38. 兼六園の1

さらっと締めてオープニングを終えた。

真面目な話ほとんどしなかったわね。鼓門つづみもんの外観とか噴水時計とか触れなかったし。


「ところで兼六園でお茶するってほんと?」

「するわ。さっき決めたもの」

「…あたしはいいけど、スケジュール的にどうなの?高凪さん、その辺どうなんですか?」


さっき知宵が言ってたから、確認も込めて高凪さんに尋ねる。

お茶するのはともかく時間が気になるわ。


「それは大丈夫です。余裕持たせてますから」

「わかりました。それと、オープニングどうでした?OKですか?」

「僕はOKですよ。史藤さんから見てはどうでしたか?」

「良いと思いますよ。特に話し忘れもないと思いますし」


今回はいろんなところ行くし尺的に巻きで話したけれど…とりあえずひと段落ね。

さ、観光しましょ。まずは兼六園けんろくえんよ。


「高凪さん、駐車は向こうにしてきましたから行くなら行きましょう」

「わかりました。それではみなさん。移動しましょう」


噴水時計の先を指差して話す史藤さんと高凪さんについて全員で歩いていく。


「ついに観光よ!」

「…いや突然すぎてちょっと追いつけないんだけど」


唐突に叫ばれても困る。隣で大きい声出されるとドキッてするからやめて。


「日結花、観光が始まるのよ?そんな調子で良いと思っているの?」

「別に今までだってこんなもんだったでしょ…。ていうかテンション高くない?そんなに観光したかったの?」

「別に…そんなことはないわ」


わざとらしく難しい顔して否定しなくていいのに。誰だって旅行来たらテンション上がって語尾くらい弾むわよ。変なところで恥ずかしがるんだから、この子は。


「そう?それならそれでいいけど、知宵って兼六園について何か知ってる?」

「兼六園?」

「うん」


ちらりとあたしを見て聞く。

そう、兼六園について。石川的観光名所として有名な兼六園についてよ。


「自然に溢れていて、季節によっては花が綺麗ということくらいかしら」

「ふーん…」

「あなたは?」

「全然知らない。調べてもないし」

「お互い知識なしね。色々と面白い収録になりそうじゃない」

「話題は尽きることないかもねー」


目的地の話をだらだらしながら数分歩いて車に乗った。

このレンタカーはワゴンとかバンとかそういう言い方をしたはず…区分としては中型車?かな。


「兼六園といいますと、季節によって景観がガラリと変わるそうですよ」

「へーそうなんですか」

「篠原さんはどの季節が一番か知っていますか?」


知宵の隣に座っている篠原さんが教えてくれる。

車の座席は運転席に史藤さん、助手席に高凪さん。真ん中の席でドア側から篠原さん、知宵、あたしという順番。


「春です」

「やっぱりそうですよね」

「ま、そうよね」


お花といえば春だもの。イメージでも夏は緑、秋は紅葉、冬は雪って感じでしょ?春っていいわよね。お花綺麗だし。個人的には冬の方が好きだけど、春も捨てがたいわ。


「兼六園について少し調べてきたのですが、多くの梅の木が植えられている梅林があるそうです」

「梅…というと、桜の前に咲く花ですね」

「はい。もちろん桜の木も多いので見頃は三月下旬なのかと」

「…あ、それじゃあ夏はどうなんですか?」


春が綺麗なのはいいとして、夏は…見物ではあるんでしょうけど、ほら、ね?


「日本庭園ですから風情は十二分にあるかと…ですが、春と比べると見劣りするかもしれません」


仕方ないとでも言うように苦笑する。

これについては仕方ないかな。あたしも見るなら花の方がいいもの。見た目に香りに全然違うわよ。ただ、別の季節なら別の季節らしい楽しみ方があると思うの。あたし、夏の木陰って好きよ。春だけじゃなくて、四季折々それぞれ違ってどれも楽しまないともったいないでしょ?


