68. 恋と好きのお話

「じゃあとりあえず恋人になりましょう?」

「え、それはちょっと」

「なんでよー!今あたしのためならなんでもするって言ったじゃない!」

「そりゃ…なんでもするよ。今までは周りの勘違いが日結花ちゃんのためにならないと思っていたけど、もう気にしないことにしたし。問題になったらそのときはそのとき。それまでは今の日結花ちゃんが幸せでいられる一番を目指すことにしたから」


む、むぅ…嬉しいこと言ってくれる。嬉しいのに…恋人宣言を拒否されたせいで釈然としない。


「なら恋人くらいいいじゃない!」

「…正直、試してみてもいいとは思ったよ?でもね、現状似たようなものだから…これで幸せならこれ以上どうこうする必要はないと思うんだ」

「なっ…」


うう…『恋人前のイチャイチャデート大作戦』がそんな弊害へいがいを生むなんて…。


「それに、何度も言ったけど恋愛は慎重にならないと。僕らは"良い人"っていう中途半端な関係だからデートを楽しめているんだ。恋人になったら…きっと色々変わって、日結花ちゃんが悲しむことがあるかもしれない」

「そんなの」

「なってみなくちゃわからない、でしょ?」

「…ええ」


先に言われた。なによもう、悲しむって。今悲しんでるわよ。


「今よりもっと幸せになれるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。確かにわからない。…でもね、一度恋人になったら元には戻れないよ、きっと」

「あ…」


それは…考えたことがなかった。恋人になって、やっぱりまだ早かった、ができるとはさすがにあたしでも思わない。それくらいはわかる。


「時間はあるんだからゆっくり考えてよ。"恋はそんな簡単なものじゃない"。そうだよね?」

「…そうね」


…あたしのセリフが取られた。使うタイミングも合ってるせいで反論ができない。ずるいわ。


「あと…これは少し卑怯かもしれないけど、日結花ちゃんの好きは…恋の好きなのかな」

「…え」


……なに、それ。


「僕は日結花ちゃんのことが好きだよ。人として、恩人として、女の子として、異性としては…ちょっとまだわからないけど。それでも、僕にとっての日結花ちゃんは全ての女の人の中で一番だ、って自信を持って言える。それは間違いないかな」

「あ、ありがと…」


一瞬考えるの止まっちゃったわ。郁弥さんのおかげですぐ戻ったから平気だけど…。


「僕は今言ったくらい日結花ちゃんが好きなんだ。でも…日結花ちゃんは?たぶん…人としての僕は好きなんだと思う。そうじゃなかったら友達なんてなれないからね。それ以外は…僕にはわからないよ」

「……」


あたしが郁弥さんを好きなのは…どうして?


「…少し待って。すぐに答え出すから」

「あはは、うん。いくらでも待つよ」


朗らかに笑う姿を眺める余裕はない。

あたしが好きな郁弥さんがなんなのか…そんなの………一緒にいたいから。声を聞かせてほしくて、あたしと話してほしくて、買い物でもなんでも一緒にやりたくて…あと、抱きしめてほしい。撫でてほしいし、ちゅーしてほしい。寄り添っていてほしくて…あたしに、あたしにだけ笑顔を向けてほしい。


「…ふぅ」


なによもう…あたしが好きなのは人としての郁弥さんだけじゃないわ。男の人、異性としても世界一大好きなのよ。

好きな気持ちは当然、独占欲に嫉妬心。性欲から母性に、甘えたい気持ちだって。しっかり全部持ってるんだから、恋以外の…ううん。恋以上の"好き"の気持ちよ。


「ね、郁弥さん」

「ん?もう答え出た?」

「ええ」


この答えはまだあたしの良い人には伝えられない。伝えるのは、あたしが本気で恋人になりたいと思ったとき。今は…もう少しだけこのままでいたいと思っちゃったから。


「そっか。どんな好きだった?」

「ふふ、あたしの好きはね―――」


まだ心の準備ができていなかった。恋人には、きっと一歩踏み出せば簡単になれちゃう。あたしが本気で、心の底から願ったら郁弥さんは簡単に…彼からしたら簡単じゃないにしても、今までのやり取りが嘘だったみたいにすぐ恋人になれちゃう。郁弥さんはそういう人だから。


