105. 藍崎郁弥の昔話2
そう、"
名前の通り小町駅の近くにある公園。今さらなことにはなるけれど、僕や
僕が社会人になる前、両親と三人で暮らしていた家は実を言うと今住んでいる
一人で暮らすには広すぎて、それでもまだ両親と一緒に暮らした思い出がある家を出たくなくて、掃除は大変だったけど出ようとは思わなかったね。近くの駅は"
話戻すけど、父さんが亡くなって手続きとか忙しくして、それで日結花ちゃんに会ったのがまた6月とかだったかな。梅雨の時期だったよね。二回目は…確か雨も降っていたかも。そこでまた色々話して慰められちゃって、まるで年上の人と話しているみたいだったよ。まあ実際はちっちゃかったけど。
「ちっちゃい…」
「あ、ふふ、今はもうちっちゃくないよね。僕よりは小さいけど、160近くはあるし」
「ん…でも
「……ぐいぐい胸を押し付けるのはやめてもらえますか」
「あら、ふふ、そーお?んふふ、どうどう?」
「ぐ…は、恥ずかしくないの?」
「ふふん、あたしは小さいから恥ずかしくないわ!」
「いやでも…その、前にも言ったと思うけど、日結花ちゃんだから嬉しいんだって。小さいとか大きいとかより、それが日結花ちゃんな時点でこれ以上ないくらい嬉しいから…」
「え、えへへ…やだもぅ、嬉しいこと言わないでよねっ」
あのとき、僕は17…違うか。6月なら18だね。それで日結花ちゃんは11歳か。
二回目も色々話したなぁ。日結花ちゃんが仕事をしているって聞いて驚いたことをよく覚えてるよ。
それから、大学生か…。大学生のときは勉強をしながらアルバイトをして、演劇サークルで忙しくしていたかな。もう18だったからね。落ち込んでも15のときほどじゃないし、立ち直りも早かったよ。
アルバイトはクリーニング店でずっとだね。受付したり洗濯機で洗えないものを洗ったり。サークルは完全に演劇。ふふ、学園祭で発表もしたんだよ?その演劇仲間とは今でも年に一回集まってるくらいだから、僕にしては親しい部類かな。日結花ちゃんとは比べものにならないけどね。
「実は当時の映像が残っているので今度一緒に」
「見る見る!絶対見る!」
「あはは、それはなにより。また一つ約束増えちゃったね」
「ふふ、楽しい約束ならいくつだってしちゃうわっ」
大学生活はそんな感じ。それで社会人に移るんだけど、仕事一年目はただ仕事ばかりだったかな。大学を卒業して、ついに家を出て仕事を始めて。少し僕に変化が出たのは二年目終わりだった…ね、うん。年末だったはずだし。時期は新暦26年、つまりちょうど二年前くらいだね。あの頃、仕事が少しは落ち着いて自分にも余裕が生まれてきたんだ。
そうするとさ、なんか考えちゃったんだよね。僕って、なんで生きてるのかなって。僕の書いたノート読んでもらったからわかると思うけど、あんなことばかり考えちゃって。ノートそのものは割と新しいんだけど、似たようなことはずっと考えていてね。
そんなことを一回思っちゃったからか、お風呂入ってるときとか、暇さえあれば勝手に悩んで勝手に暗くなってたよ。
両親がいなくて、友達もいなくて、やりたいこともなくて、なんで生きているのかわからなくなっちゃったんだ。空っぽな毎日を過ごしてきて、もう限界だったのかな。糸が切れたみたいに疲れちゃって、気力が出なくなっちゃった。
そうやって考え続けて、思ったんだよ。僕の人生、大変なことばかりで、後悔ばかりしてきて、まだやらなきゃいけないこと残ってるのかなって。いわゆる未練ってやつ。そうしたらあったんだ。僕にも一つだけ残ってた。
それが日結花ちゃんに対する感謝。あのとき、僕に優しさをくれて、頑張れと応援をくれたあの子に感謝を伝えたいって、そう思った。
人からの応援って、すごく大きいものなんだ。本当に心が疲れて、参っているときに誰かが背中を押してくれるっていうのは、自分が一人じゃないことを教えてくれることだと思うし、たった一言、それだけで救われるものなんだよ。
僕は日結花ちゃんに救われた。だから、あのとき出会った女の子にどうにか"ありがとう"だけ伝えたいと思って、欲を言えば恩返しできたらなって思ったんだ。
一方的な気持ちだっていうのはわかってたよ。あの女の子にとっては些細な、それこそ人生の一ページどころか一行程度の出来事だったのかもしれないって。でも、それでも僕にとっては