「日結花。今から気にしても意味がないわ。きっと観光していれば楽しくなるわよ」

「ん、わかってる。ていうか兼六園に入ればもうそれだけで楽しいでしょ」


むしろ今から楽しいわ。


「あはは、そうですね。私も早く観光したいです」

「旅行先に来るとテンション上がりますよねー」

「はいっ。知らない場所というだけでワクワクします」

「あれ、篠原さんって色々旅行してませんでした?石川も来たことあるんだと思ってましたけど」

「していませんよ?知宵ちゃんの行ったところは一緒に行っていますが、それくらいです」


お仕事で行くくらいなんだ…考えてみれば、あたしもちっちゃい頃両親の仕事で連れ回されたくらいで、自分のお仕事するようになってからはあんまり遠出してないかも。


「そうだったんですかー、どこか行ってみたい場所とかありますか?」

「うーん…沖縄でしょうか」

「沖縄…そういえば私も行っていないわね」

「え、知宵ノー沖縄だったの?」

「なによノー沖縄って…そうよ。行ったことないわ。悪い?」

「別に悪くないから。篠原さんも行ったことないんですね、沖縄」


あたしは…二、三回くらい?夏にも行ってるから海に入ったりした記憶がある。ダイビングはしたことないわ。一回やってみたいのよねぇ。ダイビング。


「はい。ですから一度行ってみたいなぁと思っていました」

「ならいつか行きましょう!"あおさき"で!」

「日結花…ロケ地は私たちが選んでいるわけではないのよ?」

「ねー!史藤さーん!知宵が沖縄ロケしたいってー!!」

「ちょっ!?」


前の席にも聞こえるように少しだけ声のボリュームを上げた。

実際、沖縄ロケはそこまで難しいことじゃないと思う。今来てる石川とそんなに変わらない。問題はロケ地決めをラジオ収録中にくじで決める点にある。あたしたちが運を引き寄せられるかどうか…うーん、微妙!


「…そんな声張り上げなくても聞こえてるから。だいたい会話聞いてたからわかってるよ」

「車の中なんですから僕らも話の流れはわかってますよー」


そりゃそうよね。距離なんて座席二つぶんくらいだもの。わかってたわ。


「…ねぇ日結花。突然私になすりつけるのやめましょう?」

「嫌よ」

「…あなたたまに意地悪よね」


ふいっとそっぽを向いて拗ねた。

あ、可愛い。見た目も中身もあたしより大人なのにところどころ仕草が子供っぽくて可愛い。これが心開いてくれてる証ってことなのかしら。

うん…やっぱりだめね。この子絶対郁弥さんに甘やかされてデレデレになるわ。あたしと仲がいいのを見て知宵も気楽に接しそうだし、あの人優しいから話すのも楽だしで…絶対だめよ。


