96. お悩み相談の件②
◇
11月半ばともなると、さすがに寒くなってくる。気温は20度を下回り、服装もロングスカートやタイツ、ニットに薄手のコートまでと、長袖一枚で過ごせる時期はあっという間に終わってしまった。
今日の服装は下着にインナーとニットプラスガウンコート。タイツと膝丈スカートを履いた秋か冬かの微妙なライン。
下着については適当なショーツとブラの上からこれまた適当な緩いTシャツを着ただけ。下の方はタイツがあるので特になし。もっと寒くなったらヒートテックなタイツになったりもするけれど、まだ普通のタイツで大丈夫。
そもそもの話、いくら寒くなったからってそう何枚も下着重ね着したりしないのよ。鬱陶しいし。だいたいスカートの下にペチコート履くってなんでそんな面倒なこと…。
「日結花ちゃん、こんにちは」
「こんにちは。久しぶりね」
聞こえた声にさっと言葉を返す。
挨拶は基本よ。
「久しぶり。はは、今日はあったかい格好してるね。すごく大人っぽいよ。綺麗だ」
「ん、えへへ。ありがと」
久々の再会に伴って、これまた久々な褒め言葉。しかも爽やかスマイル付き。
普通に照れくさいわね。普通に。
「髪型もいつもと少し違うね。結び目がいつも以上に下なのかな。なんか落ち着いた雰囲気するから…あはは、ちょっとドキドキするくらいだよ」
「んぅ…ほ、褒めすぎよ。ばか…」
…なんていうか、ばっちり髪のことまで褒めてくれるのがすごく嬉しい。この人ならそうしてくれるとは思ってたけど、やっぱり言われると嬉しいわ。
「ふふ、ごめんごめん。日結花ちゃんが可愛すぎたからね。さ、それじゃあ行こうか?」
「う、うん。ええ。行きましょ」
「…結局、全部だめだったのね」
「…うん」
郁弥さんから話を聞いて、最後の作戦"他に好きな人がいるんだよね、だから無理だ"とかそんな感じで鈴花ちゃんに伝えることも失敗に終わったことを知った。
「…もう直接言うしかないわ。あたしがいるからだめって話すのよ」
「そう、だね」
なんか、自分で言って今思ったのだけど、なんであたしがいるからお付き合いしちゃだめなの?
そりゃあたしは郁弥さんのこと好きだし、そのうち恋人になるつもりだからお付き合いなんて許さないわ。でも郁弥さんは…。
「ねえ郁弥さん。あなた、どうして他の人とお付き合いするつもりないの?」
「ん?」
全然気にしていないことだったようで、緩い顔のままあたしを見つめる。そのまま数秒。理解が及んだのかすぐに頬を緩め、くすりと笑って口を開いた。
「僕が誰かと?あはは、どうしてって、そんなの決まってるよ」
そこで一度言葉を区切って、柔らかく笑いながら再度口を開く。
「僕は日結花ちゃんの恋人だからね。仮だけど。そんなときに他の人とお付き合いなんてだめでしょ?前に言ったよね。僕は君が嫌になるまでいつまででも付き合うって。それに、君は僕の"恩人"で、大好きな人だからさ。他の誰でもない、大好きな人だからこそ側にいたいんだ」
「…すぅ……はぁぁ…」
落ち着くのよあたし。舞い上がりすぎてきゃーきゃー言いたいのはわかるわ。でもね、今そんなきらっきらに輝いた甘々ボイスにとろけさせられてちゃだめ。だって郁弥さんだもん。いっつもいっつもこうやってあたしに自分のこと大好きにさせてくるのよ、わかってることでしょ?ね、知ってること。ええいつも通り。いつも通りだから平気。全然大丈夫。
「もうっ!!大好きだなんてばかばかっ。いきなりプロポーズなんてしないでよね!返事に困っちゃうじゃないっ!」
はい大丈夫じゃない!!!!
「え…えっと、プロポーズじゃあないからね?…まあ確かにそれっぽかったかもしれないけど」
ほら郁弥さん苦笑いしてるぅ。なーにがいつも通りよ。まったく、全然、これっっっぽっちも、大丈夫じゃないから!
