70. 待ち合わせプラスα
結局、今日どうするかはまとまらずに時間が来てしまった。電車で甘名駅まで来て、待ち合わせ場所まで歩いていく。
ここまできたらプランを練るなんてことはしない。あとはあたしのアドリブ力でどうにかしよう。
「…ん?」
歩いていけば、見えたのはあたしの恋人らしき人…と、お子様三人。
「ねえねえお兄さん。ひま?いまひまなの?ひまだよね?」
「暇ですのよね?きちんとお礼をしなければワタシの気が済みませんわ。お時間をいただけます?」
「ふ、二人とも…お兄さん困ってるよぉ。や、やめよう?」
「あ、あはは…どうしてこうなった…」
"あたしの"郁弥さんに寄り付くお子様三人。うち一人は見覚えのある……いえ、それより今は"あたしの"郁弥さんを助けないと。
「どうしてそうなったのかはあたしが聞きたいわよ」
横から投げかけられた声に反応してみんながあたしを見る。
安堵と警戒と驚きと不安と…全員揃ってわかりやすい表情してくれるわ。
「ハロー郁弥さん」
「あ、うん。ハロー?」
「ふふ、遅れてごめんね?」
「え?ううん。全然遅れてないよ?でも…とりあえず助かったよ、ありがとう」
安堵したパートナーは相変わらず魅力的で…この魅力ならお子様三人が引き寄せられるのも仕方がないことなのかもしれない。
「それはどういたしまして…さて、と」
「…ど、どうして日結花さんがここにいるんですの!?」
最初に声をあげたのは驚きの顔を見せていた子。くるくるウェーブのお嬢様ヘアーな、見かけから喋り方、中身まで立派なお嬢様の…あたしの後輩なのよね、この子。
「どうしてって、デートだから?」
「でっ!?ででデートですか!?」
「はいはい落ち着く」
「う…はい」
ぐいぐい迫る頭を抑えれば、落ち着いて静かな本物のお嬢様っぽくなる。
「それで、どうして郁弥さんにまとわりついていたのかしら?」
「ふふん、それはね?なんといってもその人がいい人だからだよ!」
「いい人?…」
「こら!日結花さんに失礼でしょう?敬語を使いなさい」
「えー…エリィの知り合いなら別にいいじゃん」
「だめですわ。日結花さんはワタシの先輩ですのよ?しかもワタシなどとは比べ物にならない才能の持ち主で…」
きらきら輝く瞳が眩しい。
そこまで尊敬されるような人じゃないわよ…ううん。とりあえず郁弥さんと話そう。
「いい人だそうね?またなにかしたの?」
「またって…僕他に何かしたことある?」
「…色々?」
あたしを惚れさせたとか、あたしを照れさせたとか、あたしを恥ずかしがらせたとか、数えたらきりがないわ。
「…身に覚えがなさすぎて怖い」
「それならそれでいいわよ。それよりほら、今回はなにがあったの?」
「うん。それは」
「あ、あの!」
「「ん?」」
横から幼い声が聞こえて、視線をずらせば英理子と一緒にいた二人のうちの一人…唯一郁弥さんから離れて話していた子がいた。
「え、えっと…わ、私がぶつかっちゃったんですっ!ごめんなさい!!」
緊張して言葉は詰まっているけれど、本当に悪いと思っている声。頭をしっかり下げて、根っからのいい子そうな雰囲気が伝わってくる。
「あはは、いいよいいよ。僕は全然気にしてないからさ。…あ、でも、ふふ。そこまで気にしちゃうならシエちゃんに罰を与えます」
罰といいながらニコニコほんわか笑顔な恋人さん。優しいかっこいい良い人と三拍子揃ったスリーハートでラブ度が上がる。
「は、はい…」
「はい笑顔ー、にぃーっと笑って?それが罰だよ」
笑顔のまましゃがんで女の子…シエちゃん?と目線を合わせて話す。
子供との話し方をわかってる郁弥さん素敵っ!
