69. お仕事話と買い物話

『ふふ、そうだったんだ。そうだよね。みんな気づくよね』

「ええ。じゃあ、はい。この話終わり。今度どうするか決めるわよ」

『あ、うん。青美さんと日結花ちゃんと私が集まるやつだよね?』

「そ」

『いつ集まるの?』

「んー…」


いつにしよう…お仕事もお仕事だからみんなお休み一緒じゃないのよね。


「休みの調整が必要だけど…胡桃って今お仕事どんな感じ?」

『え、うーん…歌劇は毎月。これは日結花ちゃんも一緒だよね』

「ええ」


声者としての本業だもの。毎月の定例歌劇以外にも依頼があれば眠らせに行くし、あたしは月2くらいでやってる…わね。だいたいそれくらい。


『拡歌は…私、歌うのあんまり得意じゃなくて…』

「はいはい。あたしも似たようなもんだから気にしないの。他のお仕事は?」


しょんぼりと声が落ちる胡桃に続きを促す。

ほんとこの子、あたしの良い人に似てるわね。今度会わせてあげようかしら…。


『うん…。舞台の方は本当に脇役を少し。ラジオは前から出させてもらってた"四季のラジオ"と日結花ちゃんと一緒に始めた"ひさらじ"かな。"ひさらじ"の前にも一つ出てたんだけど、ドラマ終わっちゃったから…』

「そりゃ終わるわね。次のシーズンでも始まれば変わるかもしれないけれど」

『そうなんだよ…だから今は二つだけ』


あたしも胡桃と同じ感じ。舞台はともかく、吹き替えで参加したドラマでメイン張るならラジオも出るし、期待されてる映画なら販促のラジオしたりもするし…まあ、長く続けてるのは"あおさき"くらいよ。


「でも、"ひさらじ"か…」


なかなかにタイムリーな話題。なんといっても、昨日初回のラジオ放送があったばかりだから。


『…"ひさらじ"始まったね』

「ええ」


二人して神妙な声を漏らす。

どうしてこんな微妙な反応をしてしまうのかは、"ひさらじ"の特徴にある。

"比島胡桃ひしまくるみ咲澄日結花さきすみひゆかの日常系ラジオ"。通称"ひさらじ"。このラジオの特徴は、主に国主導な点にある。放送局が、かの有名なKHAの"KHA放送センター"。その中の声者部門である"声者放送センター"で放送が行われた。

もう一つの大きな特徴が、隔週の生放送である点。


「…これから月2でやると考えると今から疲れるわ」

『それは同感だけど…でも、ふふ、日結花ちゃんと一緒にラジオ番組やるなんて思わなかったなぁ』

「そうねー…しかも収録と生放送を交互にやっていくって、聞いたことなかったわよ」


昨日は生放送で、来週は収録。次週のぶんはもっと前に録っちゃったから、次は再来週にある生放送。そのあとの収録は…たぶん、そのうち収録するわよ。


『…色々ご迷惑をおかけすると思いますので、よろしくお願いします』

「…一回目から色々あったわねー」


胡桃の語彙力ごいりょく低下事件とか、胡桃の段取りど忘れ事件とか、もうほんと一回目から面白かった。


「ふふ、思い出したらまた笑いが…っふふ」

『わーっ!!もう!なんでそうやって…うう、私が悪いのはそうなんだけど…そ、それより!ほら、他のお仕事のこと!!』


ん…ふふ、いいわ。他のお仕事ね。


「こほん…ええ、それで。他は?」

『えっと…声当ての方は、ちょこちょこアニメも吹き替えも出させてもらってるかな。全然主役はないけど…ふふ、すっごく楽しいんだよ?』


ふにゃっと緩い笑みが目に浮かぶ。さっきまでの慌てようが嘘みたい。

ん、やっぱり胡桃は郁弥さんと同じでこっちの方が合ってるわね。


「ふふ、楽しそうでなにより。なんだかんだ順調そうね。安心したわ」

『え、心配してくれてたの?』

「まあね?友達のこと気にするのは当然でしょ?」

『え、えへへ…ありがとうっ』


大丈夫だとは思っていたけれど…少しは気にしてたし、これなら大丈夫そうね。


『あ、そうだ。日結花ちゃんはお仕事ってどうなの?』

「あたし?あたしは…RIMINEYのに色々出てるわね。終わったのは抜くと、有名なのはやっぱりリルシャかしら」


咲澄日結花の代表作ってミスファミとかもあるけど、劇場版までやるリルシャだと思うのよ。リルシャってRIMINEYのチャンネルはもちろん、地上波で放送もされてるんだから。


