39. 兼六園の2

次は黄門橋こうもんばし。地図上だと道なりに進めばすぐそこで、常盤ヶ岡ときわがおかの中。ちょっと歩いたら見えてきた。


「ねえ知宵」

「なにかしら?」

「思ってたのと違うわ」

「そうね…」


見た目石造りの橋に藁の敷物がされている。

あたしは"黄"っていうくらいだから黄金とかそんなイメージしてたのに…。


「もっと派手だと思ってたのよ…」

「私もあなたと同じイメージだったわ…」


二人して微妙にテンションを下げる。

仕方ない。収録中でも気落ちするものはするのよ。


「ええっと、気を取り直して…木版もないし軽く流しましょ?」

「…それもそうね。黄門というのは黄金じゃなくて、おそらく水戸黄門にゆかりがあるものだと思います。よかったらリスナーの皆さんも調べてみて下さい」

「兼六園に来たときは見てみてくださいねー」


ほんとにさらっと流した。地図を見るとまだまだ先は長い。

尺的にそこまで取れるわけでもないから流すところは流していきましょ。DJCDの尺は全体で一時間半くらいだもの。さくさく進めていかなきゃ。


「次は獅子巖ししいわよ」

「どんなものかしら……あまり良いイメージが沸かないのだけれど」

「あたしは…ん?あ、あれじゃない?」


知宵に返事をしようとしたらそれっぽいのが視界に入った。またまたすぐ近くで、目の前にポツンと小さな獅子の形をした石がある。木版にも獅子巖と書いてあるからこれが獅子巖で間違いない。ただ。


「小さい…」

「小さいわ…」

「これが獅子巖だってさ。よかったわね知宵。見れて」

「どうして私に振るのよ…高凪さんこの辺カットでいいですから」

「あーはい」


獅子巖を通り過ぎてから道なりに進んで、下り坂を降りる。見えてきたのは夕顔亭ゆうがおてい。横を見れば兼六園に二つある池のうちの一つ、瓢池ひさごいけが目に映った。


「なにげに兼六園初の茶屋さんじゃない?」

「ええ。本当に雰囲気あるわね」

「屋根は…こういうのなんて言うんだっけ?」

「…確か、茅葺かやぶきだったはずよ」

「あー茅葺ね。どうする?入るの?」

「いえ…入りませんよね?高凪さん」

「そうですね…ひとまずある程度回ってからにしましょう」


夕顔亭をスルーして池に向かって歩く。瓢池は水面の中心へ道が伸びていて、そこまで歩いて行ける形。その伸びた道の先に海石塔かいせきとうがあって、そこから翠滝みどりたきも見えるようになっていた。


「ここが瓢池…」

「おー、すごい。日本庭園って感じする」


凪いだ水面に映る建物や滝もそうだし、海石塔の苔や池の周り全体に広がる木々もそう。周囲に響く滝の音がよく耳に残る。

落ち着く…。ようやく日本庭園らしさが全面に出てきたわ。やっぱり水よね。水と緑が大事。日本庭園といえば水と緑よ。


「少し景色の解説入れる?」

「ええ。日結花お願い」

「おーけー」


心持ち顔をマイクに向ける。

辺りはだいたい見たから軽い説明くらいならできるわ。説明はたぶんここと、あと霞ヶ池でするくらい、かな。他はちょこちょこ話しながらで印象は伝わると思うし、そこまで大きくないからたぶん話せる。


「最初にちょろっと話したかもしれませんけど、兼六園には二つの池があって、今はその片方である瓢池に来ています。池の中心まで歩いて行ける道がありますから、そこから辺りを見回している状況ですね。石造りの塔だったり小さな滝だったりと。空が晴れているだけあって水面に景色が反射して綺麗に見えるんですよ。兼六園は水面に映った建物や木々を眺めるのも綺麗で楽しいかもしれません」

「皆さんも兼六園に訪れたときは、水面を気にしながら景色を見てみるのはどうでしょう?きっと素晴らしい時間が待っていますよ?」


あたしの解説にアナウンスか何かのような声が続いた。

上手い締め方したものね。話し方といい声音といい、さすが知宵。伊達にあたしより上の技力持ってないわ。


「そういえば、日結花は他の日本庭園を見たことがあるの?」

「うーん…あんまりないかも。似たようなのだと京都とか?」

「私も似たようなものよ。だから本格的にこうした場所を回るのは初めてで…色々と興味深いわ」

「いや、そこは普通に楽しいでいいでしょ」

「…恥ずかしいじゃない」


地図に書いてある場所に着くたび写真もきっちり撮って、収録にしては軽めな話をしながら歩く。瓢池をぐるっと回り抜けて梅林まで。途中の時雨亭しぐれていもさらっと流して到着。


