89. 第五回攻略会議(女子雑談会)

あたしの愛おしい人こと藍崎あおさき郁弥いくやさんから相談を受けて翌日。お仕事のないあたしは自分の部屋で一人ベッドに寝転んでいた。本来ならあたしの手にあるべき携帯はドア横クローゼット前の床に置いてあり、液晶からは明るい光が照射されている。


「昨日の顛末てんまつは今の通りよ」


今回使っているビジョンの設定はウインドウ一枚。一枚のウインドウに二人の姿が映っている形式。ごろごろしながら話すときは二枚のウインドウを使うよりも一枚の方が楽なため、今回は一枚にした。

会話相手は当然知宵ちよい胡桃くるみ


『色々と言いたいことはあるけれど、まず郁弥さん、彼に会ったわよ』

「ん?」

『え?』


ちょっとなにを言っているのかわからない。


『だから会ったと言っているの。それも数時間前にね』

「…数時間」

『数時間前って…あぁ、青美さんと郁弥さんってお家近かったんでしたね』

『ええ。朝からジョギングと散歩とで外に出ていたら会ったのよ』

『うんうん。郁弥さんどうでした?元気でした?』

『元気って…あなた、彼と会ったことないのでしょう?』

『え、えへへ。日結花ちゃんからいっぱい聞いていたのでつい』

『そう。…まあ普通ね。相変わらず雰囲気は良い人だったわ』

『そうなんですねー。私もいつか話してみたいなぁ』

『…やめておいた方がいいかもしれないわよ』

『え、どうしててすか?』

『日結花に相手がいて自分にはいない現実に打ちのめされるからに決まっているでしょう』

『…なんかごめんなさい?』


会話を進める二人を他所に、あたしは少し考え中。

知宵が郁弥さんに会っていたとするなら……会っていても別になんにもないじゃない。あたしのばか。


「はいはい。話戻すわよ。色々話したけどどうだった?感想は?」

『感想と言われれても…思っていたよりあなたが積極的過ぎて、少し反応に困るわ』

『ですねー。日結花ちゃん無理無理言っておいてかなり攻めてるよ。聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃったくらい』


姿の見えない知宵はともかく、胡桃はのほほんとした笑みを見せている。


「…そんなに攻めてた?」

『うん。あれだけハグなんてできないーって言ってたのに』

『そうね。私と胡桃さんで考えたことをことごとく否定したあなたがハグだなんて…日結花、大丈夫?』

「べ、べつに普通だから!勢いよ勢い!その場の雰囲気でこう…流れで」


あれは郁弥さんが変な冗談言うから少し困らせてあげようと思ってしただけで…うう、考えたら恥ずかしくなってきたっ。


『…はぁぁ、照れてる日結花ちゃん可愛いなぁ』

『…胡桃さん。私、あなたとの距離をもっと取った方がいいような気がしてきました』

『ちょっ!?ま、待って!私は普通ですから!!青美さんが考えているような人じゃないですから!』

『そうですか…』

『だ、だから敬語をやめてくださいよぉ…』


はぁ、あっつい。クーラー入れてるのに暑いわね。変に火照っちゃった。ほんっと郁弥さんってば罪な人。こんなにもあたしのこと悩ませてくれちゃって、今度会ったらまた話蒸し返してやるんだから。