『『まほうひめリルシャのぼうけん』だよね?…すごいなぁ。私もいつかあんな可愛い作品に出たい…ううん、頑張って出るからね』

「ふふ、頑張りなさい。またどこかの作品で共演できればいいわね」

『あ…うん。ふふ、そうだね』


嬉しそうな声が返ってきた。

胡桃ならそのうちあたしと一緒に参加する機会もできるわよ。短期間であたしとラジオやるくらいにはなったんだから、それくらいはやってくれなくっちゃ。


「他のお仕事は普通よ。ドラマ出たり映画出たりナレーションしたり朗読したり。あたし自身がRIMINEYの作品色々やりたかったから、そっちに主軸を置いている感じね」

『そうなんだ…えっと、聞いてもいいかな?』

「ん?いいわよ?なに?」


胡桃があたしに聞きたいことって…も、もしかして郁弥さんの魅力についてっ!?


『日結花ちゃんの歌劇とかは…どうなのかな?』


…まあ、違うわよね。知ってたわ。


「歌劇ねぇ…あたしは歌ってないから結構普通だったりするのよ。軽く気持ち込めて話すだけで、そこまで苦労はしていないわ」


もともとの声者力、いわゆる才能がものを言う歌劇や拡歌。自慢するのもなんだけど、あたしの声者力はかなりのものだったりする。本気で眠らせにかかれば以前の通り、たいていの人がすぐに眠っちゃう。

知宵の方もあたしと同じような感じではあるらしい。あの子は歌を使うからあたしとは少し違うにしても、一曲でほとんどを眠らせるとかなんとか。


『わー…すごいなぁ』

「あと、歌劇繋がりになるけど朗読の方もあったわね」

『朗読?』

「ええ。普段はそんなでもないのよ。ただ、少し気を抜いて読むと寝ちゃう人が多くて…それのおかげで朗読のお仕事も増えたりしたのよね」


あたし的には微妙な気分だけど。だってせっかく読んでるのにみんな寝るのよ?あたしの美声で素敵なお話を読んでるんだから聞き惚れてほしいところだわ。


『そんなこともあるんだ…やっぱり日結花ちゃんはすごいね。私なんて1分経っても半分くらいしか眠ってくれないのに…。朗読だって普通に聞いてくれて普通に拍手してくれるよ…』

