37. オープニングwith金沢駅
「あーやっと着いた!」
「私は喋り疲れたわよ」
くーと腕を上に伸ばして固まった体をほぐす。ちらりと横目で見た知宵はお疲れの様子。
空は晴れ。ところどころ雲はあるけどいい天気だわ。
「とりあえず改札出ましょうか」
お仕事を終えて疲労気味、でもどことなく晴れやかな顔で史藤さんが言う。その言葉に従ってエスカレーターを降りて階段を抜けて改札を出た。
通り抜けた先は左右に道が続いていて、右側が東口のバスターミナル、有名な金沢駅の門?があるみたい。
あたしたちは
「高凪さん、今日は金沢を回るんでしたよね?」
「はい。
「金沢駅到着、のシーンはこれからですか?」
「はい。史藤さんが戻ってから録る予定です」
「わかりましたー」
予定確認で話を聞くと、ざっくり教えてくれた。スケジュールには細かい部分が載っていないので、基本は高凪さんの指示を仰ぐことになる。
いつの間にか史藤さんがいなくなっているところを見るに、レンタカーを取りに行ったんだと思う。
「ねえ知宵」
「なに?」
「今日、知宵の家に行くのよね」
「…うん」
「楽しみねー」
「そうね…楽しみだわ」
しおらしく頷いて、穏やかで柔らかな笑みを浮かべた。
この子が石川の収録で一番楽しみにしているのは家族と話して過ごす時間なのかもしれない。
「お母さん、夕食作ってくれてるのよね?」
「うん…美味しいわよ、すごく」
あの気の良い人が知宵のお母さんか…全然似てないわね。顔形はともかく、性格は似ても似つかないわ。
「あなた今、失礼なことを考えていない?」
「んーん全然。今日これから兼六園行くんだなーって思ってただけ」
新幹線を降りて気づいたことだけれど、外が涼しい。薄手の長袖でちょうどいいくらい。兼六園って結構歩くらしいし、これなら歩き回るのも苦じゃないと思う。さすが北陸。過ごしやすい。
「まあいいわ。それにしても兼六園だなんて…私も初めて行くわ」
「え?そうなの?」
「ええ。地元から出なかったし。家族で旅行するときは東京大阪名古屋あたりの主要都市ばかりだったから」
「それはそれで…どうなの?」
「おかげで今東京暮らしなのだから、悪くはなかったと思うわ」
しみじみ頷いている現東京暮らしの知宵。
元石川県民なのに金沢観光してないなんて驚いた。前に郁弥さんと住んでる県の話になったとき、自分が住んでる県の観光地はだいたい行ったことあるって言ってたわ。あの人も神奈川住みだから、横浜とか箱根とかね。
あたしも彼と同じで神奈川だからその辺はほとんど行ったと思う。特にあたしの場合お仕事で連れ回されたりしてたから…観光は色々してきたわよ、ほんとに。特に東京はほぼ制覇したといってもいいくらい。
「じゃあ新鮮な気持ちで収録できそうね」
「それはそうね…でも何を話すの?私、思いつかないわよ?」
「いつも通りでいいんじゃない?周り見て話して、そのうち高凪さんが話題指示してくれるでしょ」
「それ、丸投げじゃない」
「あはっ、でもなんとかなりそうな気はするのよねー」
「それは同感だわ」
二人でのほほんと笑い合う。
まあなんとかなるわよ。見たことない場所なんだし感想だけでいくらでも話せるわ。アドリブ力には自信あるのよ、あたし。
「史藤さん、お疲れ様です」
「どうも遅くなりました」
「いえ、時間はありますから大丈夫ですよ」
「それならよかったです」
「小休止でもします?」
「あー…いや僕は大丈夫です。ええと、青美ちゃんと咲澄ちゃんは…」
史藤さんと高凪さんが話をして、あたしたちに確認をとる。隣の知宵に目配せすると、小さく頷いて口を開いた。
「私たちも大丈夫です」
「そうかい?じゃあ門まで行って録っちゃおう」
東口に向かって歩いていくと赤い門が見えてくる。
すっごいわねあれ。大きいし綺麗だし形も見たことないし!さすが日本一綺麗な駅!…綺麗、だったかしら?近未来的?…とりあえず日本の有名な駅100選的な何かに選ばれてたはずよ。
「近くで見ると結構大きいわねー」
「これ、どうなっているのかしら」