「…すぅ…はぁ……ごめんなさい、取り乱したわ」
「あ、うん。全然。気にしてないから大丈夫。そんなところも日結花ちゃんのいいところだからね」
「あぁ…ありがとう」
まるで聖母のような微笑み。
混乱して熱くなった頭が冷静になっていくわ。癒される。
「ええと、これで僕が他の誰かとお付き合いするつもりがないことはわかってくれたかな」
「ええ。…それについては納得したわ」
…けど、改めて聞いて思ったのよ。この人、あたしがいなかったらどうするのかしら…。
「ねえ、もう一つ聞いてもいい?」
「うん。なんでもどうぞ?」
「じゃあ聞くけれど、もしあたしが良い人な関係終えたらどうするつもりなの?」
そんなもしもは一生訪れることはないけど…ううん。訪れるわ。恋人とか夫婦とかにランクアップするもの。
「それも簡単だね」
割と困った顔するかと思ったのに、普通の表情。優しそうな顔のままで少し以外。
「どうして?」
「あはは、だってもともと僕、誰かとお付き合いしたりするつもりないし」
「そ、そうだったの?」
ちょっと予想外な答えでびっくり。前はなんか…結構聞いちゃいけない雰囲気出してた気がするのに。いったいいつ心変わりしたのよ。
「前はもっとこう、女の人避けてるとかそんな理由じゃなかった?」
「え?…あー、あの頃はまだ僕が幼かっただったからね」
苦笑してちょっと意味不明なことを言う。意味不明ではあるけれど、幼い郁弥さんというのもとても良いものだと思う。
…ほんとに良いかも。想像してみたらグッときた。超キュートだったわ。
「悪くな…いえ、幼いというのは精神的なものかしら?」
「うん。まだ自分に自信がなかった頃」
…ふむ。
「なら今は自信あるの?」
「まあ、うん。それなりには、ね?」
どこか照れくさそうに薄っすら頬を赤らめる。
はぁ…相変わらず可愛いわね。
「日結花ちゃんと友達になったことで自分の道が定まったとでも言えばいいのかな。将来日結花ちゃんがどうするかはわからないけど、きっと僕が君のことを大好きでいるっていうのは変わりないと思うんだ。それに、日結花ちゃんからもらったものがあるのも確かで、他の誰かより日結花ちゃんを一番に置くのも変わることはないと思う。だから、僕が誰かと一緒になることはないんだよ」
「……」
つまり、郁弥さんの中であたしが最上位に来ることは揺るぎないと。そういうことね。
重い!!愛が重いわ!どうせならちゃんとその重い愛を渡してほしいわ!一人で抱えて押し付けないところが郁弥さんらしくはあるけど…それじゃああなた自身の幸せはどこにあるの?
「あ、でも、こんな、日結花ちゃんが上に来る僕でもいいって人がいたらもしかしたら誰かと一緒になることがあるかもしれないね」
軽く笑って付け加えた。そんな人がいるわけないと思っているような冗談まじりな言い方。
郁弥さんのことだから、相手はいないと思っているんでしょうね。あたしもそれは思うわ。だって自分の好きな人が一番に自分を愛してくれないなんて考えられないもの。
「……」
前に、あたしの幸せが自分の幸せだって言ってた気がする。
それはおかしなことじゃない…とは思う。だってそれってすごく素敵なことだし、大好きな人が嬉しかったら自分も嬉しいのは当たり前だと思うから。でも…悲しいことだとも思う。もしもその人自身が幸せに感じていたとしても、周りから見てそれがきっとすごく報われないことだったら。
郁弥さんの言っているのはそういうこと。無償の愛とか、そういった本当の意味で誰かに尽くせる人になっちゃう。そんなのは…。
「よし!!郁弥さん!」
「は、はいっ」
うだうだ考えるのはやめ!郁弥さんのことは大事…だけど!大事だけど!あたしがちゃんとすればいいのよ!だから今はこの人の相談に乗ってあげることよ!ちゃんと答えてあげるんだから!あたし、頑張るわ!
「鈴花ちゃんにしっかり真っすぐ全部伝えるわよ!」
「うん…そうだね、ちゃんと話さないとだめだよね」
「ええ。あたしも電話で鈴花ちゃんに話すから大丈夫。任せなさい」
「え?日結花ちゃんも話すの?」
「そうよ?当然でしょ?あたしが話さないとまた嘘とか取られちゃうかもしれないでしょ?」
「え、それは…いや、あの子ならそうかもしれないな…」
「ふふん、でしょ?ほらほら、鈴花ちゃんに連絡取りなさい。なんだったらあたしが文面考えてあげましょうか?」
「え、遠慮します」
「いいからいいから。渡しなさいって」
「え、遠慮しっとわぁ!?ま、待って!渡すから待って!」
「ふふ、はーい受け取ったわー」
◇
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