「…それが普通なのよ。歌劇の方も1分で半分眠らせられるなら十分でしょ」

『えー…まだまだだよ。私もすぐに眠ってもらえるようにならなくちゃ』


むんっと気合入れてそうな声。

胡桃は…歌劇でなにをやってたかな。聞いたことなかったかも。


「胡桃って歌劇でなにやってるの?」


我ながら直球なことで。


『私?ふふ、私はね。色々やってるんだよ』

「色々って…お喋りしたり歌ったり読んだり?」

『うんっ。できそうなことは全部試してるよ』

「へー…やるじゃない」

『えへへ、そうかな。ありがとう』


ニコニコ笑顔の胡桃が目に浮かぶ。頑張り度でいったら、あたしよりも頑張ってそうな胡桃。

応援してるわ。頑張って。


「ふふ、あたしも負けられないわね。…じゃあ、予定はまたあとで連絡するわ。今度は本格的に攻略会議始めるから、胡桃も考えておくのよ?」

『う、うん…頑張って考えてみる。で、でも期待しないでね?私あんまり恋愛とか知らないから…』

「ええ。それはわかってるわ。だから三人で集まるのよ。よろしくお願いするわね」

『うん…じゃあ日結花ちゃん。またね。おやすみなさいっ』

「はーい、おやすみー」


電話を終えて、部屋に静寂が戻る。


「……」


郁弥さんといっぱい話して、パパとママと胡桃とも話して…今日は話し疲れた。


「…に、しても」


…郁弥さんかー。

あの頃、あたしが本格的に恋愛へ乗り出した時期。あの転換期から三カ月と少し。

たった二回…厳密には三回だけど、ホワイトデーのはノーカンだから二回。とにかく、二回しかデートしてないのに進むも進む。胡桃に話した通り、恋人一歩手前で、お互いの気持ちを確認するところまで進めた。

郁弥さんの気持ちに恋以外の好きが多いとか、あたしの好きが重たいとか、そんなことはどうでもいいの。重要なのはたった数か月でここまで進展したこと。あたしが押し始めただけでこんな簡単に関係を変えられたこと。


「…ふぅ」


ほんと、これからどうしよう。……ううん。寝よう。どうせ知宵に話して、それから胡桃とも話すんだから。今はもう寝ちゃおう。


「ふぁう…」


いい感じにあくびも出て、電気を消せばあっさりと意識が落ちた。




「…ふぁぁー…」


…なんでかな。最近あくびばっかりしてる気がする。お布団で横になってるとすぐあくびが出て…いや、それ普通か。普通ね。


「……」


ええと…今日は…あぁ、そっか。思い出した。今日は母の日。週末土曜日の母の日…の前の週の土曜日。実は5月のGM(ゴールデンウイーク)真っ最中だったりする。

ママはお仕事で、パパもお仕事。ママの方は吹き替えのお仕事って聞いた。パパの方は担当の人と話すとかなんとか。ちなみに、あたしは休日。まるまるお休みだったりする。


【おはよわ】


時計の針は既に8を過ぎていた。とりあえず郁弥さんに挨拶を入れて、部屋を出る。洗面所で顔を洗ったあとリビングに来た。


「おは…」


…ママもパパもいなかったわね。もうお仕事行ってる時間よ。今日は朝からとか昨日言ってたわ。

挨拶を取りやめて朝ご飯を温める。いつも通りなご飯と目玉焼きとサラダとソーセージと…。


【おはよう。日結花ちゃん寝惚けてる?】


ん?


「…ふふ」


なるほど。"おはよわ"とか打ってたのね。全然気づかなかった。


【さっき寝起きだったのよ。もう起きたから平気。郁弥さんはいまなにしてるの?】


返事を書いて携帯をソファーに投げておく。

温めたご飯をちゃちゃっと食べ進め、歯磨きやらお化粧やらの身支度を整える。

お化粧は下地とファンデ…。ファンデーションといえば、最近フェイスパウダーオンリーなお化粧をすることがある。

日焼け止めは下地に入ってるし、化粧水と乳液は朝顔洗ったあとつけてるもの。今までのお化粧だとリキッドとかクリームとか使っていたけど、フェイスパウダーだけでも別にいいって最近知ったわ。後付けの調整くらいに思っていたのに、まさかのフェイスパウダーのみでもいけるなんて…またメイキングナチュラリストに一歩近づいちゃったわね。


「…ん」


下地とフェイスパウダーをつけて、次は目。アイラインとアイブローをちょちょいと済ませ、薄くリップを塗る。

リップクリームの弱口紅寄り、みたいなやつよ。お手軽で保湿性も高くて便利なの。


「…ふぅ」


お化粧を終えて、服を着替える。気温が27度とか天気予報で言っていたので夏っぽい春の服装。

半袖のブラウスに薄い上着。下は動きを阻害しない程度の膝下スカート。白にオレンジを合わせた淡い色合いのセット。当然下着も同系色で、白とオレンジがマッチした可愛いのを選んだ。


