95. お悩み相談の件①

「はぁ…」


一人ベッドで横になり、電気のついていない暗い天井を眺める。

お風呂を出て気分がいくらか楽になったとはいえ、考え事に終わりは見えない。

11月末。既に紅葉は終わり、木枯らしの吹く季節。ともすれば今年の終わりが近いと言ってもいいかもしれない。


「…はぁ」


どうしてこんなにもため息が出るのかというと、事の始まりは7月末に受けた郁弥さんからの相談。あのときから、あたしの身勝手で思いやりに欠ける自己中心的な行動が始まった。全部あのとき…ううん。本当はもっと前から―――。





「ねえ郁弥さん」

「なに?」

「これとこれ、どっちがいい?」

「うーん…僕は白の方が好きかなぁ」

「そう?じゃあそっちにしましょ。はい持ってー」


今日はかねてから考えていたリルシャの映画を見る日。というか見た日。

8月も終わりが近く、しかし暑さはまったく変わらず日差しも強いまま。そんな30度を優に超える気温の中、二人で映画を見たあとのお店巡りをしていた。


「…まるで日結花ちゃんの服を買うかのようだ」

「ん?ふふ、なに言ってるのよ。あなたの服でしょ?」


ぽけーっとした顔で変なことを言うデート相手に笑いかける。

今はあたしの服ではなく、郁弥さんの服を選んでいる。もちろんあたしの服もあとで見るけれど、今は違う。エリアからして男物。


「そうなんだけど…まあ、うん。日結花ちゃんが楽しそうだしいいや」

「そう?じゃあ今度はこれね。どっちがいいかしら?」


あまりいつもと変わらない買い物とはいえ、好きな人の服を自分が選んでいるというのはどうしてか…すごくすごく楽しかったりする。



「ところで彼氏さん」

「はい」

「前受けた相談のことだけど」

「…はい」


いくつかのお店を見回って、服も数着は購入できた。一息入れるためにカフェで休憩しようと話して、ようやく例の件を切り出す。あたしはともかく郁弥さんは結構気にしていたのか、声と表情に真剣みが増す。


「いくつか考えてみたのよ。まずやってみてほしいことがあるのだけど、いい?」

「…うん。話聞いてからになるけど、やれることはやるよ」

「ん、じゃあ最初は後輩ちゃん…名前なんていうの?」

巻藤まきふじ鈴花すずかさんだよ」

「なるほど、鈴花ちゃんね。わかったわ」


あたしの恋敵…とまではいかないわね。巻藤鈴花ちゃん。とりあえず覚えたわ。


「その鈴花ちゃんに対して、あなたがそっけなく接してみなさい」

「…それは無理だ」


言われたことを一瞬考えて、申し訳なさそうな顔をして断ってきた。

…これは、前途多難かも?





9月末。前回のデートから約一カ月。声者ハイパースリーピングミュージアムの影響か、なんとなく声者の"力"を第一にしたお仕事が増えているような今日この頃。歌劇の方も月3回に増やしませんか?とか打診が来ていたりもする。

あたしの場合、歌劇は土日に入ることが多かったので平日に入れようと峰内さんと二人で話し合った。月のどこで入るかはともかく、これで毎月どこかの週末で二回、月から金の間で一回の歌劇を行うことになった。

色々調整があるから、実際に三回目を始めるのは11月。歌劇の受付はだいたい一カ月半前には始まっているので、あたし含め11月のぶんは既に受付中。半月ほど前には抽選も終わるので、10月の半ばには結果も出るはず。

"これで少しは倍率が下がりそうだ"と国の人が言っていたものの、あたし予想ではまったく変わらないと見た。

なぜなら、そもそもの需要に対する供給が少なすぎるから。毎日行われているにしても、一回ごとに参加できる人は基本千人とかそれ以下。誰だって気分爽快お目覚め最高でルンルンリフレッシュしたいに決まってる。だからきっと、抽選倍率は変わらない。むしろKHSMのせいで余計に上がりそうな…。


「……ふぅ」


そんなことはどうでもいいのよ。それより大事なのは郁弥さんからのご相談。このひと月、ネミリで文通しながらいくつか作戦立てて、さくっと全部失敗したわ。それで、今日久々に直接会えるわけなんだけど…。