「それだけ仲がいいってわけね。そうじゃなかったらこんなことしないわ」

「そ、そう…うん、ならまあ…許してあげる」


薄っすら頬を朱色に染めているのが少女チック。可愛い。ただ、知宵がちょろい…。ちょろすぎて心配になってくる。

あたしが失礼なことを考えている間にも話は進んでいて、前の席での話し声が耳に入る。


「それで、沖縄って話でしたか…実際どうなんですか史藤さん」

「うーん…ロケ地は全部くじですからね。咲澄ちゃんと青美ちゃんがいい感じに当てるしかないですよ」


聞いた感じ、やっぱりくじ運がすべてみたい。DJCDは石川編で4枚目だから、残り43都道府県ね。東京都、京都府、山梨県、石川県以外の全てか…んー無理そう、


「ま、そのうち当たるわよ」

「…次のくじ、引くのはあなたよね?」

「む」


言われてみれば。

東京は番組で決められて、以降は順番だった。今回の石川は知宵が選んだから次はあたしが選ぶ番だわ。


「あたしは…北海道を狙うわ!」

「…一応聞くけれど、どうしてかしら?」

「冬に食べる海の幸はきっと美味しいと思うの」

「くっ、わかってしまう自分が憎いわ」

「ふふん、そうでしょそうでしょー」


魚って冬のイメージ強いのよね。特にお刺身とかの生魚。海水の冷たさで身が引き締められるとかなんとか聞いた覚えがある。とにかく冬の北海道で美味しいもの食べたいのよ。


「沖縄はどうなったの?」

「うーん…正直沖縄って暑いから…」

「あぁ…あなた暑いの嫌いだったわね」

「まあ、うん」


沖縄も行きたいには行きたいけど北海道の方がもっと行きたいから、仕方ない。


「どちらにしても、今考えるだけ無駄ね。結局引いてみないとわからないもの」

「そうねー」


これから石川観光が始まるというのに、もう既に次の収録の話をしてしまっていた。そんな中で史藤さんから到着の言葉が告げられる。


「そろそろ着きますよー、みなさん準備をよろしくお願いします」


みんなで"はーい"などとそれぞれ返事をして、手荷物の準備をする。

あたしは…問題ないわね。お財布と携帯と、基本的に最初から分けてあるから軽く確認するだけだし。

時刻はまだ10時半前。金沢に着いてからまだ30分くらいしか経っていない。車を降りて駐車場から歩いて少し。兼六園入口に到着した。


桂坂かつらざか口…なんとか口って言うぐらいだし何個か入口あるのかも」

「そうね。それだけ敷地が広いということじゃないかしら」


入口からすでに緑が見えていて、夏らしさを感じる。史藤さんが入口で全員分の入場料を払ってくれて、各自チケットを受け取った。そのチケットとパンフレットを一緒に渡されて、さっそく中に入る。


「再入場するときは受付の人にチケットを見せるだけでいいみたいです」


みんなで返事をしてからパンフレットを見る。ここは桂坂口で…正面が桜ヶ丘っていうところみたい。


「これ、どうやって回りますか?」

「うーん…時計回りに行きましょうか」

「じゃあひさご池横を通り過ぎていく形ですね」

「そうですね。高凪さんはもう準備できてますか?」

「収録ですか?大丈夫ですよ」

「じゃあすぐ録り始めましょう」

「わかりました」


大人二人がルート決めをしたみたい。時計回りってことはひさご池から梅林通って、千歳台ちとせだいからかすみヶ池までぐるっと一周するわけよね。細かいところは行ったり戻ったりで…どれくらい時間かかるのかしら。