「んー…ちょっとこれは寂しい」

「夏だから仕方ないわよ。諦めましょう…」


梅林は名前の通り梅の木がずらりと並んでいた。

これこそ花がないのはもったいない。来るなら春。花見の時期にこないと。これだけ数が多いなら絶対綺麗だから。


「この辺、道も綺麗に整えられてるのね」

「ええ。梅の木が成長しやすいように整理されているようね。見やすいわ」


梅林を抜けたら次は…あ、神社行きたいかも。


「突然だけど、ここから随身坂ずいしんざか口出て神社寄らない?」

「あら、いいわね。高凪さんいいですか?」

「どうぞー。時間は余裕ありますから」


梅の木が桜ほど大きくないだとか、道の途中に小川が流れているだとかの雑談を交わしつつ歩いて、兼六園の随身坂口を出る。そのまま細かい砂利の道を進むと、右手に石の鳥居?が見えてきた。


「神社って久々に来たわ」

「言われてみれば私もそうかもしれないわ」

「いいものね…こうした観光地でお参りするのも」

「ええ」


声穏やかにゆったりとした歩みで足を進める。石鳥居をくぐり、"奉納"と書かれた灯篭の横を過ぎて階段を上る。階段の上にある門を越えて。お賽銭箱のある拝殿までやって来た。


「日結花、お金は持っている?」

「あるわよ?5円でしょ?」

「ええ。ちょうだい」

「それはいいけど…」


なんでこの子荷物何も持ってないの?携帯とかお財布とか小物入れる鞄くらいあるでしょ。あたしも肩に通してるし。


「あんた荷物は?」

「篠原さんに預けているわ」

「…それくらい自分で持ちなさいよ」

「べ、べつにいいでしょう…好意に甘えだだけなのだから」


ほんのり頬を染めて目をそらす。

篠原さんのことだからその通りなんでしょうね。この子、見た目に似合わずあたしより子供なところあるもの。篠原さんも知宵には甘々っぽいし。


「はい5円玉」

「…ありがとう」


二礼二拍手一礼。お参りの手順はこれね。拝殿に来たら一つおじぎをしてからお金入れて鈴鳴らしてその流れだったはず。これ一礼二礼二拍手一礼にした方がいいと思うの。その方がわかりやすいじゃない。


―――ぱんっ、ぱんっ


流れ通りに済ませてお願いごとをする。

目を閉じて最初に浮かんだのは優しげに微笑む郁弥さん…み、みんなともっと仲良くなること!

他意はないわ。郁弥さんもそうだけど、ママやパパ、知宵に他の友達。みんなと色々話せればいいなって。ええ、郁弥さんばっかりじゃない…なんでこんないきなり来るのよ。理不尽だわ。あの人にもこのもやもや感味わってもらわなきゃ…あー、連絡先。ほんと連絡先交換しておけばよかった。今度しましょ。今度ね。


「日結花は何をお願いしたの?」

「え、べつに普通よ普通」

「何動揺しているのよ」

「動揺なんてしていないわ、よ?」


疑惑の目を向けないでもらえるかしら。悪いことなんてお願いしてないし、変なこともお願いしてないわ。


「ふーん、まあいいわ。願いは人に話すと叶わなくなると言うものね」

「そうそう」


それは、困る。たくさん話せないのは…困るわ…お願い事が叶うようにあたしも頑張らないと。


「ところで知宵、5円玉をお賽銭に使う理由知ってる?」

「御縁があるように、でしょう?それくらい知っているわよ」

「ふふ、そうよね。知宵はどうなの?御縁」


あたしはあったわよ御縁。それも最高で最上なやつね。これに関しては誰にも負けない自信があるわ。あんな良い人と巡り会えたんだから…そう考えると今年はすごく良い年。あたしの生涯で一番に良い年かもしれない。


