90. 続・第五回攻略会議(女子雑談会)
『ええっと…もしかして知宵ちゃんってすごく面倒見いい?』
『そんなことはないと思うけれど…』
打ち込みを終えて、二人の話に意識を戻す。
「さっきから聞いてたけど、あんたたち話脱線しすぎ。あと、知宵が面倒見いいのは本当。実際によく話しているあたしが言うんだから間違いないわ」
あたしが言えることでもないけど、胡桃の恋愛がどうとかいう話から知宵がお姉ちゃんしてる話に変わってた。
別にそれでもいいにはいいんだけど、あたし的に胡桃の恋愛話が気になるからそっちを終わりまで話してほしい。
『…そうだったわね。胡桃の恋愛事情を話していたのよ』
『あ、ええっと、どこまで話したかな。仲良くなったところ?』
「たぶんそこ。お仕事で話すようになっていった、みたいな」
アメリカンな秘密組織がどうとかいう話だった気がする。
組織内のグループがメインのお話で、グループの声を吹き替えしてる声者同士がよく話すとか仲良いとか。
知宵が言ってたけど、あたしも立ち位置は知宵みたいな感じかも。あたしの場合、周りなんて全員年上だし知宵以上に礼儀はきっちりしておかないといけないから。まあでも、機嫌悪い人でも相性悪い人でも笑顔と"力"入れて話せばなんとかなるわ。最悪周りの人に泣きつくわよ。あたしの演技力ばかにしないでもらいたいわね。どん底まで叩き落としてあげる。あたしの周りの人がね!
『あぁ、そっか。私がお仕事のことよく話すって言ったから知宵ちゃんがそんなことないって話になったんだね』
『ええ。あなたの恋の行方はほとんど進んでいないわ』
知宵ってときどき変な言い回しするわよね。絶対少女漫画とか恋愛指南本とかばっかり読んでるせい。今だって普段通りにさらっと言ったし、この子が気づいてないからあたしは言わないけど。
『恋の行方…うん。恋っていうほどのものじゃないけどね。仲良くなっていった人たちの中に、すごく私に優しい人がいたんだ』
『ほう…』
「へー…」
話の流れはいい感じなのに、胡桃の声と表情が沈んでいて展開が薄っすら読めた。
頑張れ胡桃、あたしは応援してるわよ。
『四つ年上で優しくて笑顔が素敵な人だったんだよね…』
「ふーん、あたしの郁弥さんの方が素敵だから」
『…日結花、あなたという人は…』
『…日結花ちゃん』
二人揃って呆れたような目を向けられた。知宵にいたっては頭痛を堪えるように手で頭押さえてるし。
「な、なによ。別にいいでしょ。ほんとのことだし」
『いいんだよ?いいんだけど…わざわざ対抗する必要ないよね?』
『胡桃の言う通りよ。あなたが思うのは勝手だし、それが事実かもしれないわ。けれど、あなたが対抗して言う必要はないでしょう』
「うぐ…」
た、たしかに…。
「…ごめんなさい。悪かったわ。今度から反射的に言うの我慢するから許してちょうだい」
『『えぇ…』』
「こ、今度はなによ…」
また二人して変な反応してくれちゃって…。
『いえ…反射的って、あなたどれほど郁弥さんのことばかり考えているのよ』
『日結花ちゃん、郁弥さんのこと好きすぎじゃない?少し羨ま…じゃなくて…ううん、やっぱり羨ましいっ!』
『…胡桃?』
『え、な、なに?』
知宵が胡桃にじとりとした眼差しを向ける。
『羨ましいというのはどういうことかしら?』
『えっ、それはそのままの意味だけど…』
『…どうして羨ましがるの?』
『そんなの羨ましいからだよ…知宵ちゃんは羨ましくないの?こんなにも人を好きになれるなんて経験、私にはないもん』
ぴしっとあたしを指差してキラリと光る明るい瞳を向けてくる。
よくわかんないところで羨ましがるのは別にいいけど、とりあえず胡桃。
「指差すのはやめなさい」
『あ、ごめんね。つい…』
「ん、いいわよ。興奮しちゃったんでしょ?」
たまにあるわよね。あたしにもあるもの。郁弥さんが無防備な姿見せたり、油断して気を抜いてたり、あたしが距離縮めても全然気づかないときとか、ほんっと郁弥さんってばあたしを誘惑するのが得意よね。大好き!