「篠原さん、この中だとどこを見たいですか?」

「私は…根上松ねあがりのまつですね」

「この松、有名なんですか?」

「大きい松らしいですよ」

「大きい松ですか」

「はい。知宵ちゃんはどこを見たいですか?」

「私は霞ヶ池です。この中だと一番大きいじゃないですか。空も青いのできっと綺麗に映っています」

「ふふ、そうですね。私も水面に映った空を見たくなってきました」


のんびりと会話している二人の下に戻る。そこまで人もいないから静かで気分がいい。

自然環境はこうでなくっちゃ。


「日結花、どうかしたの?」

「二人の感想はどうなのかなって」

「綺麗だと思うわ…木々も、空気も」

「私も好きですよ。穏やかで静かで…」


緑に溢れた景色を眺めて二人が呟く。人の話し声も人工的な機械の音も聞こえず、風に揺れる葉の音と鳥や虫の鳴き声だけが響く場所。


「ん…」

「咲澄ちゃんはどうですか?」

「そうですね…あたしもいいと思います。あんまり自然が多いところに行かないので新鮮な感じです」

「ふふ、それはよかったです」


自然な空気のままにのほほんと雑談を交わしていると、高凪さんがこちらに手を振って口を開いた。


「みなさん始めましょう」


収録開始の合図。場所も桜ヶ丘で、ここから歩いていくと考えればちょうどいい。


「準備はどうですか?」

「大丈夫です」

「私も大丈夫です」


篠原さんが史藤さんのいる場所に移動して、高凪さんがマイクを向けてくる。


「じゃあいきますよー…さん、にー……」


オープニングと同じように高凪さんのキューで収録が始まった。

今回はカメラなし。音声だけね。途中でカメラも回すと思うけど今はなしよ。


「「兼六園にやってきましたー!」」

「ついに始まったわ」

「観光が?」

「そう。観光…いえ違うわ収録よ」

「うん。それで、兼六園が何かというと…自然公園?」

「どうなのかしら…日本庭園?」

「あー、それね。日本庭園よ。自然な魅力っていうより整えられた美しさを感じるもの」

「盆栽やししおどしといった、そんな雰囲気ね」


兼六園の軽い説明をしたところで次に移る。もう歩き始めてるから周囲の様子も説明し始めないと。ここは桜ヶ丘だから…。


「そんな兼六園だけど、あたしたちは桂坂口から入ったわ」

「そうね。兼六園にはいくつも入口があるのよ」

「そうそう、入口の一つから入って場所は桜ヶ丘ってところなの」

「桜の木が多い綺麗なところで…今は夏だから全部緑だけれど…」

「どう?緑しかないけど」

「…本音を言えば桜の花を見たかったわ。まあでも夏の葉桜もいいものだと思うわよ。空も綺麗に晴れて夏を感じるじゃない?」

「わかるわ、その気持ち。緑に染まった景色は夏しか見えないんだから夏の兼六園ってことで、ね?」


それに、日本庭園は緑が基本でしょ?きっと。


「っと、話してたら早くも桜ヶ丘を抜けたわ」

「確かに景色が変わったわね。次はどこ?」

「…あんた自分でパンフレットぐらい開きなさいよ」

「別にいいじゃない。日結花が見ているのだし」

「…別にいいけどさ。ここは常盤ヶ岡ときわがおかだって」


ここにはちょくちょく建物がある。噴水とか橋とかを見ておきたいところ。獅子巌ししいわっていうのはわからないけれど…たぶん石ね。大きい石だと思う。


「日結花、日結花。噴水があるわ!」

「…なんでそんなテンション高いのよ」

「噴水だからよ…木板もくばんに説明書きがあるわ」

「なになに?」


木の看板って日本庭園ならではだと思う。景観を崩さず、むしろ環境にマッチしているからこういう木板を見るだけでも結構面白い。


「私が読むわ…"この噴水は、霞ヶ池を水源としており水面との落差で、高さ約三・五メートルまで吹き上がっている。日本庭園では、大変珍しく、十九世紀中頃につくられた日本最古のものといわれている"ですって」

「へぇー日本最古なんだ」

「風情があるわ…」


石の筒?から一直線に上へ伸びて綺麗な水の線を作り出している。

日本最古って言われても日本庭園そのものについての知識があんまりないから、わからないのは仕方ないわ。…あ、そうだ。写真撮ろう。


「知宵、写真撮るわよ!」

「…もう少し雰囲気に浸らせてほしかったのだけれど」

「ごめんね、撮るわよ」

「ちょっと!だから…ああもう!わかったから腕引っ張るのはやめて!」


文句を言いながらもしっかり身体を寄せてくれるのが知宵らしい。二人で並んだのはいいとして、今回は噴水もきちんと写真に収めるため、誰かに撮ってもらわなくちゃいけない。

高凪さんは収録中で無理だし…史藤さんね。


「史藤さん写真お願いしまーす」

「あーはい。僕がやるよ」


いそいそと歩いてきて携帯を受け取って少し距離を取る。その間にあたしと知宵で噴水との位置関係を調整する。


「じゃあ撮るよー」

「はーい」

「はい」


史藤さんの声に返事をしてちらりと隣を見れば、そこにはニッコニコな全開スマイルを浮かべた知宵がいた。


「ふふっ」


つい笑いがこぼれてしまい、当然のごとく知宵があたしを見る。


「な、なにかしら?」

「ううん、なんでも。知宵が楽しそうでよかったなーって思っただけ」

「そ、そう…」


さっきまで余韻がどうだらと不満げな表情だったのに、今は完全な笑顔なんだから。そりゃ笑っちゃうわよ。


「撮るからねー…はいちーずっ」


―――ぱしゃ


ぱしゃりぱしゃりと何度かシャッター音が聞こえて、史藤さんが顔を上げる。


「どうかい?」


手渡された携帯の写真フォルダを見て、今撮った写真を確認する。


「ばっちりです。ほら知宵も」

「…ん、いい写真ですね」

「そりゃよかった」


写真も撮れたところで噴水を離れることにした。

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