『…私は敬語をやめてもいいですけれど、胡桃さん。あなたも私への敬語を取り払いましょう?いい機会じゃありませんか』

『わ、わかりました!ううん。わかった、わかったから…これでいい?』

『ええ、いいわ。これで私と胡桃さんは対等ね』

『…敬語はいいんだけど、あの、どうして私はさん付け?』


…ちょっと温度下げようかな。ていうか扇風機つけようかな。


―――ピッ


はー涼しいー。


『…私にさん付けを取り払えと、そう言うのかしら?』

『え?はい…あ、うん。お互い敬語じゃないんだし、さん付けっておかしいと思うよ?…日結花ちゃんもそう思うよね?』

「ん?ええ。そうね」


敬語がどうとか?適当に聞いてたからイマイチ微妙だけど、まあうん。たぶん今の返事で大丈夫。


『…絶対聞いてなかったよね』

「聞いてた聞いてた。そろそろ敬語やめたいねって話でしょ?」

『うーん、合ってるようで合ってないなぁ』

「じゃあなに?」

『私にさん付けはおかしいよねって話、かな』

「あーなるほど」


わかった。知宵が面倒くさい子になってる話か。


『…なにかしら?その目は』


携帯の位置を変えたのか、のっそりと横顔を覗かせた知宵と目が合う。眠さとだるさと不機嫌さと羞恥とを混ぜたような表情。


「いや、あたしたちが話し合うのも五回目だし、そろそろ慣れてもいいんじゃないかと思って。だから知宵もさっき敬語取り払おうとかなんとか言ったんでしょ?」


もう五回目だもの。

ほとんど女子会みたいな雑談になっていたけれど、三人で話してきたことには変わりない。むしろ雑談だったからこそ仲良し度も上がっていると思う。


『そう…そうね。ええ。胡桃さん…いいえ、胡桃。これからもよろしくお願いするわ』

『あはは、うん!よろしくね、青美…ううん。知宵ちゃん!』


ちょっぴり頬を染める知宵と柔らかい笑みを浮かべる胡桃とで温かい雰囲気が満ちる。


「はーいじゃあ話戻すわよー。二人とも、他に聞きたいこととか言いたいこととかない?」

『え、うーん…』

『ふぁぁぅ…こほん、いいかしら?』

「ん」


あくびのついでで来た言葉に頷きを返す。


すそを掴む話は今回で二回目だったと思うのだけれど、前回よりも効果はあったの?』

「…微妙。前と同じで最初はそれなりにドキドキしたりもしたけど、途中からなんか慣れたし」

『そう。…それは彼も同じということでしょうね』

「うん。たぶん」


結局距離が今まで以上に近くなるというわけでもないし、純粋に楽しくて幸せなだけだったわね。


『もう一つ、押してだめなら引いてみろという話は無理だった、ということでいいかしら?』

「それは、うん。だめだった。普段のあたしならまだしも、デート中のあたしにおしとやかさを求めるのは間違っていたわ」

『…そう』


一言だけ呟いて寝返りを打った。知宵のウインドウには背中側だけが映る。


『ねえ、日結花ちゃん。私も聞いていい?』

「どうぞ?」

『ハグしたときどんな気持ちだった?』

「…やばかったわ」

『や、やばいって…ええー…』


胡桃がなんとも言えない顔をする。

ごめんね、ほんとにやばかったのよ。


「色々複雑だったわ。嬉しいとか幸せとか恥ずかしいとか緊張するとか、全部混ざってのやばかったよ」

『そっかー…。うん、なんとなくすごかったことだけわかったからいいや。ありがとう』


うんうん頷いて笑顔を見せる。…落ち着くわ。やっぱり胡桃の笑顔はいいわね。癒される。


「ふぅ…さて、と。本題に入りましょうか」


話もそこそこに、入るのは今日の本題。

ここからが大事よ。


『お悩み相談のことだよね?』

「そ。郁弥さんからのお悩み相談」

『郁弥さんが浮気した話でしょう?いいわ、私に任せなさい』


無駄に楽しそうな声が耳に届く。ウインドウの左側にはわざわざ起き上がって椅子に座る知宵がいた。


「一つ訂正してあげる。浮気じゃないから。ただの相談だから。そこ間違えないように」

『はいはい。わかっているわ。彼が他の人に取られそうで困っているのよね、ちゃんとわかっているから安心しなさい』

「くっ…」


反論したいのにだいたい合ってるから言い返せない!ニコニコしてるのがまた腹立つ!