「―――いつか、恋人になったときにでも教えてあげるっ」


また風が吹いた。舞い踊る桜の花びらは、まるであたしたちの進む道を彩るように空へ飛んで行く。

いつか、あたしが今の幸せを十分に味わって恋の道を進みたいと思える日が来たら…そのときは話してあげよう。あたしがどれだけ好きで、どれだけの"好き"を持っているのか。


「…ずるくないかな、それ」

「ふふ、女の子の特権ってやつよ。我慢しなさい」

「…はぁ、うん。わかった。しょうがない。そのいつかまで待つとするよ」


諦めて肩をすくめるあたしの恋人こいするひとはどこまでも穏やかで、愛おしさは募るばかり。

ふふ…このぶんだと、歩き始めるのはすぐになっちゃいそうね。


「さ、郁弥さん。これからの予定を立てましょう?具体的なやつね?具体的な」

「うん。いいよ。まずは…結局できてないことから話していこうか」


あたしが進むときまで、それまでは…存分に"今"の幸せを楽しもうかしらねっ。



「できてないことってどんなことがあったかな?とりあえず和食だよね」

「そうね。あとはイベントに来ることと、DJCD一緒に見ることと、うちに来ることと、知宵の家に挨拶しに行くことと他には…」

「…本当に全部やるんですか、それ」

「やるわよ?ほら、一緒に頑張るんでしょ?えいえいおー!」

「えいえいおー!…って僕の思ってた頑張ると違うよ!!」


「あ、あと郁弥さん。お誕生日おめでとうっ。はいこれお誕生日プレゼント」

「えっ!?い、いきなり?ほんとに?…あ、ありがとう…すっごく嬉しい」

「…えへへ、前は結局欲しい物言ってくれなかったら勝手に選んじゃったわ」

「うん…本当にありがとう。開けていいかな?」

「いいわよ。今回のプレゼントは―――」



「……はぁ」


疲れた。また濃い一日を過ごしてしまった。

郁弥さんと遊ぶと話しっぱなしでほんと疲れる。話したいことは多すぎるし、ちょっとしたことで動揺させられるし、笑い疲れるし…疲労が心地良すぎるのも問題。これだけ気持ちいい疲れだとデートするのやめられなくなっちゃう。


「ふぁぅ…」


あくびが漏れる。自分の部屋だから口を手で隠すこともなくそのまま。

家に帰ってきて、ママから根掘り葉掘り聞かれたのも問題。しかも、ママがパパに話してたせいでパパからもデートのこと聞かれたから…ごめんね郁弥さん。パパまで郁弥さんに会いたいって言ってたわ。


―――♪


それにしても…今日のデートで色々進んだわね。

郁弥さんがどうしてあたしのこと好きなのかとか。細かい理由はともかく、この1年くらいどんな思いでいたのかを知ることできた。

簡単に言っちゃえば、あたしと離れたくないってことよね。好きだけど別れるのが怖いから親しくなりたくない…昔、あの人昔に何かあったんじゃないかしら…。それもちゃんと話してもらわないと。

とりあえず、恋人(仮)ならぬ良い人になってくれたのは大きな前進。本当の恋人は…少し急ぎすぎたかも。ゆっくり行かなきゃ。時間はあるんだから。…まあでも、あたしの良い人になってもらって、周りの人にデートしたのよ宣言ができるようになったのは大きい。

あと、郁弥さんの気持ちを確認できたのも大きいわ。わかってたけど、あの人…やっぱりあたしのこと好きだったわね。今は恋愛より親愛の方が強いみたいだけど…絶対惚れ込ませてやるんだから。

あたし自身の気持ち再確認は…改めて大好きだってわかっただけだしもういいかも。考えたって好き以外にないもの。


「―――そんな感じ?」

『…あのね、日結花ちゃん。ええっと…どうして私に話したのかわからないんだけど…どうしてなの?』

「ん?そんなの郁弥さん攻略の知恵を出すためよ?」


それ以外ないでしょ。


『ええと…その郁弥さん?だけど、日結花ちゃんの話聞いてたらもう攻略、とか終わってない?』

「そうね。このまま押し切ることもできるかもしれないわ。でも、それはまだよ。あの人にはちゃんとあたしに恋してもらわないといけないんだから」


もう少し今の関係を楽しみたいのもあるけど…それは言わなくていいかな。秘密よ秘密。


『そっかー…ふふ、日結花ちゃんらしいなぁ』

「ええ。だから胡桃、手伝い頼むわね。あと、デートのこととか漏らしたらだめよ?あんたぽわぽわしてるからついこぼしちゃいそうだけど…こぼしたら胡桃が惚れた女の子事件とか振られた事件1とか2とか全部ラジオで暴露するから」