「御縁なんてないわ…はぁ。どこかにいないかしら…」


遠い目をする。地味に切実さが現れていて物悲しくなってくる。

可哀想な知宵。良い人が見つかるといいわね。友達でも恋人でもなんでも。頑張って。


「私ももう23じゃない?」

「え、うん」


唐突に語り始めた。

これは…地雷踏んだかも。


「一年半もしたら25で、アラサーへの第一歩を踏み出すことになるのよ」

「そ、そうなの?」


25ならアラサーだなんて思わないけれど。アラサーってアラウンドサーティーンの略でしょ?なら28、29あたりから言うんじゃないかしら…。


「そうよ。それまでに私を想ってくれる人と出会わないと…きっと私はだめになるわ」

「…大丈夫じゃない?」

「あなたはまだ17だから言えるのよ。羨ましい…その頃の私は石川でのほほんと生きていただけ。心底悔やまれるわ」

「そ、そこまで?」


この子どれだけよ…ちょっと気にしすぎでしょ。もっとラフに、ゆるーく考えた方が楽よ?あたしだって郁弥さんと話すようになってから緩くなった気がするし。考え方とかね。


「ねえ日結花」

「な、なに?」


話の途中でばっと顔を上げて声をかけてきた。突然の動きに少し驚く。やけに真剣な表情に引き気味で尋ねた。


「あなたの知り合いにいない?優しい人。誰より何より優しくて甘くて私に合いそうな人」

「…そんな人」


いないわ…郁弥さんは優しくて甘くて穏やかでほんわかする人だから違うし…うん。知宵ごめん。年も近いから彼と知り合うとよろしくない展開になったりするなんて思ってないから。でもなんとなくごめんね。


「いないわよ」

「そう、よね……さ、気を取り直して写真だけ撮って次行きましょう?」


知宵の言葉に従って、ぱぱっと写真を収めて歩き出す。成巽閣せいそんかくはお金を取られるのでと高凪さんに拒否された。

この収録って建物メインじゃないからその辺はいいんだけど、700円ってなによ。兼六園と別とかやめて。そこまでして入っても、ね?あたしたちみんな歴史に興味あるわけじゃないから…。

金沢神社から戻って随身坂口を抜け、景色を眺めつつ進んだ先にあるのは山崎山。


「ここは小高い丘になってるのね」

「上から見えるみたいよ。行きましょう」

「はいはい…おー、この木でできた階段いいわよね、あたし、こういうの結構好きかも」

「私も。道の柵含めてあまり見られるものでもないし、歩いているだけで楽しいわ」


緩い坂を登って木のベンチと屋根がある場所にたどり着いた。上からは生い茂る鮮やかな緑に小川が見える。


「高いところからの景色もいいものね」

「うん…風も気持ちいい」


人影がほとんど見えないからか、聞こえるのは草木が揺れる音ばかり。


「こうして見ると、兼六園って地面のほとんどが苔に覆われてるのね」

「歩くところが砂利だから、そのぶん整って見えるのかしら」

「お手入れ大変そう」

「…あなた、変なところ気にするわね」

「え、そう?」

「ええ。ガーデニングでもしているの?」

「まったく」

「…そうよね」

「む、今ばかにしたでしょ」

「いえ、安心しただけよ」

「あらそう。ならいいわ」

「それでいいの?…いえ、それより降りましょうか」


一休みも兼ねての軽い話。降りるときは登るのと逆側からで、芭蕉ばしょう句碑くひがある。

もちろんあたしは全然知らない。さすがに芭蕉は知ってるけれど。兼六園知識のないあたしだって松尾芭蕉くらいは知ってるわよ…俳句に興味があるかどうかは別として。


「知宵はこの句わかる?」

「"あかあかと 日は難面つれなくも 秋の風"でしょう?」


木板に書かれている説明書きを読み上げた。句碑というのは俳句の碑のことみたい。

松尾芭蕉が読み上げた句を記した碑だから芭蕉の句碑ってことか、なるほど。


「先に謝っておきます。ごめんなさい俳句好きのリスナー。あたし正直俳句にそんな興味ありません」

「…私もあまり…いえ、まったく興味ありません。俳句好きなリスナーごめんなさい。高凪さん、ここカットでもいいですよ」

「はい…その辺は帰ってから色々と決めますよー」


句碑が何かを知れだけで後はスルー。山崎山を過ぎて、この後は明示記念之標。


「これが明示記念之標めいじきねんのひょう…」

慰霊碑いれいひってやつね」

「あなた知っていたの?」


そんな驚きの目をする理由の方こそ聞きたいところだわ。見た目で慰霊碑くらいわかるわよ。こういう仰々しい名前の銅像は全部慰霊碑でしょ。

このむねを伝えるとため息を吐かれた。失礼な。


「はぁ…そんなことだろうと思ったわ」

「それじゃ知宵、明示記念之標についてコメントを…」

「…次に行きましょう」


不毛な話になる前に知宵の言葉通り次に進む。

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