第3章 これまでとこれからと

告白4

人の心は移ろいやすいとはよく聞くが、なるほど確かに…それはそうかもしれない。

僕がこんな気持ちを抱くことになるなんて思ってもみなかった…いや、そうじゃないか。わかっていたことかもしれない。あのとき、彼女に引き止められたあのときからわかっていたんだ、きっと。


彼女なりに言えば"運命"、だろうか。


はは、そう考えると彼女には本当に悩まされているな。自分のこと以外でこんなにも悩まされるとはね。自分のことばかり考えて生きてきた僕だけど、少しは他所に目を向ける余裕が出てきた…ということなんだろう。

それも全て彼女のおかげだと考えれば…なるほど。また助けられてしまったみたいだ。


…色々と考えてきたはいいけれど、僕が思っていた以上に彼女は僕のことを想っていてくれたらしい。

だから今こうして悩んではいるんだけど…。ただ…あんな、恋人がどうとかまで言われたらさすがに何も言わないでいるのは無理だ。

信用…いや、信頼を裏切るなんてできるはずがない。言葉にされて、直接伝えられたらそれに応えないといけない。いくら僕でもそれくらいはわかっているから。


逃げて逃げて逃げてを繰り返してきたけれど、彼女からは逃げられない。なんといっても恩人だからね。僕自身が逃げるなんて許さないよ。

第一…今さらこんな居心地の良い場所から離れるなんてこの"僕"にできるはずがないさ。


相変わらず昔のことは覚えていないことが多いし、人に嫌われる、人が離れていくのは怖くて仕方がない。それでも、こんな僕に好意を、善意を向けてくれる人には話さないと。いつまでも逃げてちゃいられない…頑張ってみようじゃないか。

全部じゃなくてもいいんだ。一つ一つ伝えていけばいい。最初は僕自身について、それから少しずつ知っていってもらえばいいんだ。


不思議だ。"僕"のことを伝えようと思ったのに、まったく躊躇いが生まれない。

今までこんなことはなかった。言いたくても…そうじゃない。自分から話そうと思う気にならなかったんだよ。このままぬるま湯に浸かり続けていたいと、そんなことばかり考えていた。

だというのに、今はちゃんと話して、きっちり伝えて、それでいて彼女に応えられればいいと思っている。これから先…長く長く続く中で彼女が願ったときに手を貸せるようにありたいと、たったそれだけのことが、僕を変えるきっかけになるだなんて。



ぱたりと、ノートを閉じてペンを胸ポケットに入れた。


「…本当に単純だなぁ僕は」


目の前の靄が晴れてくっきりと明るく見える。春の風が吹いて曇り空が晴れ渡ったようで、今ならなんでもできるような気がする。


「あぁ、そっか…今は春だったね」


見上げる空は明るい青で、深呼吸してみれば春の暖かい空気が身体に染み渡る。

自分のためではなく、彼女のためだと思えばどうしてか無限に力が沸いてきた。


―――♪


『はい、咲澄日結花です』

「あ、藍崎郁弥です」

『あら、ふふ、どうしたの?次の予定のことかしら?』

「あはは、そうだね。今度だけど―――」



些細なことがきっかけで人生が変わる、なんてことはよくあることなのかもしれない。

きっかけはきっかけでしかなくて、結局、それで変わるかどうかは本人次第なんだろう。僕は変わろうと思った。実際に変われるかどうかなんてわからないけれど、一歩踏み出すだけでも十分だと思う。踏み出せば足は止まらずに、歩いて歩いて、歩いたその先に今までとは違う景色が見えるだろうから。

どんな景色かなんてわかるはずもない。…でも、その頃にはきっと一人じゃなくなっている。自分の輪を広げて、一人じゃない世界なら、それはきっと今より何倍も何十倍も…何百倍、何千倍に素晴らしい景色になると思う。

だから…今ここから踏み出してみよう。



僕はもう大丈夫。ちっぽけな悩みは彼女が吹き飛ばしてくれたんだ。遅くなったかもしれないけど、今度はちゃんと明るい顔で、最高に楽しい話ができるからさ。楽しみにしていてよ。



―――。

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