半分冗談で半分本気。胡桃のプライベート話は色々と面白いのが多いから…一部は話しても大丈夫なのあるし。いけるわ。


『わぁーっ!?だめだよ!?絶対だめ!そんなの言われたら私"ひさらじ"降ろされちゃうよ!!』

「…降ろすもなにも、タイトルにあたしたちの名前入ってるんだからパーソナリティー変えられるわけないでしょ」

『そ、そうかもだけど…うう、私から聞いたわけじゃないのに…』

「あら、ごめんなさい」

『…日結花ちゃん、絶対悪いと思ってないよね』


少しは悪いと思って…うん、なかったわ。ごめんね、ひとかけらも思ってなかった。


「まあ、それはいいじゃない。もう話しちゃったんだから諦めなさい」

『うぐ…せ、せめて"ひさらじ"では日結花ちゃんがフォローしてね?お願いだよ?』

「フォローって…1回目からフォローしてたでしょ」

『うぐぐ…はい、もうフォローしてもらってました…』


がっくりと肩を落としていそうな声音。

なんか…さっきより今の方が悪いことしたような気がする。…仕方ない。フォローしてあげましょ。


「はいはい。フォローくらいいくらでもしてあげるわよ。胡桃はまだお仕事経験浅いんだからできなくて当然でしょ?あたしなんてお仕事始めて6.7年経ってるのよ?むしろフォローくらい軽くできなきゃだめよ。少しくらい任せなさいな」

『日結花ちゃんっ…ありがとう!大好きっ!』


…ちょろいなぁ。あたしの周りの人ってなんでこう、揃いも揃ってちょろい人ばかりなのかしら。


「あたしも好きよ…でも胡桃、あんた同性」

『わぁーー!!!言いたいことわかるから言わないで!!私普通だから!普通に男の人好きだからね!?』

「あー、うん」


必死な…まあ、うん。胡桃、結構気にしてたのね。今度からあんまり言わないであげよう。


「それはわかったから。あと…あれね。この話、知宵も色々知ってるから三人で話すわよ」

『えっ!青美さんも!?』

「…なにその反応」

『え!へ、変なところあったかな?』


相変わらず動揺してるのがわかりやすい…前にも思ったけど、この子誰かに似てるのよ。考えてることすぐ顔と声に出るところとか、人を癒すオーラとか……ただの郁弥さんじゃない、それ。


「変っていうか、知宵くらいでそこまで驚く?」

『だって…青美さんっていったら声者の中でも有名だし、歌も上手くて声が綺麗で…私、青美さんの声好きなんだもん』

「ふーん…あたしは?」

『日結花ちゃん?日結花ちゃんは先輩だけど可愛い人で…えへへ、友達だよ』


う…不覚にもきゅんとしてしまった。


「ま、まあいいわ…とにかく今度三人で集まって話すわよ」

『うん。それはいいけど。…ふふ、でもそっかー。だから日結花ちゃん少し変わったんだね』


どこか納得したような反応。あたしが変わったというのは…ちょっとよくわからない。全然自覚がない。


「…なんのこと?」

『ふふ、日結花ちゃん自覚ないんだね。すっごく笑顔可愛くなってるんだよ?なんていうのかな。自然体?』

「あたし、そんなに変わったの?」

『うん。たまにお仕事で会うこともあるけど、話すときの笑顔がびっくりするぐらい可愛いんだよね。初めて話したときからどんどん可愛くなってるんだ』

「…あんた、やっぱり同」

『ち、違うよ!!!違うからねっ!?』


慌てて否定してきたけど、それはともかく。あたしが可愛くなってるっていうのは…あれかしら。恋する乙女は最強無敵ってやつ。女の子って恋するだけで可愛くなるっていうじゃない?


「胡桃、あたしの営業スマイル力は落ちていたりする?」

『え?そんなことないよ?むしろ自然体だから前よりも輝いて…う、思い出したら眩しくなってきた…』

「いやどれだけよそれ…」


さすがに意味わかんないから。


「…まあ、うん。可愛くなってるなら別にいいわ。峰内さんとか智美とかいろんな人に言われたし」


つまり、そういうことだったんだと思う。

あたし自身はなかなか認めようとしなかったし変な風に考えてたけど、周りから見たら一目瞭然でわかりやすかったってことよ。

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