『興奮ってほどじゃないけど…うん。やっぱり私、日結花ちゃんみたいな恋をしたいなぁって』
『私は…』
「ん?」
『うん?』
胡桃のゆるっとした笑顔を見てすぐ、知宵が難しい顔をして口を開いた。頬が赤くなっているのはいったいどうしてなのか。
『…ええ、そう。確かに私はどうしようもないほど鮮烈な恋をしたいと思っているわ。悪い?別にいいでしょう?…もう…』
『ふぅあぁっ。か、かわいいぃっ』
「はぁぁ…ひっさしぶりに超可愛いのきたわね…」
顔赤くして目はほんのり潤ませてぷいっとそっぽを向く。
綺麗系な顔立ちの知宵がそんなことをすると破壊力が高すぎて同性のあたしですらきゅんときてしまった。
『か、可愛いだなんて…ふ、二人してからかわないでちょうだい!』
『うぐ…これは落ちる。落ちちゃうよっ』
「ええ、ええ。落ちるわね。あたしも恋人がいなかったら危なかったわ」
知宵の可愛さって普通の可愛いじゃないのよ。大人っぽくてかっこよくて綺麗な人が見せる可愛らしさだから、可愛いの落差が大きすぎて、そのぶんダメージも大きいわ。
『あなたたちはもう…ほ、ほら胡桃。続きを話しなさいっ』
『あ、う、うんっ』
知宵…。まだ微妙に落ち着きを取り戻していない胡桃に酷なことを…。
『ええっと…ど、どこまで話したかな?』
まあ忘れてるわよね。助け舟出してあげようかな。
「年上の人が素敵で優しいってところよ」
『あ、そっか。うん。ありがとう。ええと…その人が私のことすごく気にかけてくれて、登場人物への入り込み方とかのアドバイスも色々してくれたんだ』
「ふむふむ」
『ふむ…』
『"ひさらじ"も聞いてくれているって言ってたかな。それは日結花ちゃんのファンだからって聞いたよ』
へー。
「偶然ね。たまたま聞いてたラジオが胡桃も出ているなんてなかなかないんじゃない?」
『うん。私もそれで驚いて、これは脈があるんじゃないかと思ったんだよね』
『…今のところ悪くはない展開ね』
『今のところはね…』
声に元気がない。
可哀想な胡桃。あたし予想だとその男の人って彼女持ちよ。
『私もちょーっとは期待しちゃって、その吹き替えが他より楽しくなってきたくらいの頃。あの事件が起きたんだ…』
『あの事件…』
「い、いったいなにがっ…」
…自分で言っておいてなんだけど、すっごくばかみたい。胡桃に続いて知宵まで深刻な風を装ったからあたしも続いたのに…。あたし含めみんなほんとおばか。
『ふふ。事件っていうのはね?
『それも別によくあることではない?』
たしかによくあることね。お仕事中はともかく、終わってからなら急ぎの用事があってもおかしくないわ。あたしだって郁弥さんが電話かけてきたらすぐにでも出ちゃうし。
『そうなんだけど、問題はここから。宮一さんの答えがもうアウトだった。二人とも、なんて言ったと思う?』
『ふむ…』
「んー…」
"ごめん、妻が僕を呼んでるから先に帰るよ。また今度話そう"みたいな。
あたしがダーリンに連絡入れたらこんな感じで来てくれそうよね。電話出るどころか咲見岡まで来てくれちゃいそう。ていうか絶対来るでしょ。だって郁弥さんよ?来ないわけないわ。
「たぶん、彼女に呼ばれたとかだと思う」
『おしいっ!半分正解かな?知宵ちゃんは?』
『"実は、今日夕食でデートの約束をしていたんだ。でもサプライズプレゼントの準備が間に合うかわからないって話で、プレゼントのアイスケーキが届いたって、さっき連絡があったんだよね。だから少し早く行って色々と準備をしたいんだ。ごめん、今日は早く帰るよ、それじゃ!"…ふぅ』
『いや、ふぅ。じゃないよ!』
「いや、ふぅ。じゃないから!」
タイミングよく言葉が被った。胡桃と顔を見合わせて、先を譲る意味を込めて頷く。
『えっと、色々ツッコミどころあるけど一つだけ。…やっぱり知宵ちゃんの声っていいね!大好き!サインください!!』
『あら、ふふ、ありがとう。サインくらいいくらでも書いてあげるわ。あまり覚えてはいないけれど、胡桃にはまだ書いたことがなかったかしら?』
『う、うん!こうやって集まるようになってからはもらってないよ。じゃあ今度CDとか持っていくね!』
『ええ、色紙でもCDでも。服でも本でも、なんでも構わないわ』
「……はぁ」
そっとため息をつく。あたしの言いたいことを代弁してくれると思ったら大間違い。知宵の大ファンらしい一面を披露してくれた。
知宵の話長いしやけに具体的だし、胡桃は胡桃で変なところに注目してるし…たしかに声作るのそれっぽくて上手かったけどそうじゃない。そうじゃないのよ。
「それで胡桃、正解は?どうせ知宵のは間違ってるんでしょ?」
『え?あ、う、うん。間違ってるよ。正解は妹が風邪で寝込んじゃったのを彼女さんが連絡してきてくれた、でした』
「……」
『……』
またほんとこの子は。