「え、あ、…に、にぃー」
「あはは、うんうん。おーけー、それでいいよ。これで罰は終わりだね、ふふ」
「あ…」
ぎこちない笑みを浮かべるシエちゃんの頭を軽くなでて立ち上が…なでて、って。なにそれ、あたしにもしてよ。ずるい!
「あ、あの…えっと…」
「ん、なにかな?」
もう一度軽く腰を落として話を聞く体勢。
好きな人の優しさを見られて嬉しいのと、あたしのことをなでてくれない嫉妬が混ざって複雑な気分。
子供だからっていうのはわかるのよ…でもだって、少しくらい…少しくらいなでてくれてもいいじゃない…。
「ただ…ただ笑っただけなのに…罰でいい、んですか?」
「あはは、いいよいいよ。さっきの、笑いにくかったでしょ?」
「は…はい」
「ふふ、それなら罰になってるからね。ちょっと大変だなぁ、ちょっとやりにくいなぁ、そんな風に思っただけで罰になるんだ。だからもうおしまい。ほら、あっちの二人も心配してるよ?」
手を向けた先には英理子ともう一人の女の子があたしたちを見守っていた。
「え、あ…あの、ええと…ごめんなさい、ありがとうございますっ。し、失礼しますっ!」
どこかほっとした様子で友達のいるところまで歩いていくシエちゃんとやら。
「…ふぅ」
「…むぅ」
三歩ほど離れた位置から距離を詰める。もう話し相手もいないので、遠慮なく近づかせてもらった。
「な、なにかな?」
「…あたしがなにに不満を持っているかわかるかしら?」
「え…僕悪いところあった?」
思い当たることがなく、困った困ったとでも言いそうな表情。好き。
「…あたしのこともなでてちょうだい」
い、言っちゃった…言うまでは全然緊張とかなかったのに、伝えた瞬間ドキドキがすごいことになってきた。やばいかもっ。
「…もしかして、さっきのシエちゃんみたいに?」
「…うん」
「…まあ…それくらいならいいか…」
ふわりと、優しく丁寧に頭をなでてくれる。力がかからないようにゆっくり、壊れ物を扱うような優しさを感じる。
「ん…」
大好きな人になでてもらえる、たったそれだけのことが心の底から嬉しくて、このままずっと時間を過ごしたいと思える。
はぁぁ…今日来てよかったぁ…。
「……」
頭に乗せられた手のひらから伝わる体温が心地いい。
このまま一歩前に進んで抱きとめてもらえたら…。
「…えへ」
「…え、ええと…」
ちらりと目を開ければ幸せいっぱいなあたしを見つめる一対の瞳。目が合うとすぐに柔らかい微笑みを崩して頬を赤らめた。
「は、はい終わりっ。もうおしまいね」
「あ…うん、うん…いいわ。満足した…ありがと、えへへ」
欲を言えば頭なでたままぎゅっとしてくれて、抱きしめたまま後頭部とかなで続けてくれたらよかった。
でもま、郁弥さんの照れ顔も拝めたことだしよしとするわ。なにより、ちゃんとなでてくれたのが大きいわね!