「どうしてあなたが謝るのよ。ばか」
「…僕は」
「はいお喋り禁止ー」
「ん…」
「別にわがままでもいいじゃない。そんな、"ありがとう"を言うくらいで迷惑に感じる人いないわよ。それに、あたしはあなたのこと不眠から治って心清らかになった普通の良い人としか思わなかったもの」
「…ん」
「あら、ごめんなさい。まだ唇に指当てたままだったわね。ふふ、手で除けてくれてもよかったのに」
「…ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
…ええと、こほん。唇に天ぷら油がついていました。ごめんなさい。
「うそ!?」
「もちろん嘘でした」
「…だ、騙したわね!怒るわよ!えい!」
「わぁぁ!?倒れる!というか倒れた!」
「あはっ、なによその変な解説。ふふ、どう?少しは反省した?」
「…反省はいいんだけど、正直座っているときとあんまり変わらないような…」
「え…」
「日結花ちゃんの体重がかかって暖かくて眠くなってくるね…」
「なな、だ、だめよ!寝ちゃだめ!お話の続きするんだから起きなさい!」
「…ぐぅ……」
…ええ、どこまで話したかな。…うん、そっか…うん。僕が"恩人"の少女を探す決意を定めたところまでか。おーけー。
探してお礼を伝えようと思ったのはいいけれど、どうやって見つければいいかなんてわからなかった。
それはそうだよね。名前も知らない、住所も知らない。会ったのは5年も前で、おそらく自分も少女もそこが地元ですらない。わかっていることなんて演劇のような、何か演じることを仕事にしていることだけ。その仕事のことだって、楽しそうに話して感情の
今も続けているかはわからないけど、とにかく探してみようかと思った。
人って単純なもので、何か一つ目的があるだけで
まあ、その人探しもあっさり終わっちゃったんだけど。
僕って、当時…新暦26年の年末だから23歳だね。当時から既に歌劇のCDとかは結構持ってたんだ。さっき日結花ちゃんが言ってたけど、実際不眠気味でさ。昔のことだけど。両親が亡くなってから眠れないことが多くなっちゃって、すぐに快眠用CDに手を出したんだよ。適当なプレイヤーも買って、そうしたらすぐに効き目が出たね。買い始めは…18かな。うん。18歳のとき。
これはすごいなと思って、国が作った声の波長をそのまま届ける?プレイヤーも買って、いろんな声者の歌劇を聞くようになったよ。
「…あたしのも?」
「ふふ、今そのことを話そうと思ったんだよねー」
「な、なによもう…べつにいいでしょ?」
「うん。全然だめなんかじゃないよ。ただ可愛いなって思っただけだし」
「うぅ…い、いきなりなでないでよ…や、やっぱりもっとなでてっ」
「はは、わかりましたよ、お姫様」
「ん…えへへ」
日結花ちゃんの歌劇CDのことだけど、僕が快眠用CDを買い始めた時期って新暦21年なんだよね。僕は18歳だから、つまり日結花ちゃんは11歳。
その頃ってまだ歌劇始めてないよね?もちろんCDもないから、僕が君のことを知る機会はなかったのさ。ある程度いろんな人のを聞いていくと、よく眠れる声者も決まってくると思うんだ。僕もそうだったし、そうしたら別の声者のCDを買う気にもなれなくて、結局日結花ちゃんの声を聞くことはなかったかな。
それで人探しの続き。演技っていうのはわかっていたから、そうしたらまずは声者と動者とかが思い浮かんで。僕にとって身近なものは声者だったし、久しぶりに僕に合う新しい声者探しでもしようかと思ってCDを買ってみたら、はい。なんとなく聞いたことあるようなないような、そんな声が日結花ちゃんでした。
声変わりとかあるし、確信は持てなかったから実際の歌劇とか応募してみて、運良く通って会ってみれば例のあの子じゃないかって。それで僕の人探しはおしまい。
日結花ちゃんに出会えてからは、君自身が知ってるよね。緊張しまくりのだめだめな人から始まって、いつの間にか友達にまでなって、そうして今。友達以上恋人未満から変わろうとしているところ。
僕の話はこれで終わり。あとは……これからのことを話そうか。
◇◇
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