門の手前に一休みできる場所があり、待ち合わせにも使えそう。そしてその大きな門はというと、ねじれた骨組みが見えていて、一目見ただけでも普通の門とは全然違うことがわかる。
感心したように呟く知宵にそそそと近づく。
「写真撮りましょ」
「いいわ撮りましょう」
あたしの言葉を聞いて、ぱっとすぐさま荷物を置いて準備をする。
この子、予想以上に楽しんでるじゃない…。
「いえーい!」
「ん…」
知宵の動きに一瞬呆れるも、写真のために笑顔を披露。肩をくっつけての自撮りとなった。
あたしの完璧なスマイルはいいとして、知宵の方からもかなり楽しさが伝わってくる良い写真。口ではそっけなく言ってもきちんとぴーすしてくれて、なにより口元が緩んでいて可愛い。
背景については一応門の全体像を捉えるように撮ったけど、距離的にどうしようもないわ。誰かに撮ってもらわないと。
―――パシャ
撮ってくれそうな大人三人組を探そうとしたらシャッター音が耳に届いた。音が聞こえた方には携帯を構えた篠原さんと、カメラを構えた高凪さんの二人組。
「ちょ、ちょっと何をしているんですか!」
「写真ですよー!お二人を撮ってましたー!」
頬を赤くして声を張り上げる知宵と、少し離れた場所で嬉しそうに答える篠原さん。
なんで近づいて話さないのよ。周りに人いないから良かったけど…いきなりの大声はびくってするわ。
「ほら、あっち行くわよ」
「…わかったわ」
まだ複雑そうな顔をしている知宵の背中を軽く押して、三人のもとへ歩いていく。
噴水、とまではいかない水場にかかる橋へみんなで集まった。
「高凪さんも撮ったんですか?」
「はい。いい写真ですよ。特に青美ちゃんが自然体で…」
「ちょっと見せてください!」
「おおう!?」
一眼レフカメラを構えていた高凪さんのことだからと聞いてみれば、いい写真が撮れたと。それを聞いた知宵が強引にカメラを奪って中を見る。
ついでにあたしも便乗して覗き込む。
「あら」
「くっ…」
頬を緩めて柔らかい表情を浮かべる知宵が見事に撮られていた。さすが高凪さん。やるわね。
「ふふ、可愛いじゃない」
「…ふん、いいわ別に。あとでデータもらいますからっ」
"そっちか!"とみんなのツッコミが聞こえる気がした。"次は一声かけて"くらい言うのかと思ったわ。これだけで知宵の楽しみ具合がわかるってものよ。
「じゃあ向こう側行きましょうか」
「え?史藤さんたち写真撮らなくていいんですか?」
「それもそうだね…せっかくだし撮ろうか」
どうせなら、ということでぱしゃぱしゃとみんなで写真を撮る。篠原さんとあたしたち二人の女三人で撮ったり全員で撮ったりと、色々撮ってみた。
5分くらいして移動。門を越えたところで金沢へようこその噴水が目に入る。
「ねえねえ、これすごくない?」
「ええ、ほら見なさい日結花。時間が変わったわよ」
「ほんとね…どうなってるのかしらこれ」
二人ではしゃぎながら見ているのは噴水時計。水で時刻が表示されていて、分単位に変わっていく。
初めて見たわよこんなの。不思議。
「史藤さん、あれどうなってるんですか?」
「いや僕に聞かれても困るんですけど…電波時計に接続して電気で噴水動かしてるんじゃないですか?」
「ほー」
「へぇー」
「…言っておきますけど、当てずっぽうですからね?」
「「わかってますよ」」
写真を撮ったあと大人組の方に目を向けると、あっちもあっちでわいわい話していた。
なんというか…史藤さんが保護者みたいね。一人だけ結構年齢上なわけだし。
「さて日結花、オープニング録るわよ」
「そうね。さっさと録っちゃいましょ」
お互いにピンマイクの位置を確認した後、やる気満々な知宵が史藤さんに声をかける。準備をお願いのつもりでいたのに、高凪さんは既にカメラとマイクをセットして持っていた。
無駄に準備万端よね。早いに越したことはないからいいけど。
「それじゃあいきますよー。さん、にー…」
高凪さんのフリで収録が始まる。
「「と、いうわけで!始まりましたあおさきれでぃお!石川編っ!」」