「おはよう」


噂をすれば影がさし、緩い笑みを浮かべた恋人こいしてるひとの愛おしい声が耳に届いた。


「あら郁弥さん、おはよう」


天気は曇り、気温は27度と。暑さが薄れて秋の気配を感じる一日が始まった。



「郁弥さん郁弥さん」

「はいはい、どうしたの?」

「髪切った?」

「うん。切ったよ」

「ふふ、かっこいいわよ」

「え、あ…ありがとう」


照れる恋人と二人道を歩く。


「んふふ、あなたもあれね。数か月に一回は同じこと言ってるのに毎回照れてくれるのね」

「それはだって…そんな真っすぐ言われたら照れるに決まってるよ」

「そう?ふふ、じゃあこれからもちゃんと伝えてあげるわね」


今日は特に目的地もない適当なお散歩。途中でどこかお茶するにしても、それまでは色々とお話しながら歩くだけ。

まずは、一番時間かかりそうなことを話しちゃいましょうか。


「こほん、ところで旦那様」

「…なんでございましょう、お嬢様」

「だ、ん、な、さ、ま?」

「…なんだい?可愛いお姫様」

「…ん、まあいいわ。それより前回からの状況を説明してちょうだい」


まるで執事かなにかのような言い方を訂正し、しっかりと旦那様らしい喋り口に変えてもらった。苦笑いがそのままなのはチャームポイント。

それはそれとして、尋ねたのは大事なお話。

前々から巻藤鈴花ちゃん(郁弥さんの後輩ちゃん)を上手く諦めさせる方法を友人二人と一緒に考えていた。

最初は鈴花ちゃんに幻滅してもらうため、郁弥さんにはだめだめアピールをしてもらうことにした。鈴花ちゃんとの人間関係を壊すのは郁弥さん的にアウトだったらしく、マイナスイメージを与えて好感度を下げる作戦を決行。しかし失敗。どれもこれも失敗して、マイナスイメージどころかマイナスポイントもプラスに受け取るほどだった。郁弥さんも、まさかそこまで惚れこまれているとはと途方に暮れてしまって、次の作戦をすることに。その作戦というのが。


「…結論から言うと、お食事デートは逆効果になったとさ。ハハハ」

「なに笑ってるのよ?怒られたいの?」


わざとらしく笑い声をあげる恋人こいしてるひとを冷めた目で見る。無意識でいつもより声が低くなっていて自分でも少し驚いた。


「…怒られたくはないけど、怒ってる日結花ちゃんも可愛いよね」

「ば、ばか…いきなり変なこと言わないでよ…もう」


全然そういうこと言う雰囲気でもなかったのに…ほんとずるい。嬉しくなっちゃって怒るに怒れないじゃない。


「ほら…早く話しなさいよね」


なかなか言葉を絞り出すのが難しかった。今の状態だと短く伝えるのが精一杯。


「うん。実際に食事でもしてみれば色々現実を見て諦めもつくって話だったけど、現実を見てより好きになったらしいよ」


現実逃避でもしてそうな遠い目をする。


他人事ひとごとみたいに言わないの。…ていうか何をしたらそんなに好かれるのよ」

「え?特に何も…」


ぽやぽやっとなにも考えていない顔。

その表情可愛いし好きだけど、今求めてたのはそれじゃないから。


「デート中は?なにか好かれることでもしたんじゃないの?」

「うーん…別にいつも通りしただけだし…」

「……」


"いつも通り"、ですって?


「ねえ郁弥さん。一つ聞きたいのだけど、いいかしら?」

「ん?うん、いいよ」


ふにゃっと柔らかく笑う姿は魅力にあふれ…そうじゃなくて。


「いつも通りというのは、あたしとのデートと同じように、ということ?」

「うん?うん。そりゃあね。はは、だって日結花ちゃん以外とのデートなんてもう覚えてないくらいだからさ」

「…」


"何を言ってるのかなこの可愛いお姫様は"みたいな言い方。それを言いたいのはあたしの方よ。


「すぅ…はぁ…郁弥さんのばかー」

「ひぅ…み、耳元で喋らないでもらえるかな!?」

「だって大声出すわけにはいかないでしょ?」


いくら外だからってそんな目立ちたくないし。たぶん周りの人に迷惑だし。…にしても可愛い声あげてくれたわね。ちょっとこれから定期的にやるのもいいかも。


「それはそうだけど…」

「はいはい。そんな些細なことは置いておいて、デートの話よ。なんであなたあたしとのデートを参考にしてお食事しちゃったりしてるの?」


抗議の目を向けてくる郁弥さんを無視して話を続ける。


「…僕にとってのデートって日結花ちゃんとのデートが基本だし、仕方ないと思うんだ」

「くっ…まさかあたし基準にされるとは…不覚っ」

「ええぇ…」


この人、自分のあたし基準が色々おかしいことを自覚してなかったんだ。完全に忘れてたわ。


「…いいわ。ささっと説明してちょうだい。どんなデートをしたの?」

「え、ええと…」


彼の話によると、とりあえずいつも通りにお店を予約したそう。あとは買い物できる場所を目星つけておいて、カフェも買い物場所の近くにあるか確認。それだけ。


「…もしかしなくても、結構褒めたりした?」

「ん?あはは、そりゃデートだからね」


からりと笑って言う。デートの趣旨をまったく理解できていない様子。


「…はぁ」


普通のデートだし郁弥さんの無駄にストレートで躊躇がない言葉があったかと思ったら案の定。

この人のスタイルって、褒めて甘やかして優しくして癒してのとことん甘々なのよ。そんなのされたらもう…好きになるしかないじゃない。


「あのね郁弥さん」

「う、うん」


あたしがため息をついたからか、ちょっと及び腰。可愛い。好き。


「普通の人はもっと自分を優先するものなのよ」

「べ、別に僕は自分を優先してないわけじゃ」

「はいはい。あたしのこと大好きだからよね。知ってるからいいわ」


拗ねたような声で言い訳をする恋人を遮って流す。超可愛い。大好き。


「…その通りだけど釈然としないなぁ」

「それで、今回の失敗はあなたがあたしを目安にしたことよ。あたしじゃなくて、初対面の人とでも思って接すればよかったのに」

「あー…そっか。それはそうだったかも、うん」


今さら納得してくれても遅いわ。今はもう次のことを考えないと。


「じゃあ次はどうする?一応考えはあるけど…」

「…ひとまずその案を教えてください」


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