【何買おうかネットで探してたんだ。プレゼントっていっても色々あるからね】

【へー、なにかいいの見つかった?】


あたしと同じでプレゼント探し。事前に探すところが郁弥さんらしい。


【うん。一応ね。ブリザードフラワーって知ってる?】

【知ってるわよ。お水あげなくてもいいやつでしょ?】


本物の花を液体窒素とかで凍らせているって聞いた覚えがある。…違うかも。わかんないわ。とにかくお水あげなくても枯れないやつよ。


【そうそう。それ。それでいいかなって】

【ふーん…】


ブリザードフラワーかー…。


【あたしはどうしようかな…】


悩む。


【ふっふっふ、日結花ちゃんに年上の僕から良いことを教えてあげましょう】


…ふむ、郁弥さんにしては珍しいこと言うわね。


【いいわ。聞いてあげる】

【では…こほん、相手がもらって嬉しいものをあげましょう】


ぽちぽちと携帯でのやり取りが続き、もっともらしいことを教えてくれる。

相手がもらって嬉しいこと…。


「…もらって嬉しい、ね」


ママがもらって嬉しいって…なにかあるかな。あたしからのプレゼントならなんでも嬉しいとか言いそうだけど…。


「……」


できれば…ママが使いそうな、よく使うようなもの。いつも使っているもので、それより少し値が張るものとか…。例えば、お仕事で使いそうなボールペンとか。…あ、あと喉をケアする飴とか保護マスクとか。…消耗品じゃない方がいいのかも。

うーん…母の日のプレゼントを大真面目に考えるなんて初めて…結構難しいのね。


【ねえ郁弥さん。ママがもらって喜ぶものってなんだと思う?】


…いい答えが浮かばず、ついつい聞いてしまった。

自分で考えなくちゃいけないっていうのはわかっているのよ。…でも思いつかないんだもん。仕方ないじゃない。


【杏さんが?…うーん】


少し間ができる。

消耗品以外となると…さっきのボールペンは少なくとも形は残せるのよね。飴とかマスクは使い捨てだからだめだけど、ボールペンとか…普段使いするものなら、お財布とかでもいいのかな。


【洗濯機とか?】


「ぷ…」


ちょ、ちょっと洗濯機って!


「ふふ」


まさかの家電製品きたわね!予想外すぎて笑っちゃったわ。…ふふ、家電製品って。一理あるとは思うわよ?でも大きすぎるし高すぎるし、買うならちゃんとママの欲しいやつにしなきゃだめでしょ。


【ふふ、家電製品買うならママに選んでもらうわよ】


掃除機はあたしもそれなりに使うけど、洗濯機とか冷蔵庫なんてほとんどママ専用みたいなものよ。


【そっかー…じゃあ料理用品とかはどう?】


料理用品…。


【それって、まな板とか包丁とかミキサーとか、そういうやつ?】

【うん】


…悪くないかも?調理器具なら長く使えそうだし、高級なのってママも持ってないと思う。


【いいかもしれないわ。郁弥さんならなに選ぶ?】


あたしなら…やっぱりまな板かな。


【僕はまな板かな】


あら…あたしと同じだなんて、ふふ、これで何回目?こんなにも気が合うなら、もう結婚するしかないわね。


【あたしも同じよ。気が合うわね!】

【あはは、そうなんだ?確かに気が合うね。じゃあ今日の買い物はしなくていいのかな?】


…ん?…この人はなにを言っているの?


【そんなわけないでしょ。郁弥さんおばかさんになっちゃった?】

【おばかって…なんか可愛い】

【それはもういいわ。買い物はするわよ。絶対するからね?来なかったらだめよ?】


わざわざお化粧して服だっておしゃれにして行くんだから。来てくれなかったら困る。先月の第二回お花見デート――だいたい散ってたからただのお買い物デートだった――以降一度も会ってないのよ。


【あはは、わかってるよ。冗談冗談。あと30分もしたらちゃんと家出るから大丈夫】

【ん、なら良し】


あと30分…。今は9時半過ぎ。

今日の甘名あまな駅は前に映画を見たところと同じ。お互い40分くらいはかかる。

郁弥さんの方がもう少し遠い…かも?とにかく、それくらいはかかる。


「……」


少し、今日の作戦を考えておこう。

あたしも30分後には家を出ないといけないから…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る