「着いて早々オープニングよ。あたしたちがどこにいるかというと…」
「かの有名な
「知宵…名前知ってたの?」
「さっき説明書きを見たわ」
いつの間に見たのよ。全然意識してなかったわ。
「とまあ、知宵のいう鼓門に来ているわけです。これから色々観光地を巡っていきます」
「兼六園や近江町市場を、ね」
「そそ。天気も良いから楽しみだわ」
「私も密かに楽しみにしていたのよ」
「全然密んでなかったけど?」
「そ、そうなの?」
この子ほんとにバレてないとでも思ってたのかしら…演技かどうか区別つかないからタチ悪いわね。とりあえず。
「朝からわかりやすかったわよ」
「そうなの…」
「はいはい落ち込まないの」
「べ、べつに落ち込んでなんかいないわ…それより日結花、今日は何が一番楽しみ?」
「楽しみっていうと…やっぱり温泉でしょ」
「温泉って、加賀の?」
「うん。あ、そうそう。石川は金沢だけじゃないんです。加賀温泉郷っていう温泉地があるんですよ」
「私たちも行くので温泉の感想なら後で話すと思います」
たぶん知宵の家で収録もするし。明日はDVD用にホテルで場所借りて収録もするから感想なら色々話せるはず。
場所借りてるのかどうかは知らないけれど、きっと史藤さんが借りてる。今までがそうだったもの。
「温泉話はそれまでお楽しみに!それで、知宵はどうなの?楽しみなこと」
「私は…食事ね」
「王道ねー」
「海産物が楽しみだわ。あと甘味。金沢は
「うん。でも茶屋街は明後日よ?」
「わかっているわ。二日に分けて楽しめるなんて最高じゃない」
「まあわからないでもないかな。海産物の話になるけど、何か食べたいものある?」
「市場があるからそこで採れたてを食べたいのよ。
「いいわね雲丹。あたしも食べたい」
「…あなた雲丹好きだったの?」
「いや普通だけど?どうして?」
「見た目嫌いそうじゃない?」
「…ねえそれどういう意味?」
「……」
「ちょっと!なんで目をそらすのよ!」
「さて、と。食事が楽しみになってきたわ」
「…はぁ、もういいわ…ええと、食事についてはあたしたちも写真撮って"あおさき"の"サキスタ"にでもあげると思うから暇なときにでも見てくださいね!」
色々石川トークに花を咲かせていると、高凪さんから指示が来た。なになに。
「予定確認もひと段落したところで、"あおさき"お馴染みの高凪さんから指示が来ました。高凪さん何か一言ないんですか?」
「いやありませんから先進めてください」
「と、高凪さんも言ってることだし話すけれど、私が石川出身だという話ね」
「つまり、知宵の実家にも寄るわけね」
「そうよ…私の家で何を収録するつもりなのか史藤さんと高凪さんに物申したいわ」
「その辺はあたしが面白いの探すから大丈夫」
「なっ!なによそれ聞いてないわ!?」
「今思いついて言ったもの」
実際知宵の家に寄るのはこの子本人の希望によるものだから、収録としてなにがあるかはわからない。
まあでもなんとかなるわよアドリブで。
「そんな大層なものはないわよ…」
「適当にやりましょ?」
「私の家の話はやめましょう…それで、他に何かあるかしら?」
「ん?石川について?」
「そう」
話の流れからすると知宵が石川で生まれてどうたらこうたらってことよね。
子供の頃のエピソードとか…あ、あと方言があったわね。この子全然方言話さないから忘れてたわ。
「地方といえば方言よね?今まで知宵の方言聞いたことなかったけど、そこのところどうなの?」
「方言…同級生はよく使っていたわ。私の家はその辺薄かったからそこまで毒されていないのよ」
「毒されてるって…なかなかひどいこと言うわね」
「事実だもの、仕方ないわ」
小さくため息をついて、諦めを滲ませた声で言ってきた。
あたし自身が方言とか全然知らないし、イメージとしては可愛い感じだからなんともいえない。実際聞いてみないと。
「んーと、じゃあ今使ってみてよ」
「…遠慮するわ」
「だめよ。せっかく地元まで来たんだから地元トークしないともったいないじゃない」
「地元トークって…あなたにとっては地元でも何でもないでしょう…」
