかったのだが。


 ともあれ今の彼は、地方都市の郊外のさらに外れの田畑も散見される住宅地、最寄りのコンビニまで自転車で10分ほどの距離がある場所に建っている一軒家の主である。


 ヒトミと呼ばれた女性のフルネームは、シシノ・ヒトミ。ソウタの幼馴染で、物心ついたころからずっと一緒のまま高校生まで同じ学校で過ごしてきた。彼女として交際していたわけではなかったが、疎遠だったわけでもなく、小学生まではほとんど毎日一緒に遊び、それ以降も何かと互いに相談しあう仲ではあった。


 特技は乗馬で、腕前は一級品。馬と心を通わせる事ができるのか、気難しいと言われるような馬も難なく乗りこなしていた。


 その一方で幼い頃から剣道やなぎなたなども稽古に通っていた。だが乗馬以外の習い事はからっきしダメで、高校の頃はようやく諦めたのか、乗馬以外やらなくなっていた。


 そんなヒトミだったが、高校卒業と同時に海外に出た。一緒に住んでいた母が亡くなり、海外で単身赴任していた父の下に向かうために。急な展開ではあったが、特に引き止める理由もなかったので、あっさりと新幹線の駅で見送りした。


 そんな彼女から呼び出しがあったわけだが……。鎧兜を身にまとい、正に騎士の姿になって日本に帰ってきたのだ。


「ヒトミ、こっちに泊まるあてはあるのか?」


 後部座席に座っている幼馴染に尋ねる。兜はともかく、鎧を着ているので助手席に座ってシートベルトを着用するのが困難だったからだ。


「……」


 彼女が首を横に振ると、ガチャガチャと鎧がすれた金属音が車内に響く。


「じゃあ、しょうがないから今夜は俺の家で泊りだな。お袋の部屋は内側から鍵がかけれるから心配しなくていいぞ」


「あ、ありがとう!」


 降りしきる雨の中、ようやくソウタの自宅に到着した。郊外にある築十年ほどの二階建ての一軒家だ。


「お、おじゃまします……」


 おずおずと一礼してブーツを脱ごうとするが、そんなヒトミに一言。


「とりあえずその剣を傘立てに立てといてくれ。さすがに物騒だろ」


「あっ、そ、そうだよね」


 慌ててヒトミは鞘に収まった剣を傘立てに立てた。その後でブーツを脱ごうとし始める。手こずってはいたが、かろうじてブーツは脱げたようだ。だが、鎧の方は全く不慣れなのか、かなり手間取っていた。


「や、やっぱり一人じゃ無理だよぉ……」


 とうとう寒さでガタガタと震えながら涙目になって助けを求めてきた。


「O.K.わかった。しっかし、どうやってそんなのを着たんだ?」


「自分じゃできないから、お手伝いさんたちに着せてもらったの」


 鎧は簡単に外れないようにフックで固定されていたり、紐できつく結ばれていた。


「じゃあ外すぞ」


 とても順調とはいいがたいが、何とかして板金の鎧を外していく。ガシャリと音を立てて鎧がようやく脱げ鎖帷子と服だけになったところで、脱衣所に案内する。


「その分だと着替えなんて持ってきてないんだろ?」


 はっとした表情を浮かべ、力なくうなだれるヒトミ。


「う、うん……」


「だろうな。とりあえず脱衣所の俺のタンスから適当にシャツでも見繕ってくれ」


「ありがとう!本当にごめんね!」


 衣類の場所を示すと、ソウタは脱衣所から出た。


「ふう」


 そのまま玄関に向かい、傘立てに立てられた剣を手に取る。


 片手持ちの直剣で全長は1mほどだろうか。傘より遥かに重量があるから金属製なのは間違いない。鞘から抜いて刀身を見てみると幅が3cmほどで刃渡りは70cmというところだろうか。デザインはレイピアに近い。


 かざしてみると切っ先のよく研ぎあげられた鋭い光が玄関ホールを切り裂いた。試しに手元にあった新聞紙を刃先に触れさせたところ、きれいに両断されてしまう。


「なるほど、剣も本物かよ」


 両断された新聞紙で、剣についていた水気をきれいに拭き取ると、元の鞘にカチャリと納めなおす。


 海外に留学していたはずの幼馴染が甲冑に、身を固めてすごい剣幕で助けを求めて飛び込んできたという、常識的にはありえない状況に出くわしているにしては、やけに沈着冷静に対応しているソウタだったが、これには理由があった。


「あいつ、昔っから変なことに巻き込まれて振り回されてたからなぁ……」


 幼馴染のヒトミとは、それこそ物心ついたころから一緒だった。互いの両親は友人同士であったし、家もほど近かった。小学校を卒業するまではもう一人、オオトリ・エリという少女もいた。


 エリは親分肌で思いついたことを即実行に移すタイプで、まず真っ先にヒトミが振り回されて、そのフォローにソウタが動くというのがお約束だった。


 エリは小学校卒業とともにほかの場所に転校してそれっきりとなってしまったが、そんな訳で、ヒトミが助けを求めて自分の下に駆け込んで来るパターンには、あまりにも慣れていた。


 ただ、鎧兜を身にまとって助けを求めに来るほど極端なことはこれまでもなかったのだが。


「いきなりヤバいのに追われているわけじゃなさそうだが……」


 鎧を外してやる際にも、ヒトミが外を警戒する様子がなかったということは、この家に入れば安全だと彼女は判断しているということだ。


 いや、出迎えた時さえ剣を抜く様子も、周囲への警戒感も無かったから、日本に戻ってきた時点で、何かに追われて助けを求めてきたのではないようだった。


 念のため傘をさして外に出て見るが、やはり周囲に不穏な様子はない。ただ雨が降りしきる音が響くだけだった。


「やっぱり怪物だの追っ手だのに追われているわけじゃないんだな……」


 ともあれ、今は安堵するソウタだった。

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