『うーん、でも実際どうしようか?私、男の人の取り合いなんてしたことないからアドバイスできないよ?』

『それは私もね。ありがちなシチュエーションではあるけれど、実際に起こると対処が難しいわ…』

「…んー」


闇雲に考えるのもあれだし、ひとまず書き出してみようかな。


「ぱぱっとまとめちゃうから少し待ってて」

『うん?うん』

『了解』


書くのは当然ビジョンでいいし、書くことは…。


『胡桃』

『はいっ!』

『…その大げさな反応は…いえ、いいわ。そのうち慣れるでしょう』

『ご、ごめんね?いきなりだとちょっと驚いちゃって…』

『ええ、わかっているから気にしないで。それより、あなたは最近どうなの?』

『さ、最近?』


郁弥さんがあたしを頼ってくれたことが一つ。これが一番よね。あとはお悩み相談のことだから。


『最近ってすごくふわっとしてるけど、お仕事のこと?』

『仕事のことは先月にも話したからいいわ。あなたの恋愛事情についてよ』

『う…恋愛、恋愛かぁ』

『ちなみに私は真っさらよ。何一つないわ。期待しているところ悪いわね』

『そんな堂々と言うことじゃないよね…』

『さぁ、私が話したのだから今度はあなたが話す番よ』

『ええ!?知宵ちゃんが勝手に話したのにっ!』


あたしの彼氏さんのお悩みはもちろん女性関係。しかもお仕事の後輩だとか。優しくしてたらつけ上がったんですって、許しがたいことよ。

その女の人もだけど、郁弥さんも困った人だわ。あたしとデートしたりデートしたりデートしたりするようになってから癒し度とかかっこよさとかすごいことになってるんだから、ちょっとは自分のことわかってくれないと。

恋をすると女の子は可愛くなると言うけれど、男の人が魅力的になるのもありえなくないわね。現に郁弥さんの魅力度上がってるし。


『どうせ話すのだから早く話してしまいなさい』

『まあそうなんだけど…別に面白くもなんともないよ?』

『いいわよ。少なくとも私よりはまともな話でしょうし』

『それは…うん。そうだね』


後輩ちゃんに好意を抱かれて、いつも通り拒否したまではいいのよ。郁弥さんってばあたしのこと大好きだし…えへへ、やーだもう、あたしのこと好きすぎて他の女の人に目がいかないだなんて…ふふ、あたしも大好きだから両思いねっ。


『ええっと、お仕事で会った人なんだけど、その人も声者で、役は私含めドラマの吹き替えによくある一チームの一員だったんだ』

『あぁ、警察組織や犯罪組織の一グループの仲間、といったものね?』

『そうそう。スタジオでお仕事前とかお仕事終わりに話すことも何度かあって、結構仲良くなったんだよね』

『…仕事前仕事終わりに話すというのがよくわからないのだけれど、それは…仕事の話?』


…ええ、郁弥さんは拒否したのよ。違うことばかり考えるから全然入力が進まないわ。とにかく、後輩ちゃんをやんわり断ったわけね。さっすがあたしの恋人。他の女になんか微塵も興味持たない。もっとあたしのことを見てくれても…また脱線してるじゃない。


『え…お仕事の話だよ?向こうの演者さんのキャラクターとかアドリブがどうだったとかお互いが当てている人の演技がどうだったとか、そんな感じの話が多いかな』

『そう。…割としっかりした話をしているのね』

『うん。知宵ちゃんはそういうことないの?吹き替えなら私みたいなことあると思うんだけど…』

『…昔はそんなこともあったわね』


ダーリンもこれで一安心と思ったらしいんだけど、後輩ちゃんはこれまでとはひと味違ったんだそう。

そもそも今までは飲み会とかで知り合った人だって言ってたし、毎日会うことも話す機会も少なかったらしい。


『私の場合、話し合うことはあまりないわ。もちろん音響の人や監督から訂正を求められることはあるけれど、私から同じ声者に指導を求めることはないわね。これでも演技力に自信はあるの。年上だろうと私が他の人に劣るわけないじゃない』

『…やっぱり知宵ちゃんはすごいなぁ。…でも、それじゃあ雰囲気悪くなっちゃったりしない?』

『ふっ、私を誰だと思っているの?大事なのは礼節を持って人に接することよ。年齢問わず初対面で敬語は当然、菓子折りを欠かさずにいれば好感度が下がることもないわ』

『な、なるほど…』

『もちろんアドバイスを求められたら伝えてあげるのも必要ね。特にまだ声者として慣れていない人からは質問をされることも多いわ。仕事に関しての質問ならどんなものでも答えてあげるつもりで過ごしているわよ』

『そ、そうなんだ…』


比べて、後輩ちゃんは直接の後輩だから毎日会うし毎日話す。ていうか話さないことがないって。

それが"うう、辛いよ日結花ちゃん大好き!助けて!"という話だった。

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