気怠げな眼差しを向けて来た。
リスナーにはわかりにくいことでも、たぶん知宵の声音でこのだるそうな感じは伝わっているはず。
ほんとにやる気なさそうね。なんにせよ、あたしは楽しいから大丈夫。地元トークだろうがなんだろうが問題なし。
「ふふ、いいのいいの。面白くなかったらカットされるだけだし」
「それもそう、ね…じゃあまず」
もともとどっちでもよかったのか、特に渋ることもなくそのままのテンションで話し始めた。
「基本的に語尾に"やよ"とか"げん"とかつけたりするんよ」
「おおー」
「他にも特定の言葉やと"なんとかまっしが有名やよね。テレビとかやと
「そうなんだ」
“そこまで”ってどこまでなのよ。今の会話ですらちょっとびっくりしてきちんとした返事できなかったのに。いや、まあ知宵の言うように全部聞き取れるし聞きずらくもないからいいのかもしれないけど…たしかにこれは方言だわ。
「両親も方言はひどくなかったし、東京に来てもほとんど違和感なかったわ」
「ん?じゃあ標準語すぐ喋れたの?」
こう、イントネーションが全然違うわね…やばい、ちょっと面白い。知宵がこんな風に話してると思うと笑いそうになる。
「ん、そもそもこっちおるときから標準語くらいマスターしとったよ」
「ふーん…なるほど」
地味に自慢げなのがむかっとくる。
これだから天才は…謙遜して否定するのが一番むかっとくるけどこういう自信満々にドヤ顔してくるのもイラッとくるわね。さっきまでやる気なさそうだったのに話し始めたらそこそこ楽しそうになってるし…あたしも割と楽しいから全然いいんだけどさ。
「よし知宵。今日はずっと方言で行きましょ」
「嫌よ」
「あ、戻った。その言葉の切り替えって結構簡単にできるの?」
「…方言の方を意識しているから戻すことはできるわ。今みたいにね?」
「あー」
「こっちの人たちと話しとれば逆になるしれんがいね」
あれね。外国で長居するといつの間にかその国の言葉喋れるようになってるやつね。
あたしも方言喋れるようになるのかしら……いやいいわ。遠慮しとこ。
「ところで、いつまで続ければいいん?」
「ん?今日一日?」
「…本気だったん?」
「だってその方が雰囲気出るじゃない?」
「うちが面倒ねんけど」
「うーん。そう?それならいいんじゃない?やらなくても」
「…あんた、ほんと雑やよね。こういうとこ」
「あはは、ごめんごめん。もう結構聞いたしいいかなーって」
他意はないのよ?別に聞き飽きたとかそういうんじゃないし。知宵が意識して話すのに疲れるならもういいかもって思っただけだもの。それだけ。
「ようやね、うちも意識して言葉選ぶの面倒やよ。たまに単語忘れるし」
「あーやっぱり?」
「さすがに都会に慣れ過ぎたわ…」
「あ、また戻った。都会って…金沢だって都会でしょ」
石川出身のひどい石川ディスを聞いた気がする。
あたしは今のところ石川好きよ?悪い点は見当たらないし。
「ふっ、あんたはまだここしか知らんからそういうこと言えるんや」
「ここって、金沢駅?」
「そ。あとでうちの家に行くとき周り見ればわかるわいね」
「そ、そうなの…」
金沢って今見た限り駅の周りはそんな田舎らしさなんてないし、むしろ都会感満載なんだけど。ちょっと早く色々見たくなってきたかも。
「ねぇ、この辺で方言の話終わっていいけ?」
「あ、うん。時間はどう?」
「ちょうどいいみたいね……ふぅ、疲れた」
「お疲れー。割と喋ったわね」
「ええ。本当に…この辺で締めましょうか」
「ん、時間は…」
高凪さんに視線を送るとこくりと頷いてOKサインを送ってくる。
「悪くないみたい。知宵、何かある?」
「次は兼六園です。きっと茶屋にも寄るので、お茶とお菓子を準備して聞いてくださいね」
「今回は食べ物ばっかりになるかもしれませんが、ご了承ください!以上、このDJCDは、咲澄日結花と」
「青美知宵の二人が石川県からお送りします」
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