「わぁー…わぁー…すごいなぁ、私もさっきなでられちゃったんだよね…えへ、えへへ…優しかったなぁ」
「日結花さんが…あ、あんなうっとりしていらっしゃるなんてっ…た、たしかに良い人だとは思いますけれど…うむむ」
「…なんかお兄ちゃんっぽいなぁ。うちの兄ちゃんとは全然違う。すっごいお兄ちゃんっぽい」
耳に届くのは三つの声。
横を見ればあたしたちを見つめるお子様三人。…早く離れよう。
「…さて、そこの三人。あたしたちはデートに行くから。またどこかで会いましょ?」
「え、日結花さん!行ってしまうのですか!?」
「…いや、行くに決まってるでしょ。むしろなんであたしが残ると思ってるのよ」
デートよ?デート。あたしと郁弥さんのラブラブイチャイチャデートを邪魔なんてさせるもんですか。
…ただでさえ会える時間少ないんだから、二人っきりのデートは全力で楽しまないといけないのよ。
「だ、だって…せっかく会えましたのに…」
「事務所寄ったときだいたい会ってるでしょうに…」
同じ声者事務所なだけあって、会う機会も多い。あたしが舞台の方に手をつけていないので、そっち寄りな英理子とは少し違ったりもするけれど…先輩後輩としては割と会うことが多いわ。
「それは…そうですけれど…」
しょんぼり目を落とす姿が可愛らしい。
この程度の落ち込みはいつものことだから、あたしは引き込まれない。もう慣れたわ。
「英理子。一つ聞くわ。例えば…そうね。好きで好きで大好きで仕方ない人と買い物をするとき、誰かに邪魔されたらどう思う?」
隣には聞こえないよう小声で聞く。
ちらりと横に目を向ければ。
「あ、あの…お兄さんは…おいくつですか?」
「あ、それ私も聞きたいかも!うちの兄ちゃん16なんだけど、どうやったらお兄さんみたいになるの?」
「僕?僕は25だよ。はは、16ならまだまだ子供だね。僕くらいまでなればお兄さんっぽくもなると思うよ?」
「えー、じゃあ待たなきゃいけないのかー…兄ちゃんって全然お兄ちゃんっぽくないからなぁ…」
「わ、私一人っ子なんですけど…お兄さん、ほんとにお兄ちゃんみたいだなぁって…」
「はは、ありがとう。咲美ちゃんもお兄さんのこと見守ってあげてね?そのうち落ち着くと思うからさ」
「…まー、うん。仕方ないから見守ってあげようかな」
「え、えへへ…」
……。
「た、たしかに…いけないことですわね…ワタシは好きな人とかまだわかりませんけど、あの方は良い方だと思いますし、日結花さんが好きになるのも納得できます…」
「…ええ、そうね」
…あたしの恋人が、お子様二人にじゃれつかれている。
郁弥さん優しいし、雰囲気柔らかいし、話しやすいし…少しでもかかわったら気になっちゃうのは当然だけど…うう、なんかもやもやするっ。
「ワタシ含めシエと咲美にずいぶん親切な方ですわね。話し方も優しげで、服を汚したワタシたちに笑顔で答えてくださるとは思っていませんでした」
「…まあ、郁弥さんだし」
基本的に誰にでも優しいのよ。それが子供ならなおさら。そんなところが好きでもあるのだけど、たまにあたしにだけ優しくしてほしいとかも思っちゃうから困りどころ。
「…先ほどは日結花さんに会えて動転してしまっていましたわ。ワタシとしたことがお二人のことを考えていませんでした…ごめんなさい」
謝罪の声が聞こえて思考を区切る。目の前に意識を戻して、英理子の頭に手を置いた。
「そこまでしなくてもいいわよ。恋も知らないお年頃なのだから、わからなくても仕方ないわ」
くしゃりと頭をなでて手を離す。
英理子もお仕事に手を出しているとはいえ、まだまだ勉強の段階。これくらいのことで子供に謝らせるのは大人としてだめだと思うの。
「…むぅ…恋を知らないのは事実ですけれど…なにか釈然としませんわね…」
うなる英理子を置いておいて隣に声をかける。
「郁弥さん、そろそろ行きましょ?」
「あ、うん」
子供二人からあたしに視線が移る。郁弥さんは腰を上げて定位置(あたしの隣)に戻った。
「シエちゃん、咲美ちゃん。それじゃあまたね。友達は大事にするんだよ?」
「はいっ」
「まっかせて!シエもエリィも私の大事な友達だもん!大丈夫!お兄ちゃんより大事にするから!」
「あ、あはは…お兄さんもほどほどに優しくしてあげてね?」
「あはは!ほどほどにね、ほどほど!」
「お、お兄さん…ええと、ま、またお話してくださいっ」
「ふふ、またね」
…。
なんとも楽しそうなやり取りを経て、あたしたちはデートに繰り出した。
時刻は11時を過ぎて10分。たった10分なのに、精神的な疲労がひどい。無駄に一喜一憂させられた
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