「答えはそれでいいんだけど、その宮一さん?って…ん?あれ、宮一さんって名前あたし聞いたことあるわよ」
言ってみて気づいた。宮一って人知ってるかも。
『えっ?そうなの?』
「ええ。たぶん知ってる」
下の名前は覚えてないけど、たぶん知ってる。
声者として結構良い"力"を持っていると前に聞いた。男女問わず声者はいるけれど、強い能力持ちはやっぱり少なくて貴重だったりするし、それだけ"力"が強ければお仕事もたくさんやっていたりするから話に出ることも多いのよ。
「なんだったかな…拡歌が得意で歌劇が微妙な性質だとか聞いたような気がする…かも?」
そんなことを峰内さんが言っていたような。
『わー、それ本当だね。宮一さん本人に聞いたから間違いないよ』
「あ、やっぱりそうなんだ」
『へぇ、拡歌だけが得意というのは珍しいわね』
普通は人を眠らせる歌劇が得意で、プラスで人を高揚させる拡歌が得意だったりするのに。あたしも普通側だし、胡桃も同じ。知宵みたいにどっちもできるのが珍しいのよ。
「知宵は拡歌も最近完璧なんだっけ?」
『ええ。ようやく"力"のコントロールが上手くできるようになったわ。コツは波をつけることで段階的に引き上げることね。その波が大変だったのだけれど…能力制御を身につけた私に死角はないわ』
「ふーん…」
『す、すごいなぁ…』
ちょっとだけ嫉妬。あたしにもそっちの才能があればよかったのにと思わないこともない。ちょこちょこ練習したり、たまに拡歌やらせてもらったりもしているけれど、これが上手くいかない。"力"の制御どころか、わかりやすい効果を出せないのが難しいところ。今のあたしにできるのはほんの少し元気づける程度。
「…知宵の拡歌ってさ。実際どれくらいの効果あるの?」
『そうね…参加者が私の歌を聞いて全開の笑顔と声を振り絞って、帰るときは声が枯れるくらいかしら?』
「…それ、ほんと?」
『ええ。これに関しては本当よ。私、帰り際の人をたまに眺めていたりするのよ。"力"をきちんと制御できるようになってからは、みんなすっきりした面持ちで帰っていくようになったわ。誰もが声を枯らしているのに笑顔で…ええ、ナレーション以外でやりたい仕事は拡歌と言えるくらいには良いものよ』
ふわりと柔らかく微笑んで、心底優しい瞳を見せる。そんな魅力にあふれた表情を見せられて薄っすらとした嫉妬が解けていった。
羨ましいには羨ましいけど…これには勝てないわ。
第一…あたしだって他のお仕事で似たような気持ち持ってるから知宵の気持ちよくわかるのよ。
「ん…よかったわね。頑張りなさいよ」
『ええ。ありがとう』
『わ、私も応援しているからね!』
『ふふ、ええ。ありがとう』
なんとなくいい雰囲気になって…いや、また話がずれてる。
「二人とも、話戻すわよ。胡桃、宮一さんが妹に…そう、妹よ。そもそもその人妹いたの?」
忘れてたわ。胡桃がいきなり妹に呼ばれたとか言い出して驚いたんだった。
『うん。いたんだよね。私も妹さんって聞いてびっくりして、それに彼女がいることにもびっくりして…突然すぎてよくわかんなかったけど、お家帰ったら落ち込んだなぁ』
「…今はもういいの?」
話聞いてた感じ、割と最近っぽい。"ひさらじ"の話が出たってことは少なくとも今年の4月から今にかけて。今はまだ8月前だし…半年いかない間ってことよね。
『ふふ、もう大丈夫だよ。一カ月以上前のことだし、もともとちょっと気になるくらいだったからね』
『…その宮一さんの妹さんは大丈夫だったの?』
『え?うん。それは大丈夫だったみたい。本当にただの風邪だったみたいで、病院に行って安静にしていたら治ったって言われたから』
『それならよかったわ』
色々と脱線を続けて、ようやく話に一区切りがついた。
「さて、と。胡桃のお話が終わったところで今日の本題を真面目に話すとしましょうか」
『…本題?』
「…冗談はいいから真面目にやりなさい」
『ええ。わかったわ。…ようやくお悩み相談なのね。もう疲れたわ。今日はもういいのではなくて?』
「よくないから。全然よくないから」
『あ、あはは。日結花ちゃんまとめてくれたんだよね。うん。私も考えるからねー』
わいわいきゃあきゃあと、女三人寄れば
待っていなさい。あたしの未来の恋人…いえ、唯一無二のパートナー。完璧で最高な解決策を示してもっともーっとあたしのこと大好きにさせてあげるんだから。
「それじゃあ、第五回郁弥さん攻略会議!始めるわよー!」
『……』
『お、おー』
「ほら知宵も!」
『…私はやらないわよ』
「でも本当はやりたかったり」
『実はそうなのよ。おー!……おやすみなさい』
「ちょっと寝ないの!!」
『わー!知宵ちゃん待って!まだ寝ないで!ベッドに横にならないで!』
…さ、三人で考えればたぶん